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第129話 花底の魔法少女

 闇底では今。

 フラワーによる花底化計画が、静かにしっとりと進行しようとしていた。



 ★ ☆ ★


 フラワーによって地面に蒔かれたカケラが闇底に吸収されちゃった説。

 魔女さんにそれを聞かされたあたしたちは、お茶会を切り上げて、さっそく現場に駆け付けてみた。

 クローゼットを通って、アジトの玄関から、問題の場所へと向かう。

 魔女さんは、優雅に紅茶を飲みながら、そんなあたしたちを見送っていた。

 現場には、すぐに到着した。

 あたしたちは、現場を取り囲む。

 現場っていうのは、あれだよ。フラワーがカケラを埋めたところのことだ。


 あたしたちは、カケラを埋めた地面を、掘り返したりはしなかった。

 しなかったけれど、一目見ただけで、「なるほどこういうことか」って、あっさり納得した。

 アジトに帰って、魔女さんとお茶をして、そしてまたここへ舞い戻ってくるまでのわずかな時間で、カケラは花を咲かせていたのだ。

 膝下くらいまで伸びた透明なガラスの茎と、葉っぱ。その上の方に、青白い炎のような釣り鐘型のお花が三つ。

 フラワーが魔法で咲かせたわけではないと思う。

 あれでいて、フラワーのお花は、お日様の光で育ったっぽい健全で普通に可愛いお花たちだもん。

 でも、これは、違う。

 なんか、こう。いかにも、闇底のお花って感じのお花だ。お日様の光なんか浴びたら、元気にすくすく育つどころか消えてなくなっちゃいそうな雰囲気。

 カケラが種になって、この花を咲かせたんだ。そうとしか、思えない。


「カケラ蒔きが成功したようね」

「ええー? カケラって、種だったの?」

「なんか、こー。あの世に咲いている花、って感じだな……」

「ルナは、普通のお花の方が好きだなー」

「なるほど、こういうことになっていたとは。興味深い」


 みんなで幻想的なお花を覗き込んでワイワイやっていたら、しゃがみ込んでいたルナの後ろに、“ひょっ”て魔女さんが現れた。


 う、うぇええええ!?


 思わず、飛び退いちゃう。

 だ、だって。い、今。

 い、今。今、今。一瞬で、現れなかった!?

 さ、さすが、魔女さん――――ってことなの?

 し、心臓がやたらと元気になっちゃったよ?

 乙女的に言うと、ドキドキした。

 あ、だからって。別に、恋が始まったりはしないからね! と、心の中で心春に釘をさしておく。つい……。一応……。


「そこの花娘はなむすめ。よければ、これも蒔いてくれないか?」

「あら? いいの?」

「構わない」

「なら、遠慮なく」


 突然の魔女さんの出現に、あたしだけでなく、みんなも驚いていたみたいだけれど、魔女さんはそれにはお構いなく、フラワーに向かってカケラの入った小瓶を差し出す。

 ――――――――って、え?

 ええ!?

 それ、集めてたんじゃないの?

 え? いいの!?

 しかも、よりにもよって、フラワーに!?

 フラワーも普通に受け取ってるし!? いや、一度は遠慮っぽいこと言っていたけど、「いいの?」って言いながら手はすでに差し出してるの、ちゃんと見てたよ!?

 魔女さんの申し出にもびっくりだけど、フラワーの遠慮のなさにもびっくりして唖然としていると、フラワーは、さっそくカケラ蒔きを始めようと、いそいそとスコップ……じゃないな、シャベルだなあれは。えーと、フラワー仕様のシャベルを魔法で呼び出した。

 で、月見サンが、すかさずそれを止めようとしてくれた。


「待って! フラワー! 半分は、月光水げっこうすいで水やりしてみない!?」

「月光水……? ああ、アジトの庭先の、黄色く光る水たまりの水のこと? …………悪くない。では、私が土を掘っている間に、汲んで来てもらえる?」

「まっかせてー!」

「ふふ。元園芸部員の血が騒ぐわ……」


 ああー! 違ったー!

 止めようとしたんじゃなかったー!

 ただの悪ノリだ、これー!

 ええー?

 月見サン?

 い、いいの?

 いいの、これ?

 なんか、勝手に何かが進行していっているけど。

 いや、魔女さんがそれでいいなら、あたしが口を出すことでもないんだけどさ。

 なんだけど、でも!

 そこに、フラワーが絡んでいるのが、あたし的には嫌なんだけど。

 なんで、月見サンは協力しちゃうの?

 ………………いや、面白そうだからですよね。うん。分かってますとも。


「どういうつもりなのかしら?」


 あたしが一人、あわあわして。

 紅桃べにももとベリーは、なんかあきらめの表情で、月見サンが飛び去った闇空を見つめて。

 ルナと夜咲花よるさくはな心春ここはるは、興味津々で目を輝かせて、穴掘りを始めたフラワーを見守っていて。

 月華つきはなは、割とどうでもよさそうに突っ立っていて。

 そんな中。

 月下げっかさんの冷たい声が響いた。

 腕組みをして、冷ややかに魔女さんを見つめている。


「蒔くという発想はなかったが、カケラを闇底に戻せないか、試したことはある」

「ふうん? で、それは、失敗したってことなのかしら?」

「そうだ。妖魔が体内に取り入れた際には、何某かの変化が起こることがあったが、闇底そのものに作用を及ぼしたことは、過去にはない」

「それがどうして、今回、ああいうことになったのかしら?」

「そうだな。恐らく、その行為に何某かの意志が働いたかどうかが関係しているのでは?」

「意志……?」

「そう。私はただの観測者だったが、あの花娘はそうではない。カケラを蒔くという行為に、何某かの結果を期待していたはずだ。恐らく、カケラはそれを汲み取って、あのように作用したのだろう」

「………………」


 魔女さんの答えを聞いて、黙り込んで何か考え込み始める月下さん。

 あたしの脳内も、黙り込んでいるんだけど、えーと? どういうこと?

 助けて、ベリー!

 縋るようにベリーを見つめると、ベリーは大げさにため息をついて、それでも教えてくれた。


「たぶんだけど。あの魔女も、カケラを闇底に戻せないかいろいろ試してみたけれど、何も起こらなかった。カケラは、カケラのままだった。で、その理由は、魔女がこうすればこうなるだろう、みたいなことを何も考えないで、ただ結果だけを観測しようとしたからってこと」

「え? もう、意味が分からないんだけど!?」

「あー、だからよ。例えば、魔女もカケラを蒔いたとする。魔女は、蒔いたカケラがどうなるのかとか、なんも考えないでただ蒔いただけなんだよ。そしたら、何も起こらなかった。でも、フラワーは、花が咲くことを期待してカケラを蒔いた」

「あ! なるほど! そうしたら、カケラがフラワーの期待に応えて花を咲かせてくれたってこと?」

「そうなんじゃないのかって話」

「なるほどー……。で、なんで、月下さんは考え込み始めちゃったの? 何を考えてるの?」

「それは、知らない。考えがまとまったら、また何か魔女に質問するんじゃない?」


 ベリーと紅桃に説明してもらって、なんとなく分かったよー。

 んー。んー?

 あれー? そうするとさ。カケラを飲み込んだ妖魔が変貌しちゃうのってさ。つまり、カケラがその妖魔の希望を叶え上げようとした結果ってこと?

 闇底市場に現れた妖魔は、なんか食欲オンリーな感じだったから、いっぱいエサを捕れるようにいろいろパワーアップしてた的な感じ?

 そうだとすると、華月かげつは?

 …………もしかして、華月は。

 本当に、月華みたいになりたかったのかな?

 月華に、憧れて。でも、それが暴走しちゃったのかな?


 なんて。

 半分ぼんやりしながら考えていたら。

 お月様水を汲みにアジトに戻っていた月見サンが戻ってきた。

 フラワーによるカケラ蒔きもいつの間にか終わっていたようだった。さすが、元園芸部員というだけあって、綺麗に花壇が作られている。なんか、こう。レンガで囲んであってね? ガーデニングって感じ! 長方形が真ん中で区切られているのは、月光水用と普通の水(いや、魔法で作った水だから、普通でもないな?)用なんだろう。

 月見サンは、空飛ぶ竹ぼうきに乗ったまま、月光水を撒き始めた。それを見たフラワーは、ちょっと首を傾げてから、フラワージョウロに羽を生やして空へと放つ。おお。自動水やりジョウロ。こうして見てるだけなら、すっごい可愛いんだけどな。な。

 そのあまりの可愛らしさに、だからこそ、かえって思わず遠い目になってしまう。


「じゃ、これでしばらく様子を見よっか……あ?」

「あら?」


 水やりを終えた月見サンが、なぜか得意満面の顔でシュタッとあたしたちの隣に竹ぼうきから降り立って、そのままピタッと止まった。

 けど、そっちは、どうでもいい。

 その原因の方が、今、重要だから。月見サンのことはあっさりスルーして、問題の花壇にド注目する。


 うん。いや、これ。すごいよ?


 早送り? 時間が早送りされちゃったの?

 今さっき、水やりが終わったばかりなのに。

 もう芽が出て来て、茎がにょきにょきしてきて、葉っぱがついて、お花が咲いちゃった!

 花壇!

 あっという間に、本当に花壇が完成しちゃったよ!

 フラワーの方は、華月から出てきたカケラから咲いた花と同じ、青白い炎のような釣り鐘型のお花。

 で。月見サンがお月様水で水やりしたほうは、あれは、お花なのかな? 実なのかな?

 やっぱり、つり下がる系で。

 白くて小さい花弁の真ん中に、真ん丸の黄色い実みたいなのがあるんだよ。お月様みたいな、黄色く光る丸い実が。

 花びらの形のカサつきの電球みたいでもある。

 か、可愛い!


「これ! 大きく育てて、外灯みたいにしてみたい! 道! 石畳の道とか作って、そのわきに並べてみたい! あ! アジトの入り口まで続く道とか、どう? どう?」

「いい! すごくいいと思う!」

「私は、キノコ街道を作りたいですね!」


 あまりの可愛さに盛り上がっていると、夜咲花がノッてきてくれた。キノコもノッてきたけれど、キノコ街道は、どこか遠くの方で作ってほしい。


「さっきより早く花が咲いたことへの疑問とかはないのね…………」

「えー? 月見サンとかが、早く咲かないかなーって思ったからじゃないの?」

「あー……。確かに」

「え? 何々? どういうこと?」


 はしゃぐあたしたちを見て、呆れたように言うベリーに反論したら、月見サンが交じってきた。そう言えば、月見サンはお水を汲みに行っていたから、魔女さんのお話を聞いていなかったんだっけ。

 もちろん、説明はベリーに任せた。


「違う花をつけたのは、やはり水が違うからなんでしょうか!? それとも、水やりをした人が違うからなんでしょうか!? そこも、気になりますね!」

「あー! 確かに! カケラ、いっぱいあったんだし、いろいろ試してみればよかったね」


 残りのメンバーは、またお花のことで盛り上がり始める。残りのメンバーって言っても、月下さんはまだ考え込み中で、月華は話を聞いてはいるけど、会話には混じって来ないんだけど。

 あーん、でも。水やり、というかカケラ蒔きをした人でお花が変わるなら、あたしもカケラ蒔きしてみたいなー。どういうお花が咲くのか、試してみたい! あと、他のみんなのお花も見てみたい!


「ふむ。では、今後、どこかでカケラを見つけたら、持ち帰って順番に蒔いてみるということで、どう? どうせなら、いろんな花が咲いた方が楽しいもの」

「え? フラワーなのに、いい考え! どうせなら、人数分集めてから、みんなで一斉に蒔こうよ!」

「賛成です! キノコの花を咲かせてみたいです!」

「人数分は大変そうだけど、ちょっと面白そうだな」

「ルナ、がんばる! みんなの分、探してくる!」

「ルナ…………任せた」

「ふふ。この闇底を、いずれ花底とへと……」


 珍しく、フラワーがいいこと言って、みんながそれに乗っかって。

 ちょっとワクワクしていたのに。

 最後に、落とすの止めてください。

 花底って、何よ……。

 お花でいっぱいの闇底って意味なら、普通に考えれば素敵だけど。

 フラワーの口から語られる、花底って言葉……。

 花の底。

 フラワーの語る、花の底。


 こわっ。さむっ。

 なんか、死者の国に通じるような薄気味の悪さ!


 なんだろ。さっきまで、再びのカケラ探しにあんなにワクワクしていたのに。

 なんか、集めたらいけないような気になってきた……。


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