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第127話 終幕は花びらと共に

 いつも、大体。

 いろいろと斜めに。

 心春とはまた違った方向に、いろいろと斜めに予想を超えていくのがフラワーという生き物で。

 いや、小花仕立ての衣装でしっとりと佇んでいることが多いから、さ。

 生物というよりも、静物なんじゃないかって、思う時もあるけどさ。

 それは、置いておいて。


 今回はさ。

 このまま、グダグダな感じで終わるんだろうな、と思っていたんだ。

 華月かげつとの決着がつかないまま、グダグダで終わるんだって、思っていた。


 …………だって。


 華月を倒す決定打になるはずだった月華つきはなと月下さんは、今もまだフラワーの作ったフラワー・ガーディアンに翻弄されっぱなしで戦力になりそうもないし。…………そろそろ、解放してあげてほしいけど。

 まあ、なんか当分、このままっぽいし。


 だから、今回もまた。

 逃げられることになるんだろうなって、そう思ってた。

 問題は、フラワーが華月をどうするつもりなのかってことだけだなって、思ってた。

 …………どうするつもりなのかっていうのは、つまりアレですよ。


 囚われのフラワープリンセスごっこを止めて、華月を解放(いろいろおかしいし、こんがらがるけど、解放されるのは華月の方だよね?)するのか?

 それとも、囚われのフラワープリンセス作戦に再チャレンジする感じで、偽りの使い魔を続けるつもりなのか?


 どっちにしろ、華月には逃げられるんだろうな、って思ってた。

 フラワーに泣かされて、一人で逃げ帰るのか。

 フラワーにそそのかされて、囚われごっこを続けたまま、二人で一時退散するのか。

 どっちかなんだろうなって思ってた。


 思ってた。


 でも、フラワーは、フラワーだった。 

 逃がしちゃうどころか、華月との闘いそのものに、あっさりと決着がついた。

 それは、もう、あっさりと。

 あの月華と月下さんでも苦労した妖魔相手に、あっさりと。

 きっと、フラワーには、そんなつもりはなかったはずだ。

 華月を倒すつもりなんて、まったくなくて。

 ただ、フラワーは、フラワーとして、フラワーらしい行動をしただけだった。


 その結果。

 信じられないことが起こったのだ。


 信じられなさすぎて、頭が真っ白になっていたけど。

 いつまでも、真っ白になっているわけにもいかない。

 何があったのかを整理するためにも、最初から思い出してみることにしよう。

 終わりの始まりってヤツを。




 今まで、散々好き勝手してきた華月のおしまいは、「あら?」 っていう、フラワーの一言から始まった。


 その時、フラワーは荒ぶる華月の攻撃を、花鎖もうまく使いながら、さらひらっとかわしていた。ペットと遊んでいるみたいに、しっとりしつつも軽やかに。

そのフラワーが、ふと何かに気づいたのだ。

 しっとりと囁いたフラワーは、華月のお腹の辺りに片手を伸ばした。

 糸くずがついてましたよ?――――みたいな、気軽な感じで。

 気軽な感じで伸ばされた指は、華月のおへその辺りに、吸い込まれていった。

 華月ってば、妖魔じゃなくて本当は幽霊だったの?――――って感じで、セーラー服の白い布越しに、おへその辺りに、スッて。

 おへその奥に消えたしなやかな指は、何か探るような動きをした後、すぐに引き出された。

 割と、一瞬だった。

 おへそを探られた華月は、大根役者が驚いた演技をしたみたいにビクゥウッとわざとらしいくらいに体を震わせ、指から解放されると同時に、次の演技を忘れてどうしたらいいか分からなくなっちゃった人みたいにピタリと動きを止めた。銀色の長い髪だけが、いつまでも揺れていた。

 フラワーは、華月の体内から、何かを取り出したようだった。

 でも、白くて細い親指と人差し指の間に挟まれているソレが何なのかを、確かめる余裕はなかった。

 息を呑んで、華月を見つめる。

 華月には、ある異変が起きていた。


 フラワーに何かを奪われた華月に、おしまいが訪れるのだろうと、なんとなく分かる。何となく、感じる。そんな、異変。

 出来れば、見たくなかった。

 でも、目を逸らすことも、閉じることも出来なかった。

 見始めてしまったら、見届けるしかない。

 そんな、感じ…………。


 華月は。

 只今、映像が乱れております――――みたいに、ゆらりと揺れて、点滅を繰り返した。

 長い銀髪が。褐色の肌が。白いセーラーが。青いスカーフが。同じ色のミニスカートが。

 揺らめいては、消えて。

 そして、また、現れて。


 あの、まるで似ていない月華のコスプレモドキは、本当に偽りの姿だったんだなって、改めて思った。思わされた。

 そして、その偽りをつくりあげていたものの正体も、なんとなく分かった。

 ポンコツのあたしには、どうしてそうなったのかなんてサッパリだけど、でも分かった。

 揺らぎながら点滅している華月の傍らで、フラワーが。

 フラワーが、親指と人差し指の間に挟んだものを、翳すようにして仰ぎ見たからだ。

 おかげで、上からでもソレがよく見えた。

 ソレを奪われたから、華月は点滅を始めた。

 コスプレモドキを、保っていられなくなった。


 ソレ。

 華月を華月にした、ソレ。

 華月を華月にしていた、ソレ。

 ソレを、あたしは見たことがある。


 ソレは、カケラだった。

 壊れた水晶玉のカケラ…………みたいなもの。

 でも、違う。

 ただのカケラじゃない。

 あれは、洞窟の魔女の探し物。

 世界のカケラ、と魔女が呼んでいたもの、だ。


 鼓動が早くなって、口の中が乾いていく。

 どういうことなのかって、誰かに聞きたかった。

 でも、出来なかった。

 そんな場合じゃ、なくなってしまったからだ。


 点滅を繰り返していた華月の映像が、ついに途絶えたのだ。

 ついに、おしまいの時を迎えたのだ。

 最後にユラッて、大きく揺らいで、姿を消して。

 それっきりになった。

 でも、本当に姿を消したわけじゃない。


 カケラを失ったことで、変身が解けて、正体を現したのだ。


 さっきまで、華月が立っていた場所には。

 猫ぐらいの大きさの妖魔が、声もなくビクンビクンしながら倒れていた。

 どこかで見たことのある、モグラ型妖魔。

 声もなく地面に横たわり、ビクンビクンしている妖魔。

 その内、ビクンビクンは、ビクッビクッになっていった。

 ビクッとなる間隔は、段々と長くなっていく…………。

 そして。やがて。すっかり痙攣が治まった。

 その代わりに。

 モグラ妖魔の体から、黒い泡がブクブクし始めた。

 見えない手が、黒いソープで妖魔の体を洗ってあげているみたいだった。

 あっという間に、妖魔の体は黒い泡にすっぽり包まれた。

 もう、妖魔じゃなくて、ただの黒い泡の集まりにしか見えない。

 泡は、しばらくブクブクしていたけれど、直に収まっていった。

 スーって、乾いた地面に吸い込まれるように、小さくなっていって、それで。

 それで――――。

 後には、何にも残らなかった。

 地面の上に、沁み一つ残すことなく。

 華月だったものは、完全に、なくなってしまった。

 本当に、何にもなくなってしまったのだ。


 華月は、月華に成り代わりたいという歪んだ憧れを叶えるために、魔法少女たちの血と命を奪ってきた、憎むべき相手だ。

 倒すべき相手だ。

 それは、分かっている。

 分かっていた、はずだった。

 でも、やっぱり。

 妖魔とはいえ、人の姿をしてたものが、こんな風に跡形もなく、消えてしまうなんて。

 こんな終わりは、やっぱりショックで。

 ショックなのに。


 それ以上に、フラワーの奇行が衝撃的すぎた。

 おかげで、逆に。取り乱さずに済んだ、かもしれない。

 どっちか、一方だけだったら。

 完全に頭が真っ白になって、しばらく放心状態だったかもしれない。

 だけど、ショックと衝撃が重なったことで。

 逆に、意識を飛ばさずに済んだ。

 なんか、飽和状態な感じはするけど、何とか意識は保っている。


 ――――――――一体、何があったのかって?

 うん。それは、本当にもう。

 あたしからしたら、奇行としかいいようがなかった。


 華月が。

 華月が、もらい事故みたいな形で、呆気なく最後を迎えたその時。

 その傍らで、フラワーは。

 事故を起こした張本人であるはずのフラワーは。


 種まきをしていた。


 モグラ妖魔が黒い泡になって地面に消えていく、その真っ最中。

 その、傍らで。

 しっとりと得体の知れない微笑みを浮かべながら。

 種まきをしていた。

 正確には、カケラまきだけど。


 フラワーはまず、花の飾りが激しすぎる、あんまり実用的じゃなさそうなシャベルを魔法で作った。

 それから、泡立ち始めたモグラ妖魔の隣にスッとしゃがみ込んで、地面に穴を掘り始める。

 女の子らしく気を遣い、ちゃんと膝をそろえて座って、体の横側に穴を掘っていた。かなりの女子力の高さだ。荒野だから地面は大分固いはずなんだけど、魔法を使っているのか、特に苦戦することなく、さくさくと作業は進んでいく。

 たいして深くない穴を掘り終えると、フラワーは、掘ったばかりの穴にカケラをぽとりと落として、その上にさっき掘り返した土で埋め始めた。

 傍らで、泡ぶくは最盛期を迎えていた。もう、お洗濯中のモグラ妖魔ではなく、ただの泡にしか見えない。

 泡の状況を全く気にした様子もなく、フラワーはカケラを埋め終わると、優雅に立ち上がった。次に、手を一振りして、今度はマジカルなジョウロを呼び出す。白とピンクと赤の小花で綺麗にデコレーションされたジョウロだ。

水やりが始まった。

 小花を集めて作った衣装に身を包んだ花の妖精のようなしっとりとした美少女が、小花でデコレーションされたジョウロで水やりをしている。

 それだけなら、絵本の挿絵にでもありそうな幻想的な眺めだった。

 その隣で、黒い泡が地面に浸み込み、消えていくのが見えなければ。


 ……………………………………………………。


 うん。いや? なんで埋めた?

 なんで、蒔いたの?

 それ、花の種じゃなくて、カケラだよね?

 洞窟の魔女さんが、探しているヤツ、だよね?


 しかも、なぜ今このタイミングで?


 ソレをあなたに奪われたせいで、華月は正体を暴かれ、黒い泡となって消える羽目になったわけですよね?

 なのに、なんで?

 そんなに平然としっとりといつもの日課みたいに、消えゆく華月のお隣へ種まきして水やりしているの?

 弔うつもり…………にしたってさ。

 せめて、最後をちゃんと見届けてあげてからにしようよ?


 許せない敵とはいえ、終わりの時を迎える華月の隣で、すべて終わったかのようにカケラの花を咲かせようとするなんて、どういうマインドなの?


 華月のことも、モグラ妖魔のことも、カケラのことも、フラワーのことも。

 分からないことだらけなんだけど、なんかもう、何が分からないのかも分からなくなってきて。

 早い話が、頭が真っ白状態だった。

 かろうじて、意識は残っている。

 目の前で起こった出来事は、ちゃんと目に映っている。

 脳みそにも届いている。

 でも、そこまでだ。

 そこから先に、続かない。

 どうしたらいいのか、分からない。


 誰も何も言わない。

 誰も何も言えない。

 誰もそこから動かない。

 誰もそこから動けない。


 でも、それは。

 お空で待機中のメンバーだけの話だった。


 地面の方から、ふぁさっ――――て。

 何かが崩れるような音、というか気配がした。

 次に、花びらが舞い踊る。

 花吹雪の中で、フラワーはしっとりと満足そうな笑みを浮かべていた。

 そのフラワーの元へ、二人の美少女が近づいて行くのが見えた。


 丈の長いクラシカルなセーラー服の美少女、月華と。

 淡い黄色の大人っぽいワンピースの美少女、月下さんだ。


 強くて綺麗な二人を、ある意味拘束していたフラワー・ガーディアンの姿は、どこにも見えなかった。

 それで、分かった。

 花びらが寄せ集まって出来ていたフラワー・ガーディアンが崩れて、花吹雪になったんだって。

 ゆっくりとフラワーへ歩み寄る、月華と月下さん。

 二人のおかげで、あたしたちの真っ白い呪縛も解けた。

 空中待機組は、そろって地表へと降りて行く。

 地表の二人と一緒に、フラワーの元へ行くために。


 そして、ついに。

 全員がフラワーの元へ集まることとなった。

 囚われていたフラワーが解放されたことを喜ぶ声は、どこからも聞こえてこない。

 華月が倒れたことを喜ぶ声も。

 あたしたちの誰かがフラワーに話しかけるよりも先に、フラワーが口を開いた。


「そんなに急いで集まっても、すぐには芽を出さないと思うけれど? お茶が飲みたいから、アジトへ帰りましょうか」


 空気を読まない…………じゃないな。空気を読み間違えたことを言って、フラワーは闇空へと飛び立った。

 来るときはフラワー絨毯だったけど、帰りはお花の翼を背中に生やして、お花の妖精みたいに空を飛んで行った。

 その圧倒的なまでのフラワーぶりにフラワーされて、あたしたちはヘナヘナとその場にしゃがみ込み、飛び去って行くフラワーを声もなく見送る。


 いや、あたしたち、今。

 その闇空から降りて来たばかりなんですけど?

 一応、こう。事情を、聞けたらなって、思って。

 …………なんですけど、それは。

 フラワーがいなくなってみれば、なんかもうどうでもよくなった。

 聞いたところで理解できるとは限らないなって、思い出してきたから。

 あたしたちは、ただ、力なくへたり込んでいるしか出来なかった。

 あたしたち、みんな…………あ。みんな、じゃなかった。

 フラワーにフラワーされることなく、元気な人たちがいた。


 月華とルナと心春ここはるだ。


 三人は、フラワーがカケラを埋められた場所に集まり、どんな花が咲くのかと、興味津々だ。


「カケラ埋めると、花になるのか?」

「どんな、花が咲くのかなー♪」

「憎い妖魔を見事殲滅しただけでなく、闇底に愛の花を咲かせるとは! 素晴らしいですね!」


 な、なんて無邪気…………な?

 いや、一人だけ、違うのが混じってるけど。

 うん、これ。もしかしたら。

 あたしや、他の常識派のメンバーが頭を真っ白にしている間も、この人たちは違うことを考えていたのかもしれないな。それぞれの方向で。


 ああ。整理しきれていない心が、さらにとっ散らかっていく。

 だって、目の前も、とっ散らかっているし。

 何がとっ散らかっているのかって、フラワーだよ。

 フラワーはいなくなったのに、フラワーが起こした花吹雪は、まだまだ元気いっぱいに自由を満喫中なのだ。


 ――――――――こうして。


 とにもかくにも、幕は下りた。

 あたしたちを揺るがせた華月の事件は、意外と呆気なく。

 フラワーによって花柄の幕を下ろされて。

 闇を舞い踊る花びらに包まれて。

 最後まで花に翻弄されたまま。


 真っ白に、騒がしく。

 終わりを告げた。


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