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第135話 穴

 魔女さんの女の子部屋に、氷の彫刻が出来上がっていた。

 夜咲花よるさくはなだ。

 絶望の顔のまま、フリーズしてしまっている。

 絶望を表現した、氷で作った土偶の彫刻。等身大。

 みんなの視線が、月下さんと夜咲花の間を行ったり来たりしている。

 いや、魔女さんは、目を伏せたままゆったりとほうじ茶を啜っているけど。

 月下さんは、凍り付いた土偶の彫刻を見て、困ったような笑みを浮かべたけれど、すぐにスッと前を向いて視線をちょっとだけ上に固定して、こっちはこっちで彫刻みたいに固い表情になる。

 決意が固まっちゃってる顔。


「私は、月華つきはなのように空を飛ぶことが出来ないから、機動性には欠けるわ。どこかで、誰かが、妖魔に襲われていたとしても、走って駆け付けるのでは、間に合わない可能性が高い。それに、助けたところで、月華のように力を与えることは出来ないから、本当に助けたいのなら、ずっとついていてあげなければならないわ。…………一人にしたら、いつまたほかの妖魔に襲われるか、分からないもの。でも、そうなると、助けられる人数は限られてくる。戦えない子を守りながら戦うのは、難しいから」


 行ったり来たりしていたみんなの視線が、月下さんへ集まる。

 夜咲花や、みんなに話しかけるというよりも、自分の考えをまとめているみたいに思えた。


「だから……。アジト…………“地上”から流れて来たと思われる廃屋を見つけた時は、これだって思ったわ。拠点があれば、戦えない子を守ることが出来る。幸いにも、妖魔避けの結界には自信があったし、アジト周辺の草原くらいなら、一人で出歩いても危険がないように出来た。闇底を巡って、誰かを助ける役目は、月華に任せて、私は…………。私は、月華と契約して魔法少女になることを拒んだ子や、魔法少女になれても、戦うことが得意じゃない子の守り人になろうって、そう思ったの。それが、私がここで、出来ることだって」


 月見サンが、何かを言いかけて、結局その言葉を飲み込んだ。宙を彷徨った手が、そのままテーブルの上できゅっと結ばれる。


「魔女が言っていたわよね?」


 突然、話が変わった。

 宙を見上げていた月下さんが、魔女さんへと視線を流す。

 魔女さんは、静かに微笑みながらも、マイペースにほうじ茶を啜っていた。


「本来なら、別々の世界が干渉しあうことはない。けれど、闇底は、“地上”にいた魔女が創った不完全な世界、失敗作だって。だから、“地上”と繋がっている。不完全だからこそ、行き来が可能だって。まあ、誰でも簡単にってわけではないけれど。でも、条件が揃えば、人も妖魔も世界を渡ることが出来る」


 確か、前にそんなことを、言っていた……ような気がする。

 あと、世界は球形をしている、とかも言っていたよね?

 あたしは、うっかり、休憩と勘違いしちゃったんだけどね。

 だから、球形ってところだけは、覚えている。

 どういう意味かは、よく分からないけれど。


「そして、カケラとは、闇底の、世界のカケラとも言っていたわよね?」


 あ、それは言ってた。

 あたしも、それは覚えてる。

 えー、で。

 それが、どうして旅立ちの理由に繋がるんだろう?

 あ、あれ?

 でも、ルナと月華と夜咲花以外は、みんな『そうか!』みたいな顔してるし。

 え?

 何?

 どういうこと?


「不完全な世界のカケラ。つまり、闇底には欠けている部分があるということよね? もしかしたら、欠けているどころか、穴があいているのかもしれない。闇底は“地上”で創られた。だから、その欠けているところ、穴があいているところから、私たちは闇底へと墜とされたり、迷い込む羽目になったのではないかしら?」


 お、おお!

 なるほど! そういうこと!

 世界に穴があいているから、その穴から行ったり来たりができるってわけか。

あ、じゃあ。

 その穴をふさいじゃえば、もう、行ったり来たりは出来なくなっちゃうってこと?

 月下さんがやろうとしていることが、分かったような。やっぱり、分からないような。



「私たちが、墜とされたり、彷徨い込んだりした場所の近くに、恐らく世界の穴があるのだと思うの。だとしたら、恐らく、カケラは穴の付近にあると考えられるわ。まあ、妖魔が飲み込んだりしていることもあるようだから、持ち去られたりしていなければの話だけれど」


 月下さんが、魔女さんではなく、あたしの方を見て言った。

 分かってなさそうな顔をしていたのが、バレた!?

 うん。お気遣い、ありがとうございます。

 なんとなく、分かってきました。


「穴のある場所でカケラを探して、そこでカケラを蒔いて闇底世界そのものへ戻せば、穴をふさぐまでは無理でも、少しでも小さく出来ないかと思ったのよ」


 月下さんは、あたしに向かってそう説明してから、どうなの? って感じで、魔女さんへ向き直った。

 えーと。

 本当に、ありがとうございました。


 みんなの視線も、月下さんからあたしを経由して魔女さんへと移る。


 ん、んん。こほん。

 それは、それとして。


 気になる魔女さんのお答えは――――?


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