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第112話 月光遊戯

 闇底に沈むお月様みたいな、淡く黄色く光る池。

 オタマ妖魔に汚染されていないとなれば、そりゃね?

 あたしだって遊んでみたい!

 というわけで、突撃!

 ――――しかけたところで、月見サンの冷静だけど間延びした声が聞こえてきた。


「あ、心春ここはるちゃーん! 周囲の警戒、よろしくねー! オタマとかカエルの妖魔が現れたら、近づく前に殲滅しちゃってねー」

「了解です! お任せください! 星空さんたちのお互いの絆を深めるための月光浴を邪魔する輩は、この私が許しません! 安心して、親睦を深め合って下さい!」

「うん、まあ、よろしくー」


 はっ。そうだった。ここはお外だった。いつ何時、どこから妖魔が現れるのか分からない危険なお外だった。

 あぶない。

 さっきまであんなにオタマ妖魔とかカエル妖魔の影に怯えていたのに。

 池がクリーンだとわかって、これで遊べるーって思ったとたんにすっかり忘れ去っていたよ。

 で、月見サンにお願いされた心春は俄然張り切りだしたけれど、その理由がいつも通りに安定の心春なので、月見さんは心春から視線を外しつつ、頼んだ時よりもテンション低めで適当にお返事していた。

 まあ、当然のキノコ対応だね。

 おかげで、一人だけ警備員みたいなことさせて悪いなー、とか思わなくてすむけどね!


 さ。それよりも!

 お池だよ! お池!

 お月さまみたいなお池!


 うーわー。

 さっき、ベリーも言っていたけどさ。

 闇空の上から見た時は淡い光だったのに、近くで見ると眩しいくらい。

 覗き込むと、黄色味を帯びた光の炭酸がパチパチはじけてくる、みたいな感じ。

 いや、実際には炭酸水じゃないけどね。

 深さはキノコの腰のあたりまでなんだけど、明るすぎて底がどうなっているのか、まるで分らない。

 しゃがみ込んで、そっと池の中に手を差し入れ、月を溶かしちゃったみたいな淡く光る水を両手で救い上げてみる。

 ひんやりサラサラ気持ちいい。

 “地上”にいた頃、お母さんのお高そうな美容液を勝手に使ってみたことがあるけど、これ、たぶんアレよりも気持ちがいい。これを使ったら、お母さんのお疲れ気味のお肌もツヤスベになるのではないだろうか。出来るなら、こっそりと詰め替えておいてあげたいくらいだ。

 なぁんて、感傷に浸りつつ。

 あたしは、お月さまを掬い上げちゃった両手を、顔の高さまで持ち上げて。

それから、両手をパッと放してみる。

 お手々シャッターが開いたことで、光る高性能美容液が、池の中に落ちていく。

 落ちた先から丸い波紋を描いていき、光が揺らぐ。

 感触的には美容液なのに、視覚的には光を池に流し込んでいるみたい。

 うーん。でも、池も光ってるから、今ひとつ面白くないな。波紋の広がりに合わせて光が揺れるのは面白いけど。

 もっと、こう。暗いところに流し込まないと。

 って、ことで。


 あたしは、再び黄色く光る高級美容液(いや、池の水だけど。本当に効果があるのかは分からないけど)を両手ですくい、池に背を向けて立ち上がった。

 む、まだ後ろから光がほんのり来るな。

 も少し、離れるか。

 妖魔が怖いから、少しだけね。

 ちょっとだけ池から離れて、池の水を掬った両手を前へ突き出す。

 おおー。

 暗がりが増した分、さっきよりも綺麗。

 手の中に、お月さまがいるみたい。

 手を揺らしたり、上下左右に動かしたりして、手の中のお月さまが淡い軌跡を描くのを楽しむ。

 水の量が少ないからか、池ほどの明るさはない。

 お空から見た、池くらい。

 なんていうの?

 懐中電灯の光が、少し先の方で広がっているくらいの明るさ。

 お池の水を傍で見るのは、懐中電灯を近くから覗き込んだ……いや、そこまでではないな。

 でも、割と根元の方な感じ!

 とにかく、楽しい!

 手持ち花火とかで遊んでいる感じ!

 手を動かすとさと、隙間から雫が落ちていくんだよ。

 淡く黄色く光る水滴が、ホタリホタリって、落ちていくの。

 ちょっと、こう。線香花火みがある、ような気がする。

 うーん。でも、もう少し派手な花火も欲しいな。よし。


 えいや!


 思い切って、両手をパカって開いてみた。

 ああー。お月さまが零れていくぅ。

 ほんのりとした闇の中を、お月さまを溶かしたみたいな、淡く光る液体が、シャバッと落ちていく。

 ああ、この一瞬の美しさ加減。

 ホントに花火みたい。

 火を使わない、お月さまの花火。

 もっと闇空の上の方から落としたら、もっともっときれいなんじゃない?

 そう、打ち上げ花火みたいに。

 それには、何か落とし方を工夫しないとだよね?

 うーん。

――――なーんて、打ち上げ方法を考えることに集中していたら、背中に冷たいものがパシャってなった。


「うきゃ!?」

「ふっふっふー。油断しすぎだぞー、星空ちゃん!」


 驚いて振り向くと、池の中に腰まで浸かった月見サンが、水鉄砲の形に組み合わせた手で、あたしに狙いを定めて、荒野のガンナーのようにワイルドに笑っている。


「み、水鉄砲って、子供かー!?」

「水遊びって言ったら、これでしょー!?」


 月見サンは笑いながら、二発目を打ち放つ。

 またしても命中。

 顔じゃなくてよかったけど!

 背中もお腹もぐっしょりなんだけど!

 もう! 月見サンてば、いい年した女子高生のはずなのに、どうしてそんなに水鉄砲がお上手なんですか!?

 くぅっ。負けるかー!

 やる気満々の月見サンを迎え撃つべく、あたしは魔法少女らしく魔法を使うことにした。


「マジカル☆ウォーター……ガン……?」


 マジカル☆水鉄砲じゃ格好がつかない気がして横文字にしてみたのはいいものの、英語が合っているのかどうか不安になって、最後がちょっと尻すぼみになってしまう。おまけにちょっと疑問形。

 結局、いろいろ格好がついていないけれど、でも魔法で呼び出した水鉄砲は本物!

 威力は、バッチリさ!

 たぶん、そのはずサ!


「なっ! 卑怯な!」


 マジカルな水鉄砲を手に池に走るあたしに、月見サンは正真正銘お手製の水鉄砲を乱発してくる。

 マジカルな水鉄砲の脅威の前には、ウォーター……ガン……? の微妙な不発さはどうでもいいことだったのか、そこはスルーされた。ほっ。よかった。


 あたしは月見サンの攻撃を避けたり、喰らったりしながら、無事に(いや、もうだいぶ、発光系魔法少女になってるけどね)池まで辿り着き、マジカルなそれを池の中にジャブンと突っ込む。

 ふっ。今こそ、反撃の時!


「マジカル☆光線銃ー!!」


 水鉄砲だけど、光るお水だから、間違ってないよね!

 高笑いとともに、光線銃乱射!

 乱射!

 乱射!

 乱……射…………。

 …………………………。


「ちょっと、月見サン! どうして、避けるんですか! 一発もあたらないじゃないですか!」

「あ、あは! あはははははは! ちょーピンチかと思ったのに、全然ピンチじゃなかった! 星空ちゃん、下手すぎる!」


 ううううう。

 さっきから、乱射に乱射を重ねているのに、ひらりひらりと躱されてしまって、一発も当たらないよぅ!

 違う! 違うもん!

 あたしが下手なんじゃない。月見サンが素早すぎるんだよ!

 さすがはマジシャン系バニーガール。

 軽やかな身のこなし。

 なんかのショーでも見ている気分になってくるよ。


「さーて、それじゃあ! 一発も喰らってないけど、反撃タイムスタートだよー!」

「え? ええ!?」

「くふ! 喰らえ! ムーンライト❤シャワー!」

「え? ちょ、それは……。あ、やめ、にゃーーー!!!」


 名前に似合わない凶悪な技だった。

 なんと、月見サンは魔法でホースを呼び出して、先の方を手で少しつぶして、あたしに向かってブシャーっ、と。

 こんなの全然、シャワーじゃない。

 バス―カだよ! バズーカ!

 顔から髪から、全身ぐっしょりなんですけど!

 池がもう少し広かったら、いっそもう泳いじゃいたいくらいにぐっしょりなんですけど!

 水も滴る系を通り越して、単なるずぶ濡れ系魔法少女ですよ!


「うううぅー……」

「ご、ごめん、ごめん。つい、楽しくなっちゃって、やり過ぎちゃった☆ あ、でもほら! 怪しく光るキノコと違って、月の加護を受けた魔法少女みたいで神秘的だよ、星空ちゃん!」

「それなら、いっそもう、星空から月空に改名しちゃいましょうか?」

「うーん、それも可愛いけど。ほら、頭乾かしてあげるから機嫌直して」


 体のあちこちから、ほんのり黄色く光る雫を滴らせて項垂れていると、月見サンがフォローらしきことを口にしながら近づいて来る。

 そういう月見サンも、あたしの攻撃はかすりもしなかったとはいえ、腰まで池に浸かっていたせいで下半身はずぶ濡れで発光しているし、逃げてる最中に池の中に飛び込んだりもしたので、飛沫が跳ねて上半身もあちこち光ってはいるんだけれど、顔とか髪とかはほぼ無傷。

 一人だけ頭のてっぺんからぐしょ濡れって、ぐしょ濡れって……。

 悔しやるせなくて、憎まれ口をたたきながらふいっとそっぽを向くと、月見サンは苦笑しながら魔法で作ったふわふわなタオルであたしの頭を拭いてくれた。

 顔と髪の毛から、軽く水分を拭きとると、今度はマジカルなでっかいドライヤーがご登場。

 あっという間に、全身が乾いてしまった。

 あたしを乾かし終わると、月見サンは自分の体にもドライヤーをあてて、二人そろって、完全復活! さらっさらに乾燥完了!

 したけれど。


「うーん。乾いても、光は消えないのね」

「いつまで光ってるんですかね、これ……」


 仄淡い光は消えなかった。

 え、ええー……。

 月見サンはまだ、体だけだからいいですけど、あたしの方は頭から全部なんですよね? 髪の毛くらいなら、むしろちょっと悪くないかもだけどさ。

 顔が光ってる魔法少女って、どうなの?

 月華みたいな超美人さんなら、本体が輝きを放っているみたいで違和感ないかもしれなけど。あたしの顔が光っててもな……。

 あまりの微妙さ加減にちんやりしていると、ベリーの呆れ声が聞こえてきた。


「あんたたち。いい年して、男子みたいな遊びしてるんじゃないわよ……」

「あはー☆ ちょっと、童心に帰り過ぎちゃってー☆ 楽しかったけど、ついうっかり、やり過ぎちゃったー☆」

「そういうベリーは、今まで何してたの?」


 もっともすぎて、反論できない。

 ていうか、月見サンへの反撃に夢中になり過ぎて、ベリーのことをすっかり忘れていた。もしかして、今まで一人で何か女子力が高い水遊びをしてたの?

 あ、すっごい気になってきた。

 首を傾げながらベリーを見つめると、ベリーは腰に手を当てたポーズで、ふふんと笑いながら胸を反らした。


「二人にいいもの、見せてあげるわ。もうちょい池から離れて」

「へ?」

「え? なんで?」


 ベリーは、あたしの質問には答えずに、一人でスタスタと池から離れて立ち止まると、振り向いて、来い来いと片手を振る。

 あたしと月見サンは、二人で顔を見合わせてから、小走りでベリーのもとへと向かう。


「上を見て」


 あたしたちの到着を確認すると、ベリーは池と反対の方を向いて、右手の人差し指をピッと斜め上に向かって突き立てた。

 ベリーの指先を目で追う。


 あ!

 ああ!

 その手があったかー!?


 ベリーが指した指の先。

 お月さまどころか星一つない真っ暗な闇空が割れて、そこには。

 あたしたちを驚かせるために仕込んでいたんだろう。

 舞台の開幕! みたいに、闇色のカーテンがさっと開いて、そこには羽の生えたジョウロが浮かんでいたのだ。

 生クリーム感たっぷりの真っ白くてファンシーなジョウロ。ほんのり黄色に光っているのは、池の中にジャブンってしたからだろう。


 これって、これって。

 あたしが男子的水遊びに興じる前に考えていた、打ち上げ月花火の解答編になるんじゃない!? 


 ワクワクしながら見守っていると。

 ベリーが、天を指していた人差し指をクイっと折り曲げた。

 それに合わせてジョウロが傾いて、月光花火がシャワーみたいに降り注ぐ。


 さぁっと、淡黄色い光の筋が降って来る。

 ほんのり辺りを照らしながら、お月さまが溶けて雨になっちゃいました、みたいなのが降ってきてるよ。


 ふぁああああああ。


 闇底に沈んだお月様は、あたしたちの後ろにあって。

 この荒野にはあんまりホタルモドキがいないから、いい感じに暗がりで。

 暗闇の中を滲むように流れ落ちていく、仄淡い光。

 最後の一滴が地面に吸い込まれていくのを見届けて、あたしたちは深いため息をつく。

 月光水を吸った地面は、ほんのりと光っていた。


「すごいよ、ベリー! あたし、この水使って、お月さまの打ち上げ花火みたいに出来ないかなって、考えてたんだけど、これぞ、まさしく! って感じだよ!」

「喜んでもらえたみたいでよかったわ。でも、これ別に、打ち上げてないわよね? まあ、こういう感じの花火、あったとは思うけど」

「どっちかっていうと、打ち下がってるよね! というより、垂れ流されてる? まあ、でも、こういう花火、確かにあったよね。シダレヤナギ? ナイヤガラ? うーん、とにかくなんか、そんな感じのヤツ!」

「……………………」


 う、うぐっ。

 言われてみれば、それもそうだけど。でも、ほら、もっとこうさあ!

 フィーリング的なあれがさぁ!

 いいじゃん、そこは別に、そんなにツッコまなくてもさあ!


「それに、火じゃなくて水だし。月光花火っていうより、月光花水?」

「あっはははは! 月光花水って、化粧水の名前みたい!」


 むぅうううう。

 高級化粧水みたいって、あたしも思ったけどさー。

 もっと、素直に感動を分かち合ってくれたっていいじゃん。

 むくれていると、二人の指が伸びて来て、風船みたいに膨らんだあたしの頬っぺたをツンツンしてくる。

 右のほっぺは月見サン。

 左のほっぺはベリー、だ。


「悪かったって。でも、お月さまの打ち上げ花火、綺麗だったでしょ? えーと、シダレお月様?」

「うんうん! あ、そだ☆ これ、みんなにも見せてあげたいからさ、四人で一人一つずつでっかいジョウロ用意してさ、池の水汲んで帰ろうよ。みんなへのお土産ってことでさ。で、みんなでシダレお月様見しようよー☆」


 ベリーの言い方に、からかわれてる感があるのが少し気に喰わなかったけど、みんなへのお土産には賛成なので、あたしは機嫌を直して月見サンだけに向かって頷く。

 月見サンだけに向かって。


「えー、ちょっと。だから、悪かったって、言ってるでしょ!?」


 ベリーが慌てたように、あたしのほっぺをぐりぐりしてきた。

 ちょ、ベリー!?

 なんで、それであたしの機嫌が直るって思っちゃったのさ!

 まあ、もう怒ってないけど。

 本気であたしのご機嫌を取りに来るベリーって、超レアだし。

 ぐりぐりされてるほっぺは痛いけど、もう少しベリーの必死さを堪能することにする。

 すぐに月見サンからストップがかかったけど。


「あー、二人とも。心春ちゃんへの燃料投下はそれくらいにしておいた方がいいかなー」

「…………」

「………………」


 あたしの頬を容赦なくグリグリしていた指がピタッと止まる。

 ベリーと二人して、油が切れたロボットみたいに、ギギギギギって池を振り返る。

 そして、そのまま固まった。


 いや、まあ。

 予想はしていたけど。

 予想はしていたけどさ。


 パトロール中だったキノコは、池から少し離れたところで真っ赤な噴水を吹き上げていた。

 それは見事なキノコ型噴水だった。

 池の傍じゃなくて、よかったよ。

 せっかくのお月様水が汚染されるところだった。


「いやー。真っ赤な情熱の花火が打ち上っちゃったね☆」

「そうね。鼻血だから、こっちも水だけど……」

「情熱の炎で打ち上げられてるから、やっぱり花火でいいんじゃないかな……」

「もしかして、星空ちゃんへのフォローも兼ねてるのかなー。これって?」

「ただの通常運転でしょ」

「いや、てゆーか、そんなフォローは、いらないし!」

「だよねー。……帰ろっかー」


 引き気味に感想を述べあった後、月見サンが帰るコールで締めくくる。あたしとベリーは、無言で頷いた。

 三人でお土産用のジョウロを用意して、萎れかけたキノコに冷たく声をかけ、池の水をたっぷり汲んだジョウロとともに空へ浮かび上がる。


「帰るよ、心春」


 キノコはあっさりと復活して、「はい!」と元気よく返事をすると、ロケットミサイルみたいな勢いで、あたしたちに追いついてきた。

 そのまま、そこで野生のキノコとして生きてもらってもよかったんだけどね。


 あーあ。

 せっかく、穴場を見つけたと思ったのになー。

 池はセーフだったとはいえ、なんだかキレイな思い出を汚された気分。

 まあ、いつものことといえば、いつものことなんだけどさ。


 ほんの少し前まで、あんなに楽しくはしゃいでいたのに。

 あたしたちは無言のまま、何の未練もなく、キノコに汚染されてしまった闇地方から飛び去った。

 誰も、一度も。

 振り返ったりはしなかった。


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