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第121話 帰ってきたキノコ

 帰って来なくてもいいのに、帰ってきたキノコは。


 なんだか、けばけばしくビカビカしていた。

 ビカビカ!


 も、なんていうの?

 やり過ぎたクリスマスツリーの電飾みたいな?

 キノコツリーって感じなんだよ!

 こう、ね?

 淡い黄色に光るキノコの着ぐるみの周りに、いろんな色やサイズや形(種類?)でビカビカしている小さいキノコがいっぱい飾り付けられていてね。こう、光りっぱなしじゃなくて、ついたり消えたりするやつ。ビカビカするやつが、いっぱい。

 直接、くっついているのもあれば、ツリーの電飾みたいに、キノコ本体に纏わりついている紐みたいなのに吊り下がっているのもある。ミニキノコ電飾付きのコードを体に巻き付けてる感じ?


 キノコ本体が動くたびに、飾りがビカビカ揺れて、正直、目にうるさい。


 もう、存在そのものがやかましい。

 いや、元からそうなんだけど。

 喋らなくても、やかましい。

 いるだけで、やかましい。


 キノコの国へ、お帰りください。

 ――――って、うっかり言いそうになる。


「お帰りなさい、心春ここはる。それ、あなたにはよく似合っているわよ」


 ふと気づけば、月見サンと決死の攻防(月見サン的には)を繰り広げていたはずの月下さんが、ちゃぶ台の前に優雅に座って、優しい微笑みを浮かべていた。

 いつの間に。

 でも、表情は優しいですけど、言ってることはそうでもないですよね? 一見、褒めているように聞こえますけど、わざわざ「あなたには」って付け加えるところに、月下さんの月下さんみを感じます。特に「には」ってこところに。


「た、助かった。ありがとう、キノコ。これからは、もっとキノコを大事にするよ」


 そして、うまいこと月の悪魔の手から逃れた月見サンが、あたしたちの後ろに回り込んで、ちゃぶ台方面から隠れるようにしながら、震える声でキノコへの感謝を口にする。

 キノコを大事にするって言うのは、キノ……心春本体のことなんだろうか? それとも、闇底界に存在する自然のキノコのことなんだろうか?

 自然のキノコのことならいいけど、キノコ本……心春本体への感謝の気持ちから、キ……心春の百合妄想に協力する的な意味合いで、あたしに変に絡んできたりするのは止めてほしい。本当に、止めてほしい。

 ちなみに、悪魔の手先だった夜咲花よるさくはなも、キ……心……や、もう、キノコでいいよね。えーと、キノコのキノコ電飾が気になるみたいで、ペットボトルのキャップを閉めてちゃぶ台の上に置くと、開いた両手をワキワキさせてキノコ電飾を触りたそうにしている。視線は、ビカビカに釘付けだ。


「あ! この海月のライトは夜咲花さんの作品ですか? 素敵ですね! よければ、この子たちも仲間に入れてあげてください!」

「うん! もちろん!」


 ミニキノコ電飾をビカンビカンゆらんゆらんシャランシャランさせながら、キノコがちゃぶ台までやって来た。で、自分の体についていたミニキノコ電飾を取り外して、ちゃぶ台の上に並べ始める。

 よせ! やめろ!

 せっかくの幻惑空間を、キノコで汚染するな!

 台無しになるだろ!


 思わず叫びそうになったけれど、夜咲花が喜んでいるので、仕方がなく思いとどまる。

 ちゃぶ台の上に、赤と青と黄色にビカビカしているミニキノコが三つ、ことりと置かれた。

 う、うーん。

 もう少し、光が弱ければなー。あんなに、ビッカビカじゃなければなー。

 クラゲの足元に並べると、むしろいい感じになるのになー。

 雰囲気のいいアンティークショップから趣味の悪い成金のお屋敷に様変わりした感じ。

 残念、極まりない。


「今ね、池の水を飲んでみたらどうなるのかって話になって、月見に飲ませてみようかと思ったのだけど、嫌がられちゃって」

「ああ! あの池の傍に、カエルの妖魔がいましたもんね! カエルが嫌いな月見さんと星空さんは、飲むのは抵抗がありますよね!」


 ストッとちゃぶ台の傍に腰を下ろしたキノコに、月下さんがさっきまでの阿鼻叫喚の有様(月見サン的に)を、何でもないことのようにさらっと説明する。口元には優しそうな微笑みを浮かべているが、獲物を狙う肉食獣のような眼差しがキノコにがっつり固定されている。

 キノコもまた、何でもないことのようにさらっと答えを返している。

 その通りなんだけど、それだけじゃない!

 たとえ、近くにいたのがカ……妖魔じゃなくても、妖魔が浸かったかもしれない液体っていうだけで、普通に嫌だし! いや、そもそも、発光している液体を飲んでみようとか、普通は思わないよね? 発酵なら、まだともかくさ…………。

 いや、まあ。誰かが飲んでみて、大丈夫そうで美味しいんだったら、ちょっと飲んでみていもいいかな?――――とは思うけど。

 一番乗りは、ゴメンだ!

 まあ、ルナはそういうことはおかまいなしに飲みたそうにしていたけど。

 しかし、この展開。

 月下さん、さては次のターゲットに心春を選びましたね?

 ロックオンですね?

 まあ、止めませんけどね!

 だって、キノコだし!

 なんか、何があっても、大丈夫そう!


「それでね? どうかしら、心春。試しに、ちょっと飲んでみない? 心春なら、それなりにちゃんとした感想も聞けそうだし、何とかなりそうだし、ね?」


 いつの間にか、ちゃぶ台の上には空のコップが置かれていた。夜咲花の仕業だろう。月下さんが合図を送るまでもなく、夜咲花が空のコップにお月様液の入ったペットボトルを近づけていく。

 二人の息の合った、逃げ場をふさいでいく戦法。

 怖い!

 けれど、コップの中に、お月様液が注ぎ込まれることはなかった。

 コップに向かってペットボトルを傾けようとした夜咲花を、キノコが止めたのだ。

 キノコにも普通の女の子の心が!?

 驚きとともにキノコを見守る。

 そういうことなら、ここはやっぱり止めるべき?

 半立ちになりかけたけれど、次の瞬間にはあっさり崩れ落ちた。


「あ、私はさっき、池から直接飲んできたところなので、結構です!」

「え? もう、飲んじゃったの?」

「はい!」


 もーう、飲んできたーんかーい!?

 心春の元気で歯切れのよい返事に、月下さんが笑顔のまま固まっている。

 この展開は、予想していなかったんだろう。でも、月下さんよりは、も少し心春との付き合いが長いあたしは、最初の衝撃から覚めてみると、割合と納得だった。

 心春なら、やりそう、というか。

 そう言えば、旅をしているときに寄った闇鍋市場で売っていた人間っぽい手足の生えたお魚の串焼きも食べたそうにしていたもんね…………。君、一人だけ。

 みんなが衝撃に固まったり、悟りを開いたみたいな顔になっている中、ルナと夜咲花だけが、元気に心春に喰らいついていく。


「味は、味はー? どうだった? おいしいの?」

「んー、エナジードリンクっぽい味でした! 好みによると思います!」

「それで、どんな感じなの? 体の方は、どんな感じ? 詳しく!」

「はい! えーとですね! 赤い実を食べた時のような、魔素が体中に充填されていくような感覚もあるんですけど、それよりも強い感じですかね!? 高価な栄養ドリンクを飲んだら、きっとこういう感じなのでは、と感じました! 栄養ドリンクを飲んだことはありませんけどね!」

「え? そうなの? この液体自体に、それほど魔素は含まれていないように感じるのだけれど」


 あ、月下さんが復活した。

 成分っぽい話になって来たからかな。

 ルナは、エナジードリンクの味っていうのがよく分からなかったらしくて、首を傾げている。首を傾げながら、空のコップとペットボトルを見つめている。

 夜咲花! それ、奪われないようにちゃんと持ってて!


「んー、なんて言うのでしょうか!? 魔素とは違う、不思議な力を感じました! 目に見えるわけじゃないんですけど、月の魔力が体中を満たしているというか! 月の光に導かれている感じがします!」


 キノコは立ち上がって、くるっと綺麗にターンした。

 ターンは綺麗だけど、やかましすぎて目を細めてしまった。

 いっそ、別の何かに変身してしまえばいいのに。


「んー? キノコ本体も光っているけど、これは月見や星空と一緒で、池の水を浴びたからっポイね? 浴びずに飲んだだけでも、体が光りだすのかどうかも試してみたいよね。んー、飲んでみるか……」

「はい! ルナ、飲みたい!」

「ちょっとだけにしておきなさい?」

「あ、そうですね! 一口か二口くらいにしておいた方がいいと思います!」

「え!?」


 とりあえず、飲んでも大丈夫そうだということが分かって、元々興味があった夜咲花は前向きに検討を始め、ルナは飲む気満々で手を上げてアピールした後、誰にも譲らないというように空のコップをがっつり両手で掴む。月下さんも、飲み過ぎないように注意するくらいで、二人を止めるつもりはないようだ。

 で、月下さんの許可が出たってことで、夜咲花はさっそくルナが握りしめるコップの中にお月様液を注ぎ始めたんだけれど。

 キノコが元気よく不安を煽る発言をしたことで、ペットボトルの口を上に上げて、ピタリと手を止める。

 うん、ストップ! ストップしておいて!

 みんなの視線が、ビカビカ光るキノコに集中した。

 それ、どういうこと?


「あの池の水は、おそらく、月の女神の流した涙で出来たものだと思うんです! だから、ただの普通の魔法少女には受け止めきれないと言いますか! 飲み過ぎると、月の神聖力に存在を流されてしまうと言いますか! 一口二口を口にすることで、そのありがたみをしみじみと体中で感じ取り、感謝の祈りを捧げるのがよいと思います!」

「やっぱり、止めておきなさい。二人とも」

「うん。そうする」

「えー?」


 月下さんが真顔で中止を宣言し、ルナが仕出かさないように、コップを握るルナの手を抑える。珍しく夜咲花もかなりの真顔でそれに頷いた。

 不満そうな声を上げるルナの目の前で、コップの中にすでに注ぎ込まれていた液体が、夜咲花の魔法によってまたペットボトルの中に吸い込まれていく。

 動画を巻き戻しているみたいだ。

 ルナが不貞腐れて、板の間に寝転がる。ココが慰めるように、もふもふの手でルナの頭を撫で始める。


 アジトに嫌な沈黙が落ちる中、キノコの光だけがビカビカうるさい。


 正直言って、キノコが何を言っているのか、さっぱり分からんかった。

 でも、これだけは分かる。


 あれ、飲んだらヤバいヤツ!

 心春的な意味でヤバいのか、本格的な意味でヤバいのか、それは分からないけど。


 とにかく、飲んだらダメなヤツ!


 それだけは、分かる。


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