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第117話 キノコは、居てもいなくても存在が煩い。

 ざっくざっくと音を立てて。

 紅桃べにももが、シャベルで庭に穴を掘っていく。

 水たまりが進化して池になりましたくらいのサイズの、たいして深くも大きくもない穴なので、作業はあっさりと終了した。


「よーし、出来たぞー」


 ちゃんと、掘り返した土で穴の周りに土手みたいなのを作ってから、紅桃はシャベルをザンと小気味いい音を立てて、水たまり進化系の池になる予定の穴の脇に突き立てた。

 その紅桃を、ベリーが頬をほんのりと赤く染めてまじまじと見つめている。脳内では、恋が進行しているんだろう。

 恋、といっても、ベリー → 紅桃 というわけではない。

 なのに、なんで紅桃を見て頬を染めているのかというと、それは。

 ベリーが、知ってしまったからだ。



 これまで、ベリーには知らされていなかった、紅桃の禁断の真実ってヤツを。



 うん、あのね?


 ベリーの衝撃的な魔法お披露目会の後に。

 口直し的な感じで、ちんまりと、水たまりっぽい池を作ってお月シャワー見しようかー、と言い出したのは、あたしと月見サンだった。

 で、お披露目会終了後は、月見サンの仕切りの元。

 流れるようにお月シャワー見会が開かれることになった。

 それで、まずは。

 池にするための穴を掘ろうってことになった。

 池用の穴なんて、別に魔法で作ったっていいとあたしは思ったんだけど、月見サンは違ったみたいで、楽しそーに目をキラキラさせながら魔法でシャベルを用意すると、当然のようにそれを紅桃に手渡して、穴を掘るように命令した。頼む、っていうよりは、お姉ちゃんが弟に命令するみたいな感じだった。

 紅桃は、しょうがねーなーって顔をしながらも、素直にシャベルを受け取って、どこら辺にどのくらいの穴を掘ればいいのか月見サンに確認し始める。こっちは、姉に命令された弟っていうよりは、妹に頼まれたお兄ちゃん的な感じだ。まあ、“地上”……元の世界にいた時には妹がいるって言ってたしね。家でも、こういう感じで、いいお兄ちゃんしてたのかもしれない。

 なんて、微笑ましくも生暖かい眼差しで見つめていたら、そこに異議を申し立てるものがいた。

 ベリーだ。


「ちょっと、穴を掘るのはいいけど、なんでその子にやらせるのよ? 自分で掘るか、せめて星空にやらせなさいよ」

「あ? なんでだ? 言い出しっぺの月見はともかく、星空にやらせるくらいなら、俺がやったほうがいいだろ。ていうか、こういうのは俺の仕事だろ?」


 むん、と腕を組んで当然よね、って顔で月見サンに抗議するベリーに答えたのは、ベリーに庇われた?――――的な感じになっていた当の紅桃だった。

 紅桃は紅桃で、当然だろって顔をしてシャベルを肩に担ぎあげて、なんでそんなこと言うんだって感じで、ちょっと不思議そうにベリーを見ている。

 ポーズは雄々しいけど、その顔立ちとか表情とか、もうもうもう!

 可憐な美少女=紅桃かってくらいの妖精的な感じの危うげな可愛らしさで、ベリーの言うことも「もっともだなっ!」っていう気になってくる。

 妖精国のお姫様的な可憐可愛らしさ! なんだよ!

 衣装はショートパンツ系で、ちょっとボーイッシュだけど!

 それもまた、よいっていうか!

 とにかく、見た目のイメージ的には、シャベルとか、ぜんぜん似合ってない!

 てゆーか、持たせたくない!

 ああ、どっちの言うことも分かるぅ!

 ――――なんて、脳内でジダモダしてたら。

 不思議そうにしている紅桃に、ベリーもまた不思議そうに首を傾げて尋ねた。


「んん? どういうこと?」

「いや、どういうことって……………」


 尋ねられた紅桃は、さっきよりも不思議感を前面に押し出して、口ごもる。それから、キョロキョロと周囲の様子を念入りに確認し、危険がないことが分かると、ちょっと小声になって一部の人たちには内緒のことを口にした。


「こういうのは、男の仕事、だろ?」

「……………………………………………………………………え!? 今、なんて?」

「だから、俺、男だし」


 紅桃の内緒告白を聞いて、ベリーはハト豆顔になった。

 ほら、あれだよ。ハトが豆をぶつけられてびっくりした、みたいな言葉、あったよね? あんな顔。昔、おばあちゃんが描いてくれたイラストに、すごく似ている。ハト豆って書いた下に、びっくり顔のハトが描いてあったんだよね。「ぽ!?」って吹き出しも描いてあった。

 ベリーの顔、あのイラストのハト豆顔にそっくり。


「え? 男……の子? え? いや、だって…………え? え?」


 ハト豆顔で紅桃をガン見しているベリー。

 それを見て、あたしも重要なことを思い出したっていうか、気づいたよ。

 そう言えば、ベリーにはその話、してなかったかもね?

 そりゃ、びっくりだよね…………。


「そっかー。ベリちゃんが仲間になったときって、月華つきはな心春ここはるちゃんがいたから、紅桃くんが男の子だって伝えてなかったっけー」

「あー、そういや、そうだっけ……。わりー、言いそびれてた。俺、男なんだよ。このことは、月華と心春にだけは内緒にしておいてほしい」


 月見サンが「あははー」と笑いながら頬をポリポリし、紅桃はシャベルを持っていない方の手で「ごめん!」のポーズをする。

 そうそう、そうだったー。

 ごめーん、ベリー。


「ちょっと、待って。いろいろついていけなくて、まだ混乱しているんだけど、い、一応分かったわ。言われてみれば、言動とか仕草は男の子まんまだったものね。出来れば、理解したくなかったけれど……なんていうか、夢を壊された気分。んん、それより、どうしてその二人には内緒…………あ、キノコは分かったわ。そうね、内緒にしとく。でも、月華はどうして?」


 混乱しつつも、ひとつひとつぶつけられた豆を拾い上げていくベリー。

 夢を壊された気分っていうのは、よく分かる!

 詐欺だって思うよね。

 こんな、羨ましすぎてよだれで海が出来そうなくらいの可憐美少女なのに、ホントは男の子なんだもんね! ちょっと、卑怯だよね!

 ま、それは置いといて!

 内緒の理由は、キノコこと心春については、説明しなくても合点がいったみたいでした。

 まあ、しばらく一緒に行動していたしね。

 あのキノコ、いろいろオープンすぎるしね。

 男と妖魔の存在を許していないキノコに男の子だってばれたら、紅桃、抹殺されちゃうかもしれないもんね。

 でも、月華に内緒の理由は思い当たらなかったみたい。

 紅桃は、渋い顔をしてシャベルで肩をトントンしながら、ベリーに答える。


「いや、月華も男は嫌いだろ?」

「そうなの?」

「そうなんだよ」

「内緒にしないといけないほどなの? キノコはまあ、分かるけど」

「…………いや、だって。最初に会った時さ。俺、妖魔に襲われてたんだけど、月華のヤツ、俺を助けようかどうか迷ってたんだぜ?」

「え? どうして?」

「俺が、男か女か分かんなかったから」

「…………………………マジで?」

「おう、マジだ。男だったら、見捨てる気マンマンだったぜ」

「え? じゃあ、なんで……ああ、性別を偽って魔法少女にしてもらったってこと?」

「偽ったわけじゃねーよ!」

「じゃあ、なんで助けてもらえたのよ?」

「……俺が偽ったわけじゃない。雪白ゆきしろが、助け船を出してくれて…………」

「それに、乗っかったと」

「……………………」


 紅桃は口をつぐみ、遠い眼差しで明後日の方を向く。

 ベリーは、そんな紅桃を、何ていったらいいのか分からない、ちょっと胸の奥がぎゅっとなるような顔で見つめていたけれど。

 やがて、頷きとともにポツリと呟いた。

 紅桃に語り掛けるような内容だったけれど、紅桃が聞いてなくても構わないみたいな話し方だった。


「なんか、分かるわ……。たとえ、それが屈辱の選択だとしても、妖魔に喰われるよりはマシよね。生きてさえいれば、またサイコロの目がいい方に転がることもあるわよ……私みたいに…………」

「ベリー……」

「ま、まあ。事情は分かったわ。そう言えば、お風呂も一緒には入らなかったし、男子とはいえ、女子に不埒なことをするつもりはないようだしね! 私も、協力するわ!」

「お、おう。サンキュ」


 ちょっと、しんみりしかけたけど、ベリー自身がそれを振り払うように、紅桃に明るくお姉さんっぽく笑いかける。

 笑顔の勢いに押されつつも、紅桃は素直にお礼を言う。

 なんか、二人の間に、屈辱の選択仲間としての共感が生まれて、仲が深まったようだ。

 このシーンだけ見せたら(もちろん、会話は聞こえない前提で!)、キノコが狂喜乱舞しそうな感じ。


 とか思ってたら、ベリーがなんか口走り始めた!


「それにしても、生きるために魔法少女として生きることを決意した美少年か……。悪くないわね。んー、男と妖魔を殲滅しようとする心春の目から逃れつつ、仲を深めていく紅桃と星空……。いえ、それよりも、星空に魔法少女ハーレムの女王としての素質を見出した、百合女神の手下であるキノコは魔法少女と偽り、魔法少女のアジトへと潜入する。魔法少女たちを百合啓蒙し、百合女王・星空のハーレムを築くために。百合女王となったら、この世のすべての男たちを殲滅し、乙女たちに百合的な幸せを与えなければならない。けれど、星空には想いを捧げる人がいた。星空のために魔法少女になった紅桃。紅桃は実は、男の子だったのだ……。うーん、なんか違うわね。キノコ成分が混じり過ぎね。…………妖魔たちが蔓延る闇底の世界で、生き残るために男であることを捨てて、魔法少女になった美少年・紅桃。男として生きるには、魔法少女としての力を捨てねばならない。力を失い、妖魔に喰い殺されるかもしれなくとも、男であることの矜持をとるか。それとも、生き残るための力を得るために魔法少女となるか。悩んだ末、魔法少女として生きることを選んだ紅桃。このまま、魔法少女としての生涯を全うするつもりだった紅桃だったが、しかし、彼は出会ってしまった。薄暗い闇底を照らす、蛍虫のように薄ぼんやりと周りを照らしてくれる魔法少女、星空に。性別を偽ったまま、星空に惹かれていく紅桃。そして、偶然から紅桃が男だと知ってしまった星空は、あ、紅桃はそれに気づいてないやつね。ここは、譲れないわよ。で、星空はみんなにそれがばれないようにこっそり気をきかせたりしてるつもりが、むしろ紅桃をピンチに追いやったりしたけど最終的にはギリギリで何とかなったりしている内に、男としての紅桃に惹かれていき……。あ、これは、いいわね。悪くないわ。ふふ、これ、楽しいわね。キノコの気持ちがちょっと分かったかも」


 満足のため息をもらしながら、長い長い独り言を終わりにするベリー。

 キノコとの共感は深めなくていい。

 むしろ、深めないで。

 あとさ。

 なんで、キノコもベリーも妄想にあたしを巻き込むの!

 しかも、薄ぼんやりとか、助けようとしてピンチに追いやるとか、何それ!?

 ベリーと紅桃の間にフラグが立ったのかと思わせておいて、なんで、そこであたしなのさー!


「…………星空。俺、お前の気持ちが分かったわ……。掘った穴に、ベリーを埋めたくてたまらないんだけど」

「気持ちは分かるけど、埋めるならキノコにしておいて」

「え。それは、なんかヤだ。あいつ、埋めたら増えそうじゃん?」

「ヤ、ヤメロ! 怖いこと、言うなー!」


 ポコポコと増えていく心春キノコを思わず想像して鳥肌が立つ。

 腕をさすっていたら、月見サンのよじれるような笑い声と、月下さんが優しく、でも有無を言わせない感じでベリーに言い聞かせている声が聞こえてきた。


「ベリー。今の、心春みたいで気持ちが悪かったわよ? 妄想するのは本人の自由だと思うけど、せめて脳内だけに留めるべきじゃない? ほら、本人たちも聞いているわけだし。心春はまあ、ああいう生き物だと思って諦めるしかないと思っているけれど」

「あ! そうね! ごめん、気を付けるわ! キノコに慣れてしまって、ついうっかりしたわ。本当にごめんなさい!」

「えー? あたしは、ちょっとおもしろかったよ? ここ、本とかマンガとかテレビとかゲームとかないし。あ、あとでペンとノート作るから、小説かマンガにしてよ! それなら、読みたい人だけ読めばいいじゃん?」

「え? 絵は上手くないから、マンガは無理だけど。でも、セリフだけみたいのとかなら?」

「まずは、そこからでいいと思う! 慣れれば、その内うまくなるよ! あたしも協力する!」

「わ、分かった。頑張ってみる」


 せっかく、月下さんにいい聞かされて反省したベリーさんだったのに、夜咲花よるさくはなさんが余計なことを言い出した!

 頼みの綱の月下さんは、なにやら急に元気になった夜咲花を微笑まし気に見つめているだけで、何も言わない。

 いや、気持ちは分かるけども! 引きこもり系魔法少女の夜咲花が、錬金魔法以外の楽しみを見つけたこと自体は、あたしも嬉しいけども! 出来れば、応援したいけども!

 そして、月見サンは、言うまでもないけれど、ずっと笑いっぱなしだ。庭に倒れ伏して、激しく痙攣しながら笑っている。

 くっ。他人事だと思って。


 同志も増えたけど、敵も増えた!


 その同志・紅桃から、ふー、と深いため息が聞こえてきた。

 ちょっと、同志! お願い、あきらめないで!


「せめて、名前は変えてくれ」

「あ、そうね。分かったわ。それなら、うっかりノートをキノコや月華に見られても安心だものね!」


 あきらめつつも、それならまあいっかなーな提案をする紅桃、えらい!

 と、思ったら。

 言った紅桃も気づいていなかった恐ろしい可能性をベリーがあっさりと口にして、その場にいた全員が凍り付く。ベリー自身も、言ってから、そうなったときの恐ろしさに気づいたみたいで、やっぱり凍り付いている。

 さすがの月見サンも、痙攣と笑い声をピタッと止めていた。


「絶対に、変えてくれ!」

「そ、そうね……。名前を変えるというか……。月華は分からないけど、キノコは結構、勘がいいから、ノートの内容から何か勘づかれても困るし、ノートそのものを止めた方がいいかもね」

「う、うん」


 そして、解凍されるなり、紅桃が血相を変えて、ベリーに向かってズイと身を乗り出した。

 ベリーも、紅桃がキノコに殲滅されちゃう可能性が少しでもあるならってことで、ノートそのものを取りやめる方向に気持ちが固まりつつあるようだった。

 夜咲花も、コクコクとそれに頷いている。

 さっきまで、あんなにはしゃいでいた夜咲花がちんやりしているのは、とても可哀そうなのだけれど、こればっかりは仕方ないよね。

 紅桃の命がかかっているし。


「うーん、二人だけで楽しんでいる分には、問題ないと思うのだけれど。あ、そうだ。二人で交換日記を始めたことにしたらいいんじゃないかしら? 日記だったら、普通、他人のものは読まないと思うし。心春も、そいうところはちゃんとしていると思うのよね」


 なんか、もう。

 これからお月シャワー見という雰囲気でもなくなってしまったのだけれど、救世主が現れた。

 みんなの月下さんだ。

 視線が、月下さんに集中する。

 うん。いい考え、じゃないかな!

 日記なら、心春も勝手に読んだりはしないと思うし。月華も、読んじゃダメって言っておけば、たぶん言われたとおりにすると思うし。


「あ、そうだわ。交換ノートといいつつ、実際にはリレー小説にしたら楽しいんじゃないかしら?」

「リレー小説?」

「そう。最初に、まあ、最初はどっちいでもいいけれど。たとえとして、まずベリーがお話を途中まで書いて、そのノートを夜咲花に渡すの。夜咲花はそれを読んで、続きのお話を書いて、ベリーに返す。ベリーはそれを読んで、また続きを書いて……っていうのを、繰り返すの。あ、もちろん、念のために登場人物の名前は変えてね」

「おもしろそう!」

「いいわね。でも、それだと、私たち以外は気軽に読めなくなるわね。星空には、悪いけれど、それでいいかしら?」

「もちろんです! あたしのことは、おかまいなく! お二人で楽しんで!」


 続く月下さんのアイデアに、顔を輝かせる夜咲花とベリー。

 紅桃も、それなら大丈夫そうだなと頷いている。

 ベリーは、最後に申し訳なさそうにあたしの様子を窺っていたけれど、あたしは笑顔で頷いた。


 全然、構わない!

 むしろ、その方がいいです!


 だって、元ネタが自分と紅桃とかさ。

 絶対、純粋に楽しめない。

 ノートを開いたまま、微妙な顔をしている自分しか想像できないもん。


 あと。これが、一番の理由なんだけれど。

 ハッピーエンドだったとしても、バッドエンドだったとしてもだよ。


 感想を求められても、困るから!


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