お月見ガールの導きにより、お月見シャワー会は、それまでの“あれやこれや”を遠い彼方に追いやって、意外と和やかに進んで行った。
まあ、これまでの“あれやこれや”が“あれやこれや”だったから、黒い夜のカーテンで隠されていたジョウロがお披露目された時には、一部のメンバー以外はどうでもよさそうになっていたけれど。
それでも。
ぱちん。
という、小気味よく指を鳴らす音を合図に。
ジョウロがゆっくりと傾いて、お月さまを溶かしたような淡い黄色に仄光る雫たちが、シャワシャワと降り注ぎ始めると、全員が息をのんだ。
一度経験済みのはずの、あたしとベリーですら。
うん。
なんだか、幻想的すぎて、頭がクラクラしてくるよ。
お月様の池のほとりでやった時よりも、ゆっくりめに。
シャワーって感じじゃなくて、シャワシャワって降って来る蕩けたお月様液。
その後ろには、ホタルモドキが飛び交う草原。
生きているお星さまでつくられた星空をバックに、月のシャワーが降り注ぎ、そして足元に新しい月が生まれていく。
堀りたての水たまりの中にお月様液が溜まっていくにつれて、落ちてきた雫が水面の上で跳ね返り、煙るような滲むような光が広がっていく。
あたしたちは今、お月さまをつくっているんだ。
そう考えると、胸の奥がキュンとした。
やがて。
ジョウロの中がすっかり空になり。
最後の一滴が、音を立てて飛沫を跳ね上げ、淡い光が散らばっていく。
アジトの庭先に出来た、生まれたてのお月さま。
まだ“地上(地球の、日本の、あたしたちが元いたせかいのことだ)”にいた頃よく食べていた、生まれたてのニワトリの卵で作った玉子かけご飯をふと思い出してしまって、胸の奥がキュキュンと鳴った。
胃袋の奥もきゅきゅんと鳴いた。
アジトの中で待っていてくれるはずのシュークリームのことも思い出した。
少しだけ、ソワソワしてきた。
少しだけ。ほんの少しだけ。
大丈夫。月よりシュークリームとかそんなことない。
だって、女の子だもん。
だから、
ちら。
ちら、ちらっ。
あ、ダメだ。
触ってみたそうに、お月さまの水たまりを見つめている。
大分、うずうずしている感じ。
触ってもいいけど、自分も光りだしちゃうよ?
ちなみに、池で散々遊んで謎の発光系魔法少女となっていたあたしたちですが、ようやく輝きが落ち着いてきて、普通の魔法少女に戻りつつあります。
時間がたったら、消えてくヤツでよかった。
それは、ともかく。
シュークリームですよ。乙女の欲望ですよ。
えーと、ルナと
あ、こっちもダメだ。二人とも、しゃがみ込んで水たまりを覗き込んでいるよ。お目目がキラキラしているよ。
あれ?
もしかして、シュークリームが食べたくなってきてるのは、あたしだけなのかな?
そうなのかな?
……………………そうか。
じゃあ、もう少し待つか。
自分から言い出すのは、ちょっと恥ずかしいし。
一人だけ食い意地はってるみたいで。
「うーん。どういう成分なのかしらね? こういう液体が溜まっている場所が、他にもあるのかしら? 魔素を含んでいるみたいだけれど、妖魔たちの水飲み場ならぬ魔素飲み場みたいなかんじなのかしら……?」
「どうだろう? あたしは初めて見たかな。妖魔は、一匹だけいたけど。あんまり大勢集まってくる感じじゃなかったかなー」
「アジトからそんなに遠くない場所なのよね?」
「空を飛んでいけばねー」
「気づかなかっただけで、前からあったのかしら? それとも、最近できたのかしら?」
「今行くのは、お勧めしないけど、そのうち行ってみるー? 案内するよー。あ、あと、お土産にもう一ジョウロ汲んで来てるから。夜咲花ちゃんへのお土産のつもりだったけど、なんなら、二人で分けてー」
「そうね。そうするわ」
あたしが一人で悶々としている間に、お姉さん二人組の間は、お月様液の成分とかなんかいろいろについて話し合っているみたいだった。
お月様液の成分は、お月様100%じゃ、ダメなの?
あと、行ってみるのはおススメです。
今は、おススメしないけど。
キノコと夜陽の愛の巣になってるかもしれないからねー。今は。
まあ、夜陽の方は運命の力で、そのうち勝手に強制退場させられるんじゃないかと思うし。一人で取り残されたらキノコも帰って来なくていいけど帰ってくるだろうから、そうしたら行ってみればいいんじゃないかな。
「触ると光が移るのね。時間が立てば消えるみたいだけれど。……飲んだら、どうなるのかしら?」
「の、飲んだらかー。気にはなるけど、ちょっと、試してみる勇気はないかなー」
「魔法少女なんだから、大丈夫よ。ちょっと、試してみなさいよ、ススキ……じゃない、月見」
「ちょっと! さっそく呼び間違えてるんですけど! あと、なんで、あたしで試そうとする!?」
「適任かなと思って……」
飲んでみるって、月下さん。だ、大胆なことを。
しかも、自分じゃなくて月見サンにやらせようとしてるし。
あと、月見サン。ススキ呼びはしょうがないと思いますよ。そのススキ、存在感ありますもん。
「飲んでみる……」
「おいしいのかな?」
「あ! おまえら、ちょっと待て! 腹……は壊さないかもしれなけど、せめて月見で人体……魔法少女体実験してからにしろ!」
「むう……」
「えー!?」
ひっ!
夜咲花とルナにも聞かれてた!
紅桃! よくやった! よく止めてくれた!
もー、夜咲花とルナったら。
さっそく水たまりの中のお月様液を手で掬おうとしてるんだもん。
紅桃が、二人の肩を掴んで強引に止めてくれなかったら、危ないところだったよ。
でも、止められた二人は頬を膨らませて不服そうにしている。
もー! 二人のためなのにー!
なんて言って納得してもらえばいいんだろうと頑張って考えていたら、ベリーの援護射撃が入った。
「妖魔が浸かっていたかもしれない水よ? 飲むのは止めておいたほうがいいんじゃない?」
「!!! 分かった。止める」
「えー……」
ルナはまだ未練があるみたいだけれど、妖魔嫌いの夜咲花は、あっさりと興味を失った。夜咲花の方は問題なさそうだと判断した紅桃が、夜咲花の肩を掴んでいた手を離すと、自主的に水たまりから離れていった。
てゆーか、ベリー!
こっちにも、流れ弾が飛んできたんですけど!
その妖魔が浸かっていたかもしれないお水を散々浴びちゃったんですけど!
飲んではいないけど! 飲んではいないけど!!
「…………そういえば、池の近くにカエルの妖魔がいたって言っていたわね……。ルナ、その水を飲んだら、星空と月見に話しかけてもらえなくなるかもしれないわよ?」
「そうな……」
「ふみょおおおおおおおおお!!」
「な、ななななななな、何言ってるのベリちゃんてばあの妖魔は光ってなかったしだから池の水は汚染されていないはずクリーンそうクリーンなはずだよねそういうことになったよね!?!?!?」
追い打ち!
さらに、追い打ちが来た!
首を傾げるルナの声を遮って、あたしは謎の雄叫びを上げながら飛び上がった。全身を鳥肌でいっぱいにしてノンブレスで叫んでいる月見サンと手に手を取り合い水たまりから離れると、震える体をお互いに抱きしめ合う。
「ほら。その水を飲んだら、これからずっと、あの二人はルナの顔を見るなり、ああいう感じになるわよ?」
「うー……。分かった。それはヤだから、あきらめる……」
「はー。やれやれ。どうなることかと思ったぜ」
遠くで何かが聞こえた気がするけど、今はどうでもいい。
あの水はクリーンだった。
あの水はクリーンだった。
だから、浴びても大丈夫。
念仏を唱えながら、脳裏に浮かぶカ〇ル妖魔の残像を光の速さで切り刻む。
ああ、でも!
この切り刻んだ後の残骸をどうすればいいの?
たとえ塵になったとしても、元カ〇ル妖魔だったものを、脳内に残しておきたくない。
どうやって、消し去ればいいの?
どうやって!
どうすれば!
…………………は!
閃いた!
「大丈夫ですよ、月見サン! この闇底中のカ……妖魔をすべて、“地上”に送り込んじゃえばいいんですよ! そうすれば、あたしたちのいるこの闇底は安泰! 安心安全な楽園ですよ! 楽園!」
「な、なるほど! 確かに! ナイスアイデア! それだよ、星空ちゃん! これで勝利はあたしたちのものだね!」
「はい! 完全勝利です!」
脳内の塵を地上へ送り込んで一掃し、スッキリした気持ちでこの素晴らしいアイデアを月見サンに伝えると、月見サンも顔を輝かせて喜んでくれた。きっと、月見サンも脳内で滅ぼしたカ〇ル妖魔の残骸を持て余していたに違いない。
二人で喜びのワルツを舞い踊っていると、月下さんののんびりのほほんとした呟きが聞こえてきた。
「何がどうなって完全勝利なのか、話の流れが全く分からないけれど、ひとまず一件落着ってことでいいのかしら。それにしても、心春が見たら狂喜乱舞しそうな構図よね」
心春大喜びの息の合いっぷりで、あたしと月見サンの喜びの舞がピタリと止まる。
いや、月下さん。
そもそも、あたしたちがこうなったのは月下さんの余計な一言のせいですよね?
月下さんが、飲んでみたらとか言い出したからですよね?
なんで、そんなに他人事なんですか?
いや、トドメを刺したのはベリーだけれども!
それは、夜咲花とルナの暴走を止めるためであって!
そもそも、元をただせば月下さんの発言のせいなわけで!
「くっ。いつか、仕返ししてやる……」
恨みがまし気に月下さんを見つめていたら、耳元にポソリと呟きが落ちてきた。
えーと。
気持は分かりますが、うん。聞こえなかったことにしよう。
月下さんに仕返しとか、なんか後が怖い気がするし……。
えー、すみません、月見サン。
気持ちは分かります。
気持ちは分かります、が!
そうは言っても、でも、だけど。
月下さんへの仕返しは、月見サンお一人でお願いしますね?