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第111話 嫌いなものに取り囲まれたら、魔法少女だって闇堕ちしちゃうこともあるんだよ!

 ああ。なんということだろう。

 あの時。

 淡黄色く発光するキノコから、百合色のお誘いを受けたあの時。


 あたしたち三人の心は。

 あんなにも、一つにまとまっていたのに。


『キノコはこの場に置き去りにしてもいいから、とっととアジトに戻ってゴロゴロしよう!』


 という、あたしの思いも。

 きっと、二人に伝わっているはずだって。

 そう、信じていたのに。


 なんていうことなんだろう。


 三人の誓いは、早々に破られてしまったのだ。



「へぇー。本当にサラサラしてる。お高い美容液みたい。なんか、光ってるし。不思議ねー。闇底って、空は真っ暗なのに。地面には、光る蛍みたいなのが動き回る星みたいに漂っているし。月みたいな池はあるし。本当に、不思議なところよね」


 ベリーってば、ベリーってば。

 あんなに強くお断りしてたのに~。

 どうやら、ベリーがお断りしたのはキノコの百合成分のみだったようだ。

 お月様みたいな池には興味津々なようで、激しくお断りした舌の根も乾かぬうちに、スイっと池の縁に降り立ってしゃがみ込むと、ためらいなく指先を水の中に突っ込んでパシャパシャやり始める。


 あたしは月見サンと情けない顔で見つめ合い、それから途方に暮れたような顔で、池でそれぞれ戯れているキノコとイチゴショートケーキを見下ろす。

 キノコはなんか、池の中で、一人で踊っている。

 池と同じ色に淡く光りながら、不思議な踊りを踊っている。


「どうしよっかー?」

「どうしましょうかねー……」


 あたしと月見サンの心は、まだピッタリ一つになったままだ。

 あ、いや。心春ここはる的な意味じゃないよ?

 ほら、あたしと月見サンはさ。カエル妖魔撲滅委員会の副会長と会長だから。

 だからさ。

 いつかカエル妖魔になったかもしれないオタマ妖魔がいたところには、行きたくないんだよ。

 かといって、まだ魔法少女になったばかりのベリーを置いて、先に帰るわけにもいかないし。心春だけだったら、容赦なく置いて帰るんだけど。

 まあ、ベリーはもうあたしよりも強いし、心春と一緒なら対妖魔的には問題なさそうではあるけれど、そうは言っても、ね。

 そうは言っても!――――って、ヤツなんだよ!

 分かる?


 たぶん、月見サンも似たような感じなんだろう。

 あたしたち二人は、立ち去るわけにも、かといって下に降りるわけにもいかず。

 二人して、池の上空をぐるぐる回り始める。

 何の儀式だ。これ?


 そんな、ぐるぐるの儀式は、始めてから何周もしないうちにあっさりと終わりの時を迎える。

 なぜなら、気づいてしまったからだ。

 一人で楽しそうに踊っていたはずのキノコが動きを止めて、怪しい熱のこもった視線であたしたちを見上げていることに。

 気づいてしまったからだ。


 気づいてしまった、あたしと月見サンは。

 お互いに、なんとなく気まずい思いで、ちょっと距離をとる。

 こう、よそよそしい感じに。

 下にいるキノコが、ふわぁって慌てた顔をした後、ハッとなにかに気づいてうんうんと頷いて、それから怪しく笑み崩れるのがチラッとだけ見えた。

 チラッとだけ。

 また勝手に何か、自分に都合のいい解釈をしてくれやがっているんだろう。


 間違って気持ち悪いキノコが目に入ってしまうことがないように、真っ暗な闇空に視線を固定していたら、下から二人の会話が聞こえてきた。


「あ、そうだ、心春。この水、少し持って帰れない? 夜咲花へのお土産にしたら喜びそうじゃない?」

「おお! なるほど! よい考えですね! では、さっそく!」


 は、はぁ!?

 この、オタマ妖魔が浸かっていたかもしれないお水をアジトへお持ち帰りするですと!?

 いや、まあ、確かに。夜咲花は喜びそうだけれども!

 この池の話をしたら、絶対、欲しがりそうだけれども!

 手ぶらで帰ったら、怒られるのは間違いないと確信できるけれども!


 でも、嫌だ!

 アジトがオタマに汚染される!

 怒られてもいいから、絶対にお持ち帰りしたくない。

 くっ。一体、あたしはどうすれば!?


 苦悩しながら、お池にいる二人を見下ろすと、キノコが片手に小さいキノコを呼び出して、そのカサをきゅぽっと外して、軸の部分を池に突っ込んでザパッとやってから、またきゅぽっとカサと合体させているのが見えた。

 キ、キノコ型の水筒か、あれ。

 つ、つまり。帰る途中であの水筒を奪ってどこかへ放り投げてしまえば!

 いや、ダメだ。

 あの水筒がすでにオタマに汚染されている。

 あたしには、触れない。

 触りたくない。

 では、一体、どうすれば…………はっ!

 ど、どどど、どうしよう!?

 たった今、恐ろしい真実に気が付いてしまった。

 水筒がどうとか、お持ち帰りがどうとかじゃない。

 もう手遅れ。手遅れなんだよ。


 だって、もうすでに!

 キノコ本体は汚染されているし、ベリーの片手も汚染されている!

 二人がアジトに帰ったら、アジトにも汚染が広がってしまう。

 こうなったら、キノコはどこか遠くへ連れて行って、地面にでも埋めてしまうおうか。それともどこか遠くにキノコのお山でもキノコ王国でも好きに作ってそこで一生一人で暮らしてもらうとしようか。

 でもって、ベリーは、ベリーは……。

 うっ、ダメだ!

 言えない、あたしには言えないよ!

 キノコには、どこか遠くで、一人で勝手に暮らしてもらって全然かまわないんだけど!

 ベリーには、アジトを出てどこかへ行ってくれとか、キノコと一緒に暮らしてくれとか、そんなこと言えない。言えないよ!

 でも、このままでは。

 二人によってアジトは汚染され、その上、オタマ汁までアジトに持ち込まれてしまう。

 あのオタマ汁が、夜咲花の錬金料理に使われたら……!

 オタマ汁で作った、究極のコロッケとか出されたら、あたしは一体どうしたら!?


 究極の選択!


 オタマか。それとも、コロッケへの愛か!

 だ、ダメだ。あたしには選べない。

 選べないよ。

 こんな選択、辛すぎるよ!


 あと!

 知らんうちに、夜咲花の錬金料理にオタマ汁が使われてたらと思うと、もう怖くて夜咲花の料理食べられないよ!

 夜咲花に、がっかりした顔されたとしても、食べられないよ!


 どうしよう。

 どうしたらいいんだろう?


 なんかもう。

 闇底中のすべてがオタマとカエルに汚染されている気がしてきた。

 すぐそこに、奴らが潜んでいるんじゃ?

 そんな気がしてきた。


 これは。

 これは、もう。

 闇底にいるオタマとカエル妖魔撲滅しちゃうしかないんじゃない?

 そう!

 そうだよ!

 ふ、ふふ。

 ふはははははは!

 この闇底から、すべてのオタマとカエル妖魔がいなくなれば、全部解決するじゃん!

 奴らがいるから、怖いんであって。

 過去には存在していたけれど、今はもうとある魔法少女に撲滅されて闇底のどこを探しても存在しない。そんな、幻の妖魔となってしまえば、恐れるものは何もなくない?

 よし!

 そうと決まったら、今すぐ!

 会長と一緒に、闇底☆オタマ&カエル妖魔撲滅キャンペーンの旅に出発しよう!

 それ行け!

 あたし、あんまり役に立たないけど!


「ちょ、ちょっと、星空ちゃん!? どこへ行くのよ?」

「月見サン、あたしと一緒に旅に出ましょう! 闇底中のオタマ&カエル妖魔を撲滅する旅に!」

「え? 嫌! 見かけたら、殲滅するけど。自分からわざわざ探しに行きたくないかな!」

「がーん! それはそうだけども! でも、奴らが一匹もいなくなれば、安心して暮らせるじゃないですかー」

「そういうのは、華月の件が片付いてから、心春ちゃんとベリちゃんの二人にでも頼めばよくない? 妖魔撲滅とか殲滅とか、二人とも好きそうだし」

「だ、だってー! その二人がすでにオタマ汁に汚染されちゃってるじゃないですかー! お願いするも何も、そもそも二人に近づきたくないー」


 月見サンの腕を引っ掴んでさっそく飛び去ろうとしたのに、逆に腕を引っ張り返され、ぐるんって体を回されて、空飛ぶ竹ぼうき(二人乗り)の後部サドルにうまいこと座らされてしまう。

 もっともだけど裏切られたような気分になることを言われて、半泣きで叫んでいると、後ろに体を捻ってあたしの方を向いた月見サンが、余裕の笑顔でチッチッチッと人差し指を振った。


「安心して、星空ちゃん! あたし、気づいちゃったのよ。大丈夫、あの二人は汚染されていないから! あの二人だけじゃなくて、あの月みたいな池もね!」

「え? どうして、そんなことが分かるんですか?」


 カエル妖魔撲滅委員会会長の立場も忘れて、あたしを丸め込もうとしているんじゃないですよね?

 疑いの眼差しを向けると、月見サンはニヤリと笑って、さっきまで左右に振っていた人差し指をクイっと下に向ける。


「見て? 池に落ちた心春ちゃんと、ベリちゃんの池の水に触ったほうの手! 光ってるでしょう?」

「え?」


 あ、ホントだ。

 光ってるね。

 キノコも、ベリーの片手……も。

 あたしたちの会話が聞こえたのか、それともたまたまか。ベリーは池に突っ込んでいた方の手を軽く上げてフリフリしてくれている。

 え? うん。光ってる、けど?

 それが、なに?


「んんー? まだ、気が付かない? じゃあ、ヒント! さっきベリちゃんが殲滅したオタマ妖魔は光っていたでしょうか?」

「……………………あ! 光ってなかった! 光ってなかったよ!」


 分かった!

 あたしにも分かったよ、月見サン!

 あの光る池の水に触ると、触った部分も池と同じように光る。キノコとベリーみたいに。

 でも、あのオタマは光ってなかった。

 つまり。


「オタマ妖魔は、池には入っていなかった! 池の水には、触っていなかった! つまり、あの池は、オタマに汚染されていない! クリーン! でもって、池の水に触った心春とベリーもクリーンってこと!」

「正解―!」


 あたしと月見サンは、お互いの片手をパーンと叩きあって、笑い合う。

 なんだー。そういうことなら、あたしもちょっと、あの光るお水に触ってみたーい。心春みたいに全身浴はご遠慮申し上げるけど、手でパシャパシャとかは、してみたい!


 あたしと月見サンは、さっきまで躊躇っていたのは何だったのかってくらいに、喜び勇んで池のほとりに降り立つ。

 いざ!

 と、池と戯れようとしたところで、微妙そうな顔をしたベリーに水を差された。


「星空さ。さっき上で、すっごい顔してたわよ?」

「え? すっごい顔?」


 池に向かって歩きかけたまま固まって、ギクシャクと油の切れたロボットみたいに、池の縁、あたしから見て斜め右方向に立ってあたしを見ているベリーの方を向く。


「うん。闇落ちしそうな顔?」

「闇落ちって……」


 そんな顔してた?

 いや、でも、だって、仕方ないじゃん!

 大キライなものに取り囲まれそうになったらさ、闇落ちしちゃうこともあるよね?

 これはもう、この世の真理って言うか。自然の摂理って言うか。

 そういう感じの何かなんだよ!

 たぶん!


「で、何考えてたの?」

「それは……、その、えーと……」

「勿体ぶらない。闇落ちって言ったって、星空のことだから、どうして大したことじゃないんでしょ?」


 冷静になってみると、これって、百合成分を含まない心春的な考え方だよね。う、キノコと同類と思われるのは嫌だな。百合成分を含まなくても嫌だな。

よし。何とか濁そう、と思ったのに。ベリーはいろいろ容赦がなかった。

 これは、答えないとダメなやつだ。

 答えるまで許してくれないやつだ。

 あと、言っておくけど、オタマ&カエル妖魔撲滅は、とってもすごく大したことあるから!


「闇底の、オタマ&カエル妖魔を撲滅しようかと思って……」


 大したことある!

 って、思ってたけど。

 こうして、少し気持ちが落ち着いてから口に出してみると、やっぱりすごく心春感があって、自分が恥ずかしくなってきた。

 もじもじと、人差し指と人差し指を合わせながら、上目遣いにベリーを見る。ベリーの方が、ちょっと背が高いんだよね。あと、ベリーって結構厚底のブーツ履いてるんだよ。

 さて、何を言われるだろう?

 何、心春みたいなこと言ってるのよって、バカにされるかな?

 って思ったら。

 ベリーは目を真ん丸にしてしばらくあたしを見つめた後、体をくの字に折り曲げて笑い出した。

 くっ。笑われたよ。


「ぷっ。あはははははは! なに、それ! 星空らしいけど、らしくない! どんだけカエルが嫌いなの? もしかして、生のカエルだけじゃなくて、カエルのぬいぐるみとか置物とかもダメだったりする?」

「生って言うなー! 生々しいからー! ぬいぐるみとか置物とかイラストとかもー、どんなに可愛かったとしても、本物を思い出すから、あんまり好きじゃないよー!」

「あ、そうなんだー。あたしは、本物じゃなきゃ、大丈夫かなー。あ、本物そっくりなのは、もちろん、燃やしたくなるけど!」

「いや、もちろんって……」

「うわーん、月見サンの裏切り者―!」


 泣きわめいていたら、ベリーが近くに寄って来て、宥めるみたいにポンポンと軽くあたしの頭を叩き出す。

 いや、痛くはないけど。

 なんで、撫でるじゃなくて、叩くなの?


「撲滅はいいけど、星空一人で出来るの? 確か、出来るのって撃退だけじゃなかったっけ? それとも、カエルとオタマ限定で本領を発揮とか?」


 おまけに、全然慰めじゃないこと言ってくるし。

 追い打たれてるし。


「うう、出来ない。カエル妖魔撲滅委員会会長の月見サンと一緒に、撲滅キャンペーンの旅に出て、撲滅は月見サンにやってもらおうかと思ってたけど、断られた。目の前にいたら、やっつけるけど、わざわざ探しに行きたくないって言われた。それもそうだなって思った」

「いつの間にか、なんかの会長にされてる……」

「い、いろいろツッコミどころがあるけど、らしいと言えばらしいし、まあいいわ」

「あと、月見サンには、撲滅は心春とベリーに任せておけばいいって言われた」

「うん。言った」

「…………いろいろツッコミどころがあるけど、まあいいわ。……そうね、撲滅キャンペーンの旅とかは勘弁だけど、カエルかオタマの妖魔を見かけたときは、必ず殲滅するようにはするわ」


 ベリーがちょっと赤くなりながら、あたしの頭を乱暴にかき混ぜる。

 ああー、頭がぐしゃぐしゃにー!

 なーんて、抵抗するようにもがきながらも、つい口元がにやける。

 ベリーが、ベリーがデレた。

 あたしがにやけているのに気が付いたのか、ベリーは最後に大きくぐしゃってかき混ぜると、手を放して、ふんとそっぽを向いてしまう。

 うん。それ、むしろ、可愛いしかないから!


 もう、本当に可愛すぎて、笑み崩れかけて固まった。

 キノコの雄叫びとともに、赤い飛沫が飛び散るのが見えてしまったからだ。




 さ。せっかくだから、お池で遊ぶとしましょうか。

 各自、それぞれで!


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