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第122話 闇底の女神と月のモザイク

 いつの間にか、ちゃぶ台の周りにルナとココを除く全員が集まっていた。

 みんなの視線は、ビカビカしているキノコに集中している。

 お月様液の入ったペットボトルは、万が一にも間違いがないように、夜咲花よるさくはなから月下さんの手に渡っていた。

 今、このアジトで一番安全な場所だ。


「それで、池の水を飲んだ夜陽がどうなったのか、詳しく教えてもらえるかしら?」


 ペットボトルをがっちり握りこんで完全ガード中の月下さんが、マジな目でキノコに尋ねた。

 お月様みたいな池に行ったのは、心春ここはる夜陽よるひの二人で、さっきの話によれば、心春は少ししか池の水を飲んでいないはず。なのに、池の水をたくさん飲んだら大変なことになっちゃうってことを心春が知っているってことは、ようするに!

 仕出かしちゃったのは、夜陽ってことになる。

 さすがに、これはあたしでも分かる。

 星空にも分かる簡単なヤツ!

 一体、夜陽はどうなってしまったのか。

 一体、どんな強制退場が起こってしまったのか……。

 勝手にそういうことだと決めつけて、ドキドキしながら心春の答えを待つ。

 ちょっと怖いけど、でも何があったのか知りたい。

 そんな乙女心。

 みんな、あんまり夜陽のことを心配していないのは、夜陽が夜陽だからだろう。いっつも、一人で勝手に強制退場しているけれど、いつも何事もなかったかのように復活しているしね。夜陽だから大丈夫、という謎の信頼感。

 その気持ちはみんな一緒なのか、ちゃぶ台取り囲み組は、心配とか恐怖よりは好奇心いっぱいな感じに固唾をのんで心春を見つめている。

 心春はニコニコしながらハキハキと答えた。


「月の池に辿り着くと、夜陽様はまず、水着に着替えて沐浴を始められました! ウロコ模様のスパンコールがたくさん散りばめられた、水際のマーメイド風の水着が大変よくお似合いでしたよ!」


 そこから、始まるんかーい!

 ツッコミ用か、止める用かは分からないけれど、何人かの右手が上がりかけて、そのままあきらめたように下げられた。


「シンデレラ城も、月の砂漠の宮殿風のお城に作り替えられていて、とっても素敵でした! キノコの飾りをプレゼントしようと思ったのですけど、自分に使いなさいっておっしゃって下さったので、お城ではなくて自分の体をデコレーションしてみたら、これがもう! とにかく、いい感じで! きっと、夜陽様はこうなることを見越していたんですね! さすがは夜陽様! 素晴らしいです!!」


 いや、それ。本当にいらないから、突っ返しただけだと思うよ。

 てゆーか、そういう流れでこうなったんだ……。ふ、ふーん?

 で、これさ。本当に、ちゃんと本題に辿り着けるんだよね?

 やっぱり、さっき、止めといたほうがよかったんだろうか……。


「あ、そうそう! 池の水でしたね! その後は、全身池に浸かって、光り具合をお互いに確かめ合ったりしたんですけど、長く浸かったからといって、より輝きが増すというわけではないみたいでして!」


 あ、よかった。近づいて来た。

 近づいて来たけど、前置きが長い。

 もう、いきなり、夜陽の結末をドーンと教えてくれてもいいんだよ?

 いいんだよ?


「じゃあ、ちょっと飲んでみようかということになったんですよ! なんていうんですか? 美は体内からともいいますし! 内側からも、光り輝いてみよう! ということで!」


 内側から光り輝くって、本来はそういうことじゃないよね……。


「手で掬って少し飲んでみただけで、有り余るパッワァーが体中に漲っていくのが分かりました! これ以上は、私の体には余る……! そう思って、二口程度で終わりにしておきました! 内側から輝いているかどうかについては、池に全身浸かって、すでに全身が光り輝いていたので、よく分からなかったんですよね! 体表面の光が収まったら、また試してみたいと思います!!


 夜咲花が目をギラっとさせた! ちゃぶ台に身を乗り出している。

 でも、夜咲花以外のみんな(あ、ルナとココも除くねー)が聞きたいのは、そこじゃない!

 その先だ!


「ふふ! 夜陽様ったら、口元まで池に浸かって、直接ゴクゴクしてたんですよ! 欲張りさんですよね! お姫様としては、はしたないと思いますけれど、衣装はマーメイド風水着に着替えてましたからね! 人魚はしては、それでいいのかもしれませんね! 全力で役になり切るその姿勢、素晴らしいです!!」


 夜陽……。

 そして、心春よ……。それ、絶対に役になり切っているとかじゃないと思う。

 てゆーかさ?

 それって、散々遊んだ後のプールの水を直飲みしているのと一緒だよね?

 たとえ、役になり切っていたんだとしても、人として、魔法少女としてやっちゃダメなヤツだと思う。せめて、ふりだけにしとこうよ……。


「池の水を直接だったので、どれくらい召し上がられたのかはよく分からないんですが! でも、かなりの量をいっちゃってたと思います! こう、砂漠を彷徨い続けた旅人がようやく見つけたオアシスに飛び込んで、思うさま水を貪り飲むがごとく、ってくらいの勢いでしたし!!」


 細かい説明をありがとう。

 でも、今知りたいのは、そこじゃなくてね?

 その、先!

 細かいことは、後でいいから! 後で!

 いよいよ迫る核心(?)に、みんなもちゃぶ台に身を乗り出す。


「そして! 月の水を大量摂取した夜陽様は!! ああ、なんということでしょう!? 夜陽様は、正真正銘、闇底の女神になられたのです!!!」


 その時を思い出したのか、感極まったキノコが膝立ちになってバッと両手を広げた。ミニキノコたちがしゃらしゃらビカビカ自己主張を激しくする。

 やかましいわ!

 そして、今度は結論すぎる!

 何? 何が起こったの?

 一番、知りたいところに、いつまでも辿り着かない。

 わざとやってるわけじゃないんだよね?

 さすがに、そろそろ誰かがキノコにつかみかかって揺さぶりだすんじゃない?

 それとも、待っていないで、あたしがやるべきなんだろうか?

 でも、その結論を出す前に、キノコが動いた。

 スパーンといい音を立てて、広げていた両手を顎の下でお祈りする時みたいに組み合わせ、目をウルウルさせながらストンと腰を落とす。

 しゃら、しゃら、しゃららー。

 ビカビカビカー。

 うん。うるさい。

 電源をオフにしたい。

 スイッチ、どこ?


「池の水を貪るように飲んでいた夜陽様は、激しくむせてしまわれて……!」


 ……………………。

 その情報は、いらない。

 てゆーか、今の情報のどこに、そんなにお目目をウルウルさせる要素があったの?

 いや、その説明は別にいらないんだけど。


「そのまま、月に溺れてしまうのでは……と思いましたが、心配はいりませんでした! むしろ、それは、夜陽様が真の女神となるための儀式の一環だったのです!」


 え? どゆこと?

 月下さん。このキノコ、もう、どこかの山に埋めて来ていいですか?

 なんか、もう。

 一周回って、肝心なアレがどうだったのかとか、どうでもよくなってきた。

 もう、キノコが黙ってくれれば、それでいい。


「夜陽様が激しくせき込む度に、夜陽様の体には光り輝くモザイクがかけられていきました! えっちなモザイクじゃありません! 尊いモザイクです!」


 いや、意味が分からないんだけど。

 尊いモザイクって何?

 いや、説明はいらないんだけどさ。

 本当に、黙って?


「そうして、次第に! 夜陽様の体は、完全に光るモザイクに覆われてしまいました! 白い光と黄色い光が、交互に光り輝いて、とてつもなく神秘的でした! メタモルフォーゼを遂げたことで、咳の発作は治まったようでして! 代わりに、夜陽様は高らかな笑い声を響かせたのです! まさしく、新たな神の誕生を告げるファンファーレような笑い声でした! ああ! 今でも、耳に響き渡る……!」


 耳鳴りってやつ?


「夜陽様の笑い声とともに、光り輝くモザイクとなった夜陽様は、モザイクが少しずつバラけていき、最終的にはバラバラに解体されてしまいました! そうして、夜陽様は! 風も吹いていないのに、まるで風に吹かれた紙屑ように四方に霧散していったのです! 紙屑は、吹いていない風に吹き飛ばされて散らばりながら、さらにバラバラになっていきました! 生き別れのモザイクのように!?」


 生き別れのモザイクって何?

 いや、そこじゃないな。

 てゆーか。てゆーか!

 それ、もう、さ!

 ただのゴミじゃん! 燃えるゴミじゃん!

 神様じゃなくて、紙様じゃん!!

 はっ!? もしかして、そもそも、あたしが漢字変換を間違えてたの?

 そうゆうことだったの!?!?


「そして、ついに! 夜陽様の体は、モザイクを越えて、荒野を漂う光の粒子となってしまわれたのです! その一粒一粒から、夜陽様の笑い声が聞こえてくるようでした! 闇空の上から見下ろしたら、銀河の誕生を目撃したかのようだったかもしれませんね!」


 銀河誕生は、さすがに盛りすぎじゃないかなー。だって、夜陽だし。

 あと、光の粒子の一粒一粒から笑い声が聞こえてくるって、普通にホラーなんだけど。

 しかも、それが夜陽の高笑いって、いろいろ滅茶苦茶に怖いんだけど。


「吹いていない風に吹かれて、光の粒子は闇底中に拡散していったようでした! でも、見えなくなっても、いつまでも遠くから夜陽様の笑い声が聞こえてくるのです! そう、つまり! 夜陽様は、肉体を捨てて、闇底のすべてを包み込む存在、そう! 闇底女神様となられたのです!!」


 心春は、熱く語りながら、感動の涙を流していた。

 たぶん、その時のことを思い出しているんだろう。

 あたしには、全然いい話に思えないんだけど。

 むしろ、本当にあった怖い話だよね?


「……………………なあ。一人で感動しているらしきところ悪いんだけど、ちょっと、いいか?」

「はい! なんでしょうか!? 紅桃べにももさん!」


 あたしの中で、急速に夜陽女神化への興味が薄れていく中、紅桃が引きつった顔で、そっと右手を上げた。声も引きつっている。

 心春が、ぐりんと顔を紅桃に向けて、涙声ではきはきと答えた。

 あれ?

 よく見ると、月下さんや月見サン、それにベリーも同じような顔している?

 夜咲花……は、目を爛々と光らせながらペットボトルと心春を交互に見ている。実験したくてうずうずしてるみたいだね。


「あのよ。光になって消えていったとか、肉体を捨てて神になったってことはさ。つまり、夜陽の奴は、その、闇底から魔法少女としての強制退場をさせられたってこと、なのか……? もう、魔法少女としての夜陽は、闇底のどこにも存在していないってことなのか?」

「そういうことになると思います! 夜陽様は、魔法少女としての自分を捨てて、女神として生まれ変わったのです! これぞ、まさしく! 由緒正しき闇底転生!」


 珍しく歯切れが悪い紅桃と、泣いているのに歯切れしか感じさせない心春。

 えー、つまり、どういうこと?

 つま、つま……ん?

 …………………………え?

 ………………………………あ!!

 夜陽だから、いつもの強制退場の一種くらいにしか思ってなかったけど。姿が見えないのに笑い声が聞こえてくるっていうのがホラーすぎて、気を持たせた割に、たいしたことない強制退場とか思ってたけど!

 い、今までの強制退場は、その場から強制退場であって、闇底のどこかには夜陽は夜陽のままで存在しているんだなって感じだったけど。

 こ、今回のは、つまり。もう、夜陽のままの夜陽には会えないって、そういうこと?

 女神さまになったって、そういうこと?

 えーと、つまり。お母さんはお星さまになったんだよ的な、そういうことなの?

 え!?

 ちょ!?

 心春!?

 それ、感動している場合と違ううんじゃないの!?!?


 混乱していると、パンパンと二回手を叩く音が響き渡った。

 表情のない顔で、口元にだけ笑みを浮かべている月下さんだ。


「はい、みんな、落ち着きましょう。大丈夫よ。夜陽のことだから、笑い声だけの存在になっての闇底見分を堪能したら、放っておいてもその内かってにしれっと再生するんじゃないかしら? でも、夜陽以外の魔法少女は、光になって拡散したら二度と元には戻れないと思うので、みんなは絶対に飲まないようにね! はい、以上! 解散!」


 は、話を終わらせた!?


「そうだな、夜陽だもんな」

「そうね。信じるしかないんじゃないかしら」

「そうだよね! きっと、その内、どこかに現れるよね! あのお城!」


 月下さんの突然の解散宣言に呆気にとられたあたしたちだけど、夜陽復活説は確かにその通りかもと思えるので、そうだといいなという祈りも込めつつ、その意見に乗ってみる。

 口に出してみると。なんとなく、本当にそうなりそうな気がしてきた。

 よし。なるべく、口に出そう。


「やー、しかし。マジでガチでヤバいやつだったね…………あの水。飲まされなくて、本当によかったよ。危うくモザイクになって消えるところだった……」


 恐ろしい未来を回避出来たらいいなと、夜陽復活説をしきりに唱え続けていたら、話に入って来なかった月見サンがポソリと呟いた。

 声に虚無感が漂っている。

 こういう時、なんだかんだお姉さんとしてみんなをフォローしてくれる月見サンなのに、そう言えば大人しいなと思っていたら。

 そうでしたね。

 他人事じゃなかったんですもんね。月見サンは。


 あの池に、ルナを連れて行かなくて本当によかったよ。

 危うく、仲間を一人失うところだったよ。


 光るモザイクになって消えていく仲間の姿なんて、いろんな意味で見たくないもんね。


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