みんなの視線が魔女さんに集まる。
さっきまで、自分の世界に入っていたはずの月下さんまで、魔女さんを見ている。すっかり考え事に没頭しているように見えて、実はあたしたちの話もちゃんと聞いていたのかな?
で、注目の的の魔女さんはと言えば。
あたしたちの注目の視線なんて、まるで気にしていないみたいだった。
薄紫色の髪の神秘的な美少女が、幻想的なお花畑の傍らで囁くように言葉を紡いでいく。
エンジのジャージと紫のスニーカーという衣装だけが、いろいろな何かを台無しにしていた。
まあ、それも含めて魔女さんなのかもしれないけど。
「カケラは一度、闇底に吸収された。そこの
ん? え? そ、そうなの?
でも、じゃあ。なんで、検証が必要なの?
…………とゆー、心の声が聞こえたんだろうか。
魔女さんは薄っすらとした笑みを浮かべながら、理由を説明してくれた。
「花娘は、カケラが妖魔に変容をもたらすことを知っている。おまけに、あのセーラ服の人型妖魔がモグラ妖魔に戻るところを、実際にその目で見ている」
「まあ、そうね」
はっ! 珍しく、フラワーがちゃんと人の話を聞いて、お返事までしている! いつもなら、こういう時、たとえ話題になっているのが自分のことでも、興味なさそうに髪の毛を指でしっとりクルクルさせてるのに!
魔女さんには、興味があるのかな? な?
まあ、でも、なんか。フラワーってこういう、怪しげなもの、好きそう。
怪しげとか言ったら、魔女さんに失礼かもだけど。
えーと。あ! そう! ミステリアス! こういう、ミステリアスな感じのもの、好きそう! よし、これなら、問題なしだな。
あたしの心の声が、魔女さんに聞かれちゃったら、困るからね。
「実際に目にしたものというのは、印象に残りやすい。もし、花娘がカケラを蒔いた際に、カケラから芽吹いて咲いた花に、その性質が受け継がれる可能性を、ほんの少しでも考えていたら、それは本当になるかもしれない」
「そうなの? でも、残念だけれど、カケラを蒔いている時には、そんなことはチラリとも考えなかった。あの妖魔のことには、さして興味もなかったし。闇底はキノコばかりで少しつまらないから、花が増えればいいなと思っただけ。まあ、そうね。地上に咲いているのと同じ花は、自分で好きなだけ作れるし、どうせならいかにも闇底っぽい、闇底にしか咲いてなさそうな花ならいいな、とは思ったけれど」
「えええ!? キノコは素敵だと思いますが! ううん、お花っぽいキノコがあれば、いいのでしょうか!? キノコの花畑が作れないか、検討してみましょう!」
あ。なんか、どんどん話が進んでいるな。余計な心配していたかもしれない。
それはそれとして。
キノコは、黙っててくれるかな?
あと、キノコの花畑は、どこか遠いところで作ってね?
「まあ、そうは言っても、だ。新しく生まれたものには、新しい力が宿っているものだ。何せ、元が“カケラ”で、その誕生にかかわっているのが“闇底の魔法少女”なのだからな。どんな力を持っていても、おかしくはあるまい? 巡り巡って、失われたはずの妖魔を変容させるという性質が、再び発現しないとも限らない」
「随分な千里眼をお持ちのようだけれど、そんなあなたでも、検証してみなければ分からないの?」
「そうだな。既に起こったことは把握できるが、未来のことは、予測できないこともある。幸いなことに」
「幸いなことに?」
「そうだ。少なくとも、私にとっては」
「ふうん? そう、よかったわね」
キノコのキノコ発言はあっさりとスルーされて、魔女さんとフラワーの会話は、余計な合いの手なんてなかったかのように普通に続いている。
なんとなく、こう独特の雰囲気のある二人の会話なので、誰も混ざることが出来ないでいた。月見サンですら、大人しく視聴者に徹している! それから、月見サンとは違う感じで話に入って来そうな月下さんは、話は聞いているみたいだけれど、やっぱり何か一人で考えている様子だった。
あ、ちなみに心春は例外だから。
まあね? 心春は、魔法少女っていうよりは、手足の生えたキノコ型妖魔って感じだしね? とりあえず、見た目は。キノコの着ぐるみタイプの衣装ってさ。もはや魔法少女じゃないよね? よくて、マスコットキャラだよね? よくて。よくて、ね?
で、その心春も、今はキノコの花畑の妄想に心を飛ばしているみたいだった。幸いなことに。いや、今のところは幸いだけど、結果的には幸いじゃない気がするなー。
いや、それよりも、キノコの花畑って、何? って話だけど。それもう、ただのキノコ畑だよね?
フラワーとは別の意味で、収穫したくない!
「まあ、妖魔への検証は、いずれどこかで行うとして、だ。実は、もう一つ、確かめたいことがある」
「へえ?」
キノコの妄想が気になって、二人の話はほとんど聞いていなかったんだけど。
あんまり、キノコそのものは見つめていたいわけじゃないので、視線はぼんやりとだけどほぼ魔女さんに固定していたら、魔女さんの口の端に浮かんでいた薄っすらとした笑みが、突然深くなった。
え? 何? 意味深!
フラワーも、あら?――――って感じで、好奇心にちょっと目を光らせながら魔女さんを見つめている。
「妖魔ではなく、君たち魔法少女がこの花…………もしくは実のようなものを食べた場合、何が起こるのだろうか?」
不思議な光を湛えた魔女さんの瞳が、フラワーを、そしてあたしたち全員を、舐めるように一人ずつ順番に見つめていく。
口元の笑みは、深く刻まれたままだ。
ん、うん?
え?
魔女さん?
今、なんておっしゃいました?
カケラのことは、この際置いておいてもいい。
あたしにとって、大事なのは、そこじゃない。
この、フラワーが蒔いて育てた(と言っていいものかどうか分からんけど)花を、食べてみろ、と?
このフラワー汚染されているかもしれない花を、食べろと?
いや。
いやいやいや。
いやいやいやいやいやいやいや。
パスで!
星空は、パスでお願いします!
そんな、ミステリアスに微笑みかけられても、ダメなものはダメだから!
断固、お断りします!!