目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第114話 ゾンビ姫とキノコ王子

「ごきげんよう、夜陽よるひ様! この間は、どうなったかと思いましたが、ご無事なようで何よりです! さすがは夜陽様、闇空を照らす太陽の名は伊達ではありませんね!」


 先に下に降りて行った心春ここはるの、弾んだ声が聞こえてきた。

 ああ、そう言えば心春は、なんだかやたらと夜陽のことを気に入ったみたいだったよね。

 変人同士、気が合うんだろうか。


「あら、あなたはこの間の謎のキノコではないの。ふっ。このわたくしの真価に気づくとは、あなた、なかなか見どころがありますわね。あなた、よかったら、わたくしの下僕にならない? 本来、魔法少女はすべて抹殺の対象ではありますが、このわたくしに下僕として忠誠を誓うというのなら、あなたのことは特別に見逃してあげてもいいですわ」

「ありがたきお言葉! ですが、申し訳ありません! 私にはやらねばならぬ使命がありますので、夜陽様と行動を共にすることはできません! ですが、ですが! ご安心ください! 心はいつでも夜陽様の下僕ですから!」

「よくぞ言ったわ! フフフフ、そうね。足元に侍らせるだけが下僕ではないものね。いいわ、それでは、キノコよ。この闇底のどこにいても、このわたくしに仕える下僕であることを許しますわ!」

「ははー!!」


 土下座して、時代劇でよくみるアレをするキノコ。

 そして、“マジカルコスチュームチェンジ☆”の途中で声をかけられたからだろうか。夜陽の今回のドレスは、揺らめく炎のような情熱的なオレンジ色をしているんだけど、そのあちらこちらにモザイクがかかったような感じになっている。夜陽は、そのなんだか18禁な感じの衣装で、ふんぞり返って高笑いをした。

 18禁といっても、エロスではなくグロスな感じだ。ん? グロスは唇をツヤツヤにするお化粧品だっけ? 使ったことないけど。

 えーと、つまり。

 ゾンビ界のお姫様的な?

 だってさ。顔は無事なんだけど、髪形とか髪飾りとかをいじろうとしていたからかな。頭にモザイクがかかって見えるんだもん。脳みそが大分ヤバいことになってそうな感じだ。……まあ、ある意味間違ってないんだけど。

 なんか怖いから、中途半端なところで止めないで、コスチュームチェンジはちゃんと最後までやり切ってほしい。


 どうせ今回もまた勝手に退場してくれるんだろうし、見物している分にはいいんだけれど、巻き込まれたらたまらないので斜め上空で待機していると、心春と一緒に地表に降り立っていたベリーが、ふわっとこっちに向かってきた。

 普段なら夜陽は、初めて見る魔法少女への過剰な自己アピールを欠かすことはないはずなんだけど。前回、心春が自分を褒めてくれたのを覚えていたんだろう。夜陽、褒められるの好きそうだけど、闇底では自分を褒めてくれる相手なんて他にいなかったんだろうし、褒めてくれる相手に飢えていたんだろうなー。お供のカッパ妖魔君は、元々夜陽本人よりも幻のお城の方に興味があったみたいだし、妖魔と人間じゃ感覚も違うだろうし、きっと夜陽の求めてる言葉をかけてくれたりはしなさそうだし。

 期待した通り、今回も自分を褒めて持ち上げてくれる心春に夢中というか、心春以外は目に入っていない感じだ。

 ベリーってば、あれで結構、お城とかお姫様とか女の子チックなものが好きみたいだから、夜陽と話すの楽しみにしていたみたいだし、相手にされなくてちょっとかわいそうだなと思ったけれど。

 ふわっと舞い上がって来て、あたしの隣に並んだベリーがぼそりと呟く。


「お姫様系の魔法少女だし、お城のこととかドレスのこととか女の子っぽい話が出来ると思ってたのに、まさか心春の……ある意味同類だったなんてね」


 がっかりはがっかりでも、相手にされなかったことが残念なわけではないようだ。


「ところで、どうしてあなたはキノコのコスプレをしているんですの?」

「キノコへの愛ゆえです!」

「なら、キノコをモチーフにしたドレスなんて、どうですの?」

「キノコモチーフのドレス! 大変心惹かれるアイデアですが、私はキノコで着飾るのではなく、私自身がキノコになってしまいたいくらいにキノコを愛しているんです!」

「なるほど。では、キノコモチーフのドレスを着たキノコ……というのは、どうです?」

「!!!!!!!! 素晴らしい!! キノコへの愛が詰め込まれすぎたアイデア! 素晴らしいです! ぜひ採用させてください! ああ、どういったドレスにするのがいいでしょうか!?」

「よければ、このわたくしが相談に乗ってあげましょう。闇底の女王たるこのわたくしの下僕として相応しいドレスを考案して差し上げますわ!」

「ありがとうございます!」


 盛り上がる二人を、あたしたちは闇空から白けた気分で眺めていた。

 ドレスのデザインを考えるなんて、すごく楽しそうな話題だけど、加わりたいとはまるで思えない。キノコが着るキノコドレスって、キノコは一体、どこへ向かうつもりなんだろう。

 ベリーも、お姫様のドレスには興味があるけれど、キノコドレスはどうでもいいみたいだった。キノコドレスってだけなら、まだ可能性はあったかもしれないけど。キノコの着ぐるみが着るキノコドレスって、イロモノでしかないもんね……。


「やー、しかし。今回は、心春ちゃんが絡みにいってるからか、あんまり劇場チックじゃないよねー。ちょっと、残念かもー。もしかして、これ。初の強制退場なし!――――ってことになったりしてー☆」

「え? そう? キノコはともかく、あっちの火あぶりにされたゾンビプリンセスみたいな子は、随分芝居がかかった仕草をしてると思うけど。最初は、面白かったけど、段々うざくなってくるわよね」


 火あぶりにされたゾンビプリンセスって……。

 そう言われると、そうとしか見えなくなるから止めてほしい。

 けどまあ、それ以外はどっちの言いたいことも分かる。

 夜陽の、お芝居に出てくるようなお姫様を意識した、オーバーな仕草と言い回しはいつも通りなんだけど。テレビで舞台を観ているみたいな、一方的な感じがしなくて、こういってはなんだけど、夜陽らしくない気がしてくるのだ。

 いや、別にね? 期待していたわけじゃないんだけどさ。見られないとなると、月見サンじゃないけど、ちょっと残念な気もしてくる。

 あと、夜陽のドレスのセンスは結構好きなので、あんなゾンビドレスじゃなくて、ちゃんと選ばれたドレスを見たかったなー。前回の時の、海の精霊のお姫様みたいな、波打ち際のマーメイドプリンセスみたいな水色のドレス、すっごく可愛かったし。

 あ! 小芝居つきのファッションショーだと思えばいいのかな? 退場の仕方が独特な!

 そう考えると、次の遭遇が楽しみになってくるかも。


「で、強制退場って何?」

「あー、それはねー……ん?」


 関わり合いになるのは止めた方がよさそうだと判断したと思われるベリーだけど、そうはいっても興味は尽きないみたいだ。

 新たなる質問に、月見サンがお姉さんらしく答えようとしたんだけど、下にいるゾンビとキノコの会話になにか気になったところがあったらしく、月見サンは、途中どころかまだ始まってもいない回答編を放り出して、興味津々で聞き耳を立て始める。

 ベリーは少し呆れた顔をしたけれど、月見サンに倣って足元に視線を落とす。キノコドレスの行方、ではなく。月見センサーが何を察知したのかが気になったみたいだ。

 これが心春センサーだったら、完全スルーを決め込むところだろうけどね。

 もちろん、あたしもさ!


「…………ところで、今更なんですけど。あなたの下半身は、どうして光っているんですの? 光るキノコ自体は、闇底ではよく見かけますけれど。なぜ、下半身だけ? いえ、上半身もところどころ光っているところがあるようですけれど。何か意味があるんですの? わたくし個人的には、本体部分は光らせず、キノコの着ぐるみ部分だけを光らせて、遠目にはキノコが動いているかのように見せるのがよいと思うのですが……」

「ふおう! 考えつきませんでした! 確かに、おっしゃる通りだと思います! ああ、なぜ私はそれに気が付かなかったのか! ああ、でも、さすがは夜陽様! 闇底を統べる太陽! 魅せ方を分かっていらっしゃる! もう、一生ついて行きます!」

「フフフフフ! 当然ね!」


 この二人、相性が良すぎて危険な気がする。二人組み合わせたらいけない気がする。

 イロモノ企画的にはいいアイデアだと思うけどさ。

 遠目にはただの光りながら動くキノコって、魔法少女的にそれはどうなの?

 あと、想像してみて?

 闇空を飛んでいく、光るキノコ。

 フライング発光キノコ!

 嫌だ! 一緒に飛びたくない!

 いや、今はあたしも発光魔法少女なんだけども!

 でも、フライング発光キノコの仲間だとは思われたくない!


「ねえ、月見。どうして、あの会話に興味を持ったの?」

「いやー、汲んできた池の水のいい使い道が出来るかも?――――って思ってさ」

「ああ……そういうこと。ふぅ。別にこんなの、もうその辺に穴でも掘って光る水たまりでも作っておけばよくない?」

「えー? それじゃ、面白く……いや、それもいいね! うん、まあジョーロは四つあるんだしね。ベリちゃんのやつはそうしなよ。あたしは、このまま二人の会話を見守って、ここぞというタイミングで使えたらいいなーって」

「好きにしてよ……」


 おお。ベリー、いい質問。

 と思ったんだけど。え? 何? 使い道? タイミング?

 二人は何の話をしてるの?

 光る水たまり以外の使い道が分からなかったんだけど?

 え? 二人だけで分かりあっていないで、あたしにも説明して?

 と、あたしが一人取り残されている間にも、ゾンビとキノコの話は続いて行く。


「ちなみにこれはですね。荒野の先にある、月を溶かしたかのように淡く光る池に浸かったら、水に触れた部分が光るようになってしまったんですよ! 興味があるようでしたら、案内しますね!」

「月のように光る池……?」

「はい! あ、そう言えば、池の水を汲んできたんでした! 夜陽様も池の水を浴びて、一緒に光り輝いてみませんか! 闇底を照らす太陽のごとく!」

「いいわね!」

「分かりました! では! ムーンライトシャワー!」


 心春の提案に、夜陽は瞳を輝かせて、夢見る乙女のように胸の前で両手を組み合わせた。

 心春は、心得たとばかりにさっと右手を天に掲げて叫ぶ。

 てゆーかさ。

 太陽のごとくとか言っときながら、ムーンライトシャワーなんだ……。

 まあ、夜陽も気にしてないっていうか、気づいてないみたいだしどうでもいいけど。

 でも、ようやくあたしにも意味が分かったよ。

 月見サンは、これを予想してたんですね?


 キノコ型のジョーロがゆっくりと傾いて、ゾンビとキノコに月光シャワーを浴びせていく。あわせて、月見サンのジョーロも満遍なく円を描くようにして二人にシャワーを浴びせかける。

 楽しそうですね、月見サン。

 あたしは。

 隣のベリーが腕組みをしてシラッとした顔をしていたので、闇底を照らす太陽計画には参加しないでおいた。あとで一緒に、光る水たまりを作ろうね、ベリー。


「ほほほほほ! 今、わたくしは光り輝いている! この闇底の誰よりも美しく!」

「はい! 素晴らしいです、夜陽様! その光輝くお姿、まるで女神のようです!」

「ほーほほほ! そうでしょうとも!」


 淡く光り輝く自分の体を見下ろしてご満悦な夜陽様ですが。

 美しいというよりも、不気味なんですけど!

 特に頭!

 モザイクが光ってて怖い!


「あっはは! 女神って言うよりも、ゲームに出てくるレアモンスターみたいだよね☆ 経験値がっぽり稼げそう☆ そして、役に立たないレアアイテムとか持ってそう☆」


 楽しそうですね、月見サン。

 でも、倒しちゃダメですよ?

 レアモンスターみたいなのは同意見だけど、あれ魔法少女ですからね?


「気に入ったわ、キノコ! その池とやらにわたくしを連れて行きなさい!」

「はい! お任せを! それでは姫! お手を!」

「あら❤」

「行きますよ! しっかり捕まっていてくださいね!」

「はい……」


 そして、その間にも。

 下では事態が進行していた。

 お月さまの池への案内を命じる夜陽の手を取り、お姫様抱っこするキノコ。

 力持ちってわけじゃなくて、魔法使ってるんだろうな。

 キノコ王子に姫抱っこされたゾンビ姫はまんざらでもないみたいで、頬をほんのり染めてキノコを見つめている。

 キノコに惚れたっていうよりは、姫抱っこというシチュに酔っているだけっぽいけど。

 うん、でもね。たとえあのキノコがイケメンだったとしてもだよ? 光り輝くキノコの着ぐるみな時点で、全然、これっぽちも羨ましくないよ?

 でも、キノコとゾンビは完全に自分たちの世界に入ってしまっているみたいだった。

 姫抱っこしたゾンビ姫と見つめ合ったまま、ゆっくりと上昇していくキノコ王子。一緒に、お城も空へと浮かんでいく。地に落ちたり、空に浮かんだり、忙しいお城だよね。

 一人、いや一匹だけ残されて、あわあわしているカッパ妖魔君がちょっとかわいそうかも。だけど、空へと浮き上がった二人とお城は、カッパ妖魔君を置いて、お月さまの池を目指して闇空の彼方へと飛び立って行ってしまう。

 どっちも淡く光り輝いているせいか、魂になった二人が天国へと旅立って行くシーンに見えないこともないけれど、全然感動はしない。だって、頭モザイクとキノコだし。お城が二人の後を追いかけるように飛んでいくし。

 むしろ、笑うところ?


「ま、待ってください! 夜陽様ー!」


 置き去りにされたカッパ妖魔君が、慌ててその後を追って走り出す。

 まあ、あのお城大きいし、たぶん見失わないんじゃないかな。たぶん。

 えっと。がんばって?


「あ、あは! あはははははははは! これ、これって、夜陽の初の強制退場回避ってことになるのかな? じ、自分で案内しろって言ってたんだから、あは、自己退場ってことで、いいんだよね? あは、あははは! お城、お城も空飛んでるし!」


 月見サンは、空飛ぶ竹ぼうきの上で、お腹を抱えて笑い転げている。

 あたしとベリーは、月見サンのテンションについていけずに、微妙な顔をお互い見合わせるしかない。

 でも月見サンは、そもそも最初からあたしたちの答えを求めていなかったのか、それともただ単にそれどころじゃないからなのか。特に気にした様子もなく、ひたすら一人で笑っている。

 月見サンが笑えば笑うほど、あたしとベリーの気持ちは冷めていく。

 傍から見ている分には十分笑えるシーンなのかもだけど、キノコが知っているキノコなだけにそういう気分にならない。あと、月見サンが異様に笑い転げまわり過ぎていて、今更その波には乗れそうもない気分というかなんというか。

 そういうときって、あるよね?


「帰ろっか」

「そうだね」


 あたしたちは、月見サンを置いて帰ることにした。

 声もかけずにアジトに向かって帰ろうとすると、それに気づいた月見サンが息も絶え絶えに呼び止めてくる。


「ま、待って……あは、あ、あたしも、帰る……あはは。帰って、このこと、みんなに、も、つ、伝えなきゃ…………く、くふふふふふ」


 あたしもベリーも、返事はしなかった。振り返りもせずに、そのまま空を飛んでいく。

 まあ、笑い声は後ろから聞こえてきているので、問題はないだろう。


 キノコ王子とゾンビ姫については、うん。

 お月さまの池のほとりで、どうか末永くお幸せに?


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?