花びらが舞っていた。
白、黄色、赤、ピンク、それからオレンジ。
鮮やかな色とりどりの花びらが、眩い陽ざしを照り返しながら舞い踊る。
闇底には、陽の光なんて差し込まないから、本来なら、そんなことはありえない。
そのありえないことが、なぜ起こっているのかというと。
すべては、あたしの脳内での話、だからだ。
脳内で花びらが舞っているといっても、嬉しいからとか幸せを感じているから、ではない。
困惑の花吹雪だ。
もちろん、フラワー的な意味で。
一体、どうしてこんなことになっちゃっているのか。
なんで。どうして。
本当に。
順を追って話そうか。
そういうの得意じゃないけど。
でも、がんばってみるよ。
うん。えっとね?
最初は、アレだ。
『華月が、新しい使い魔を手に入れたらしい』
――――って。
そこからは、超スピード展開だった。
「
月下さんが……、普段穏やかに喋る月下さんが凛とした口調でそう言いながら、アジトの外へ向かう。
あたしたちは、脳内で月華に戻ってきてーってメッセージを送りながら、月下さんの後を追いかけた。
これで、本当に月華がやって来てくれるのか分からないけど。でも、前に月華が、「呼べば分かる」みたいなこと言ってたから。
きっと、来てくれるって信じて。
ひたすら念じながらアジトの外へ出る。
華月によって。
少し前までの、ベリーみたいな目にあっている子がいる。
そう思うと、居ても立ってもいられなかった。
焦りのあまり足を縺れさせながらアジトの外へ出る直前、後ろにいたベリーをチラッと振り返る。般若のような顔をしているのでは、と予想したのだけれど、ベリーは怖いくらいの無表情だった。
でも、瞳の奥には激しい怒りが渦巻いているのが分かって、喉の奥がグッとなる。
一人で突っ走って行っちゃわないか不安になって、アジトを出るとすぐに振り返って、ベリーの手を掴む。
ベリーは、「何よ!?」った顔であたしを睨みつけたのだけれど、すぐにばつが悪そうな顔になって、あたしの手を振り払う。
あたしは、その手を追いかけたりはしなかった。
どうして、あたしがそんなことをしたのか、ベリーに通じたことが分かったからだ。
『一人で突っ走らないで! 突っ走るときは、みんな一緒だよ! ベリー!』
声には出さずに、心の中だけで、そう叫ぶ。
ベリーの肘が、あたしの腕にコツンと当たった。
偶然じゃなくて、わざとなんだって分かった。
肘はずっと、あたしの腕に当たったままだからだ。
きっと、それは、そう。
ちゃんと、ここに。
ちゃんと、隣にいるよ、の合図なのだ。
だから、あたしは。
ほんの少しだけ、口元を緩ませる。
キノコの声が聞こえた気がしたけれど、聞こえなかったことにした。
外に出たあたしたちは、みんなで空を見上げて月華を待つ。
あたしの腕に、しがみついている。
その反対の腕は、まだ、ベリーとちょっぴり触れ合ったままだ。
何かが吹き出すような音が聞こえたような気がしたけれど、やっぱり聞こえなかったことにした。
月華は、それから割とすぐに姿を現した。
新幹線のような速さで、アジトに向かって飛んでくるのが見えた。
…………いや、この場合は、飛行機みたいな速さっていうべき? それとも、スペースシャトル? んー、まあ、なんでもいいや。とにかく、すっごいスピードだってこと。
あっという間にアジトの上まで飛んできた月華は、キキーッて音が聞こえそうなくらいの急ブレーキをかけて止まった。で、壊れたエレベーターみたいな速さで、そのままストンと降りて来る。
「現れたのか?」
地面に降り立つなり、月華は短くそっけなく尋ねた。
あんな猛スピードで飛んで来たのに、髪の毛一つ乱れていない。
超クール。に見えるけど。
ホントは、あたしたちと一緒で、居ても立ってもいられない状態なのは、もう知ってる。
「まだ、現れてはいないわ。でも、きっとすぐにやって来る」
「どういうことだ?」
「サトーから連絡があったの。華月が、新しい使い魔…………魔法少女を手に入れたってね」
「…………!」
月下さんの、怒っているけど冷気が漂う言葉を聞いて、月華がきゅっと拳を握りしめる。目の奥に、ギラっと殺意……みたいなものが宿っていた。
「たぶん、前回と同じ場所に現れるんじゃないかしら。あそこには、“道”が繋がっているはずだから。奇襲とか考えるタイプじゃなさそうだし、また、同じ“道”からやって来ると思うわ」
「行くぞ」
月下さんの説明を聞いた月華は、素っ気なく言い捨てると、月下さんを抱きかかえて、そのまま闇空を飛んで行く。
アジトのある草原のはずれ。前に華月と戦ったあの場所へと。ベリーを華月から解放した、あの場所へと向かって。
ベリーをあたしたちに奪われ、月下さんの作ったでっかい鳥かごに閉じ込められた華月は、地面に“道”を作って、あの場所からどこかへ逃げていった。“道”っていうのは、空間を根に曲げるって言うのかな。ズルして作った近道、みたいな? 華月は、その“道”を自分で作っちゃうことが出来るみたいなのだ。
もちろん、あたしたちも月華たちの後に続く。
空を飛べない夜咲花は…………と心配したけれど、前回と同じに、月見サンの空飛ぶ竹ぼうきの後部座席に乗せてもらっていた。
よし、一安心。
謎の雄叫びと何か液体が噴き出すような音が聞こえたような気がしたけれど………………やっぱり無視!
あたしは、何も聞いていない。
何も聞こえなかった!
――――で。そして。
あたしたちが、ベリー解放戦線の場所へ辿り着いたのとほぼ同時くらいに、逆方面の空から、小花まみれの何かが飛んでくるのが見えた。
何かって言うか、小花を編んで作った空飛ぶ絨毯だ。
月華のストーカーをしていたはずのフラワーだな、って思った。新幹線の速さで飛んできた月華に置いて行かれちゃって、ようやく追いついて来たんだな、って思った。
だから、チラッと花まみれなことを確認しただけで、視線も意識も、華月が現れるはずの地面へと向ける。
草原を抜けた先の荒野。
先に到着した月華と月下さんだけが、地面へと降り立っている。
華月が“道”を作って逃げた正確な場所は、あたしはもうさっぱりなんだけれど。二人はちゃんと覚えているのか、何か気配的なもので分かるのか。
二人は少し距離をとって荒野に立ち、地面のとある一点を注意深く見つめている。
そこが、その場所なんだろう。
お空で待機中のあたしたちも、緊張しながら二人の視線の先を、空からじっと見降ろす。
お花で作った空飛ぶ絨毯が、ゆっくりと降りてくるのが視界の端に映った。
ちょっと、フラワー何やってるの!?
二人の邪魔になるから、お空で一緒に待機してようよ!
って、言おうとして吸った息を、そのまま飲み込む。
乾いた大地に優雅に降りて来たお花絨毯。
その上に立っていたのは、フラワーだけではなかったからだ。
「やあ。久しぶりだね、月華。前回は、出来損ないに足を引っ張られたせいで、君を倒すことが出来なかったけれど、今回はそうはいかないよ。なぜなら、ボクも、ついに本物の魔法少女を手に入れたからさ! しかも、コイツ、元は君の魔法少女なんだってね? ふ、ふふふ! 君から奪った魔法少女の力を使って、今度こそ君を喰らって、君の力を手に入れる。ボクが君に成り代わるんだ!」
絨毯の上には、フラワーだけじゃなくて華月がいた。
超ミニの白いセーラー服を着た、サラサラロングの銀髪に褐色の肌。見た目はエキゾチック系スレンダー美少女だけれど、中身の残念さが駄々洩れすぎて、ちっとも魅力を感じられない妖魔。
その華月の手首と、前回のベリーみたいに、首を鎖で繋がれた状態のフラワー。
華月は、前回同様、月華しか目に入っていない様子で、身勝手さを爆発させている。
けれど。
唖然として、二人を見つめるあたしたちに、驚愕と困惑と動揺が広がる。
フラワーに対する心配…………とかは、一切なかった。
あたしだけじゃなくて、他のみんなも。
いや、だって。
なんでかって、そんな。
ねえ?
二人を繋いでいる鎖、花を編んだヤツで出来てるし。
鎖の先のフラワーの首輪も花冠の首輪版みたいになってるし。
どう考えても、フラワーのフラワーによるフラワー仕様だし。
あと、雰囲気が。
ベリーの時は、こういってはなんだけど、でも。正直なところ、身勝手なご主人様と虐げられている奴隷、みたいな感じで。すぐに助けてあげなきゃ、って気持ちになったんだけど。
目の前の二人は。
全然、そういう感じじゃない。
なんて説明すればいいんだろ。
鎖で繋がれているって感じじゃ、そもそもないんだよね。
フラワーが本体で、華月はフラワーのつけている手作りチョーカーの失敗したパーツ、っていうか?
錬金魔法でお花のチョーカーを手作りしてみたら、飾りの部分が大きくなり過ぎた上に、勝手に動いて残念な感じに喋ってます、的な?
…………なんか、そんな感じがするのだ。
というか、そんな感じしかしないのだ。
うん。
あのさ?
本当にさ。
何やってるの、フラワー?
心配よりも何よりも。
ただただ、フラワーを問いただしたい。
だって、これ。
絶対に、犯人はフラワーだよね?