花吹雪が舞っていた。
ガーディアンは、あっけなく崩れていった。花びらを、舞い散らせながら。
舞い散る花びらの中に佇む、月の光そのもののような美少女――――ときたら、とてつもなく幻想的なシーンになるはずなのに、実際には全然そんなことはなかった。
なぜなら、花びらがうっとうしすぎるからだ!
そして、怖いし気持ち悪い。
フラワー・ガーディアンは、月華の三日月ブーメランに、こう肩口の辺りから斜めにバッサリされて、わって感じで、バラバラの散り散りになった。
ここまでは、それこそ映画やアニメのワンシーンのようだった。
そのまま、舞い散って風に流されていくか、それか、もう一度合体してフラワー・ガーディアンとして復活していたら、本当にそれっぽかったのに!
花びらは、グッピー……じゃない、スイミーみたいだった。一枚一枚が生き物で、ガーディアンだった時みたいにがっつり合体しているわけじゃなくて、小魚が群れを作って、その群れが一つの生き物、みたいな。まあ、つまりは、フラワー的スイミーっていうか。
…………フラワー! ちゃんと、スイミーに謝って。
えー、うん。ここでは、フラミーと呼ぶことにしよう。
フラミーは、ウゴウゴワサワサと月華に迫る。
形的には、スライムとかアメーバが人に襲い掛かろうとしているようなそんな感じなんだけど、ご飯にするためにっていうよりは、えーと、うん。
美少女に襲い掛かろうとする、変質者の魔の手……的な?
まあ、操っているのがフラワーだからね。これが
「ずっと胸に秘めていた恋情が溢れ出し、恋の花となって、今まさに麗しき月に襲い掛かろとしている! 私、応援しますね!!」
問題ないっていうか、応援しちゃってるね!
えーと?
両手を顎の下で組み合わせ、お祈りのポーズで鼻血を吹きそうになっている、心春さん?
てゆーか、てゆーか! あれは、恋情、なのか? あと、全然、秘めてなかったよね? じっとりと駄々洩れていたよね? あとあと! 襲い掛かろうとしてるのを応援したらダメだよね! いや、心春に言っても、仕方ないかもだけどさ!
フラワーがフラワーなら、心春も心春だよね! まったく!
いろいろな方面にハラハラしながら、あたしはフラミーに襲い掛かられている月華の様子を見守る。見守るしかない。
月華逃げて、と言いたいけれど、そういうわけにもいかんだろうし。いや、フラワーのことは放っておいてもいいかもしれないけれど、どのみち華月を野放しにしちゃうのはよくないし。
あー。妖魔に対しては、いつもクールで強気な月華も、フラミーには何かフラワー的な危険を感じているのかな。めずらしく、押されている。フラミーが前に迫ってくると、月華はじりじりと後ろに下がっていく。
うん。それが、正しいと思う。それに捕まったら、命を奪われたりはしないと思うけれど、女の子として大切なものを失ってしまいそうな気がする。
えーと、それで。月下さんの方は、どうなっているんだろう?
月華に心の中だけでエールを送って、もう一体のフラワー・ガーディアンと戦っているはずの月下さんの方へと視線を移す。
あー。こっちはこっちで、苦戦してるみたいだね。
というか、もはや、戦いには見えない…………。
えーとね?
まず、月下さんが放った、本来なら敵をスパッとやっつけちゃうはずの髪の毛ワイヤー製の蝶々は、すっかりほのぼのとしたことになっていた。
華月の前で立ちはだかるフラワー・ガーディアンの周りで、戯れるように飛び交っているのだ。
ほら。お花畑を飛び交う蝶々たちの戯れ的な感じで。
これが、フラワー作じゃなくて、自然に出来たフラワー・ガーディアンだったら、のどかでほのぼのとした光景なのにな。
んで。月下さん本人の方は、というと。
いつの間にかフラワーが呼び出していた三体目のフラワー・ガーディアンに片手でがっつりホールドされて、もう片方の手で、なぜか頭を撫でられている。
いい子いい子、暴れない暴れない、って感じで。すっかり、あやされている。
月下さんの方は、逃れようと暴れまくっているんだけれど、その攻撃は花びらが寄せ集まってできたガーディアンの体をスカスカとすり抜けていくだけで、ダメージは全く与えられていないみたいだ。まあ、ハラハラと花びらが舞い散ったりはしているけれど、ダメージには、なっていなさそう。
んー、なんかね?
ガーディアンの方は、月下さんを捕まえたり触ったりできるのに、月下さんが殴ったり振り解こうとしたり引きはがそうとしたりするのは、全部無効にされちゃうっぽい。
何それ? 無敵なの?
しかし、まあ。こっちはこっちで、ガーディアンがフラワー製でなければ、ある意味微笑ましい感じになっちゃっているのだ。
えーと、どうしよう?
あたしたちで、フラワーをまずどうにかすべき?
あんまり、やりたくないけど。
なんて、思いながらお空で待機組の中では一番のお姉さんである月見サンに、どうします? って顔を向けたら、下から下品な高笑いが聞こえて来て、また下へと視線を落とすことになる。
手も足も出ない月華と月下さんの様子に、華月が、笑い狂っていた。
いますぐ、口にキノコか花びらを詰めてやりたい。なんなら、両方でもいい。
笑いながら華月は、傲慢にフラワーに命じた。
「おい、おまえ! 遊びはもういいから、とっとと月華をやってしまえ! ああ、ちゃんと、死体は残るようにしろよ? かつての手下に無様にやられた月華を、このボクが美味しく食べてあげないといけないからさぁ!」
あっははははは!――――と、気分が悪くなる笑い声が響き渡る。自分の勝利を疑っていない、勝ち誇るような、耳に触る笑い声だ。
うう。せめて、あの笑い声だけでも、どうにかしてほしい。
もう! フラワーってば、どうするつもりなの!?
フラワーの行動が、まったく読めないんだけど!?
いや、いつものことなんだけどさ!
フラワーの行動が読めたことなんて、これまで一度もないんだけどさ!
それにしたって! それにしたって!
ハラハラしながら見守っていると、フラワーはフッと口元に儚い笑みを浮かべた。
一見、しっとりした感じの美少女であるフラワーに、その表情は良く似合っていた。
でも、続くフラワーのセリフは、ちっとも儚くなかった。
むしろ、図太…………いや、図太いとも何か違うな。
「さあ、月華! わたしを、この下品な妖魔から解放したければ、わたしの王子様になると誓いなさい! そうすれば、わたしは下品な妖魔から解放されてあげる!」
しっとりと囁くように声を張り上げるという、とても器用なことをしたフラワーは、じっとりと濡れる眼差しで、月華を、月華だけを見つめている。
あー、ああ。それ。それが、狙いか。やっぱり、まだ、あきらめてなかったん、だ。
つ、月華に、自分の王子様になってもらうために(男になってもらうのは諦めたんだろうか? それとも、王子様って言うのは百合的な意味での王子様じゃなくて、性転換するってことも含まれてるのかな?)、わざわざ華月に捕まったんだ……。
てゆーか、自分でわざと捕まっておいて、解放されてあげることを条件に王子様になることを迫るのも、いろいろどうなのかと思うよね?
まあ、いろいろな意味でフラワー的といえば、フラワー的だけど。
なんかもう、いろいろおかしいけれど、フラワーだからしょうがないって気になってきている自分が怖い…………。
いや、一番怖いのは、フラワーなんだけど。
これ、これは。
本当に、一体どうなるの?
「お二人の愛、しかと受け止めました! 不肖、この心春が、お二人の見届け任になりましょう! さあ、月華! 今こそ、誓いの言葉を!」
「そう。今こそ、誓いの言葉を。さあ、月華?」
いや、キノコは大喜びしているけど。
そして、フラワーはキノコのせいで、調子に乗っちゃってるけど!
ちなみに、置き去りにされた感じの華月は、フラワーのフラワーぶりについていけないみたいで、目をクワッと見開いて「どういうつもりだ、この花野郎!?」の顔で固まっている。
うん。君は、しばらく、そのままでいて。邪魔しないで。
そ、それで? 月華? ど、どうするの?
「断る!」
「ああ! なぜですか!?」
あ、よかった。
月華の一刀両断、きた。
そして、その華麗なる一刀両断に、激しく反応したのは、心春だけだった。
てゆーか、フラワーの王子様発言は、心春的にはオッケーなんだろうか?
んー? つまり、あれは本当の意味で男になってほしいって意味じゃなくて、百合的な意味での王子様役って感じだったのかな? 少なくとも、心春はそう思ってるってことなのかな?
うーん。本物の王子様は殲滅しても、百合的な意味での王子様役なら問題なしなのかー。
まあ、語られても困るから、本人に聞いて確かめたりはしないけどね。
そこまで、知りたいことでもないし。
とか、余計なことを考えていたら、ため息交じりのしっとりした声が聞こえてきた。
「そう、残念」
え? フラワー?
もっと食い下がってくるかと思ったのに、意外とあっさりあきらめてる?
一回、お断りされただけなのに?
「ふっ。では、そこの下品な妖魔。あとは、あなたがお好きにどうぞ? わたしは、ここで見ていてあげるわ」
え? ええ!?
そ、それはさすがに、自分勝手すぎるのでは!?
フラワー節、炸裂ーって感じだよ?
なんか、もう。あっさりあきらめたこととか、どうでもよくなってくるくらいの急展開なんだけど?
う、でも。視線はじっとりと月華にロックオンしたままだな。
華月のことなんて眼中にありません見たいな顔で、おくれ毛を指でクルクルしているな。
二人は、花鎖で繋がれたままなんですが?
で、その華月は。
ここでようやく、活動を再開した。
「おい! どういうことだよ! ふざけるなよ、おまえ! おまえは、ボクの使い魔、ボクの魔法少女だろう! ボクの言うことに従え! でないと、おまえから始末するぞ!」
華月はヤカンみたいに頭を沸騰させて、怒鳴り散らしながら後ろを振り向き、花鎖と繋がっている方の手で鎖の途中を掴み、グイっと乱暴に引き寄せた。
前にベリーがそうされて、地面に倒れ込んだ時のことを思い出して、思わず身を乗り出したけれど、まったく心配はいらなかった。
花鎖が、みにょんと伸びたのだ。
おかげで、フラワーは涼しい顔のまま。
さっきから、一歩も動いていない。
おくれ毛をクルクルしながら、月華のことを、ひたすらじっとり見つめている。
それが、さらに華月を怒らせているんだけど、それすらもどうでもいい感じで。
世界には、フラワーと月華しか存在してません、みたいに。
月華のことだけを、見つめている。
そのせいで。
華月のターゲットは、月華からフラワーに切り替わっちゃったみたいだ。
え?
こ、これ。
このまま、フラワー対華月みたいなことになっちゃうのかな?
あたしたち、助けに行った方がいいの?
必要ない…………ような気もするけれど。
でも、前にフラワー、妖魔とは戦ったことはないって言ってなかったっけ?
なんか、妖魔の方がフラワーの得体の知れなさを感じ取って勝手に逃げていってくれる、とかなんとかで。
それはそれで、無敵な感じがするけど。
いざ、本当に戦いになったら、どうなんだろう?
華月は、月華や月下さんでも一筋縄ではいかない相手だし。
た、助けに、助けに…………?
迷っているあたしの視界に、月華と月下さの姿が飛び込んできた。
フラミーとのじったりとした攻防(ニジニジとすり寄られては、ジリジリと後退していく)を続けている月華と、抵抗をあきらめてフラワー・ガーディアンにいいようにモフモフナデナデされている月下さんの姿が。
いや、これ。
もしかしなくても、さ。
フラワー最強説、ない?
最強にして、最凶、じゃない?
………………うん。フラワーに任せて、大丈夫かもしれないな。
もう少し、様子を見よう!
そうしよう!