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第134話 絶望の土偶

 一言でいうと、絶望の土偶って感じだった。


 何がって?


 月下さんの旅立ち宣告を聞いた、夜咲花よるさくはなのことだよ!



 いやね?

 月見サンの作戦により、まずは、あたしとベリーが月華つきはなと一緒に旅をする話からしようってことになった。

 で。

 帰って早々に、話があるからとみんなを集めて、また魔女さんのお部屋へお邪魔させてもらうことにしたんだ。野生の嗅覚で何かを嗅ぎつけたのか、カケラ探しに出かけていったばっかりのルナも帰ってきてくれた。

 アジトの異変を察知したのか、お茶会の気配を察知したのかは分からないけどね。うーん…………両方かも知れない。

 今回のお茶会は、ほうじ茶とお団子。それから、海苔せんべいが用意された。お団子は、みたらしと粒あんの二種類。

 まずは、お茶を一口飲んで、ほっと一息ついたところで。

 月見サンに促されて、ベリーの告白…………告白?…………えーと、お話が始まった。

 さっき、あたしたちにしてくれたのと同じ話だ。

 みんなに話したいことがある…………と言いながら、ベリーの視線は、ずっと夜咲花に向けられていた。

 夜咲花はさ。妖魔に食べられかけたことがトラウマで、妖魔が怖くて、ずっとアジトに引きこもっていたんだよね。最近、みんなと一緒なら、少しだけお外へ出られるようになったんだけど。

 だから、ベリーに共感できるところがあるみたいでさ。そして、ベリーもそのことに気が付いているみたいで、ベリーはベリーでさりげなく夜咲花のことを気づかってくれているみたいだったんだよ。

 ベリーの話を聞いて、夜咲花は、すごく驚いて大きく目を見開いた。

 その瞳の奥に、置いて行かれるような寂しさ、みたいなものがほんの一瞬よぎったのを、あたしは見逃さなかった。

 でも。それでも。ベリーの決心を応援したい気持ちの方が、最終的には勝ったんだろうな。

 夜咲花は、ぎゅって、一回強く目を瞑って、それから。

 半泣き笑いで、ベリーに「いってらっしゃい」を言って、そのあと。あたしと月華に、「ベリーのこと、よろしくね」って、言ってくれて。言ってくれて……。


 ええ子や!!

 海苔せんべいの海苔がしけってまう!

 うう。ぐすっ。

 復活したキノコが、盛大に鼻血と涙を垂れ流しているのを差し引いても、ついついこっちも涙ぐんでしまう、いいシーンだったと思う。


 が!


 その余韻に浸る間もなく、次は自分のターンとばかりに、今回のある意味大本命である月下げっかさん自身が、鋭い切込みを入れてきたのだ。


「それで、夜咲花。ここからが、本題なのだけれど。私も、一緒に行こうと思っているの」

「……………………ふぇ?」


 半泣き半笑いだった夜咲花が、きょとんと月下さんを見つめた。

 何を言われたのか、分からないって顔。

 ちょっと! これからが本題って、月下さん!

 確かにその通りなんですけど、もっと何かこう、言い方ってものが!

 言い方ってものが、あるのではないでしょうか!?

 だって、だって。

 夜咲花が安心してアジトに引きこもっていられたのは、月下さんがアジトを守ってくれていたからで。夜咲花の心の拠り所とでもいうヤツで。そりゃ、最近少し成長の見られる夜咲花ではあるけれど。ほんの少しとはいえ、ほんのすぐそことはいえ、アジトの外に出られるようにはなったけれど。それは夜咲花にとって絶対の女神さまである月華がいてくれたからというのがあるし。

 その月華と月下さんがそろっていなくなるとなったら。なったら。

 月華は、まあいいんだよ。元々、アジトにいる方がイレギュラーな感じなところもあるし。闇底に彷徨い込んだ女の子たちを助けるために、闇底中を旅してまわるのが月華の使命なんだって、夜咲花も分かってるからさ。なんていうかもう、月華と言えば闇底の旅人というか、そういうものなんだってイメージだからさ。

 本当は寂しくても、笑顔で送り出すことができる。次に、また帰って来てくれる日を楽しみにして。

 でも。月下さんは違うのだ。

 月下さんと言えば、アジトの守り神的なイメージしかない。常にアジトでみんなを迎え入れてくれる優しいお姉さん。それが、月下さんだ。月下さんのいないアジトなど、魔法少女のアジトではないと言っても過言ではないくらいに、アジトの主のイメージだ。

 おまけにだ。アジト周辺は妖魔が現れないようになっているんだけれど。それは、月下さんが、妖魔避けみたいなことをしてくれているからなのだ。だからこそ、妖魔が怖くて妖魔と戦えない夜咲花が、安心してアジトに引きこもっていられたのだ。

 つまり、夜咲花にとって、月下さんの旅立ちとは。

 心の拠り所がいなくなる寂しさと、妖魔がアジトにやって来てしまうのではという恐怖と。

 二重の意味で、死刑宣告!


 あまりに突然の死刑宣告すぎて、夜咲花は何を言われたのか分かっていないみたいだった。

 不思議そうに、月下さんを見つめている。

 …………言葉の意味は分かっているけれど、でも、それを分かりたくなくて、その先に行くことを全身で拒否している。そんな風にも、見える。

 夜咲花に鋭い切込みを入れた張本人である月下さんは、静かな笑みを浮かべたまま、そんな夜咲花を見つめ返していた。

 優しさと、決して揺るがない決意を湛えた眼差しで、黙って夜咲花を見つめ返していた。

 話の続きは…………旅立ちを決意したその理由は、夜咲花が月下さんの言葉を理解するまで、話すつもりはないようだ。


 月下さん。それ、その順番じゃないとダメだったの?

 先に、どうして急に旅に出ることにしたのか理由を話して、それから。こういう理由で、旅立つことにしたの…………とかじゃダメだったの?

 どうして、死刑宣告を先にしちゃったの?

 これ、下手したらさ。

 ショックのあまり、この後、理由を聞くどころじゃなくなっちゃうんじゃない?

 どういう効果を狙って、こうしたの?

 今回の作戦の立案者である、月見サンの方を見てみる。

 大丈夫!――――って感じで、ぐっと親指を立てられたとしても、それでもやっぱり、あたしは不安になったと思う。

 だっちゅーのに。

 月見サンは、あちゃーって顔して、両手で頭を抱えていた。


 え?

 ええ!?


 つまり、これは月下さん独断ってこと?

 い、いや、まあ。

 夜咲花との付き合いは、月下さんの方が長いわけで。

 月下さんの方が、夜咲花のことを分かっているわけで。

 こうしたほうが、夜咲花には効果的だって、月下さんが判断したとかだったら、任せるしかないのだけれど。

 だけどね? 

 なんとなく、なんとなく、そう感じるっていうだけなんだけれどさ。

 もしかして、月下さん。

 単純に、久しぶりの旅立ちの決意に心が高ぶっちゃって、なんか先走っちゃてるだけなんじゃない?

 なんか、ものすごくそんな気がするんですが!

 あー、ああー…………!

 どうしよう!? どうしたらいいの!?

 何か、声をかけてあげたいけれど、今回、あたしは月華や月下さんたちと一緒に旅立つ組だし!

 なんて言ったらいいか、分かんないよ!


 かける言葉が見つからなくてハラハラしながら、展開を見守る。

 何秒とか言うレベルじゃなく、もうすでに5分は経っている気がする。

 そうして、長い時間をかけて、ようやく夜咲花は。

 月下美人げっかびじんの旅立ち宣告と、泣いてもごねてもその決意が覆ることがないということを、頭だけじゃなく全身で理解したみたいだった。


 理解して。

 夜咲花は。

 絶望の土偶に変身した。


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