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第138話 魔法少女は整備不良

 ドンガラピシャンな顔のまま固まっていた月下さんだったけれど。

 それは、ほんの少しの間のことで、すぐにキリリとわざとらしいくらいに顔を引き締めて、異論は許さないとばかりに断言した。


「大丈夫よ。私は、走ってついていくから、みんなは空を飛んでもらって構わないわ」

「「「いやいやいや!?」」」


 反論しかない内容に、何人かの声がハモる。

 あたしと、ベリーと紅桃べにももと、それから月見サンと、もう一人は誰だろ?

 分かんなかった!

 でも、まあ、誰でもいい!

 と、思ったんだけど、どうやら最後の一人は、これまでずっと小鳥サイズになって月華つきはなの肩の上で大人しく話を聞いていた雪白ゆきしろだったみたい。


「何を言ってるよの。少し、冷静になりなさいよ。山越えとか、どうするつもり? 空からなら一っ飛びなんだけど? あんたが登って降りてくるのを待ってろって言うの?」

「うっ…………」

「それに、月見も言っていたけれど、空からじゃないといけないところもあるわよ? まあ、その時だけ、月華に姫抱っこしてもらうという手もあるけれど?」

「それは、絶対に嫌…………」


 雪白の激しい攻撃に、次第に項垂れていく月下さん。

 そして、月華に姫抱っこされるのは、嫌なんですね。

 夜咲花なら、大喜びしそうだけど。いや、本当は嬉しいけど、月華に迷惑なんじゃ、とかって遠慮しちゃう感じかな?

 まあ、月下さんはあたしたち魔法少女と違って、月華から力をもらっているわけじゃないし、同じようなオカルト系のお家に生まれた者同士としてのライバル心みたいなのがあるのかな?

 ライバルに姫抱っこされて運ばれるのは、プライドが許さないとか、そういう感じなのかもしれない。

 あとは、あれだ。

 たぶんだけど、月下さんって…………。


「あんた、別に高所恐怖症ってわけじゃないんでしょう? 月見の言う通り、いい加減観念したら?」

「それは、そうだけど…………」

「ええ!? それは、そうなんですか!?」


 ちょ!? え!? そうなの!?

 あたしは、てっきり、月下さんは高所恐怖症なんだと思ってたよ!?

 だって、なんか。やたらと、空を飛ぶのを嫌がってたし!?

 もしかして、そうなのかなって、こっそり思っていたんだけど。違ったの?

 びっくりしすぎて、思いっきり声が裏返っちゃったよ!?

 唖然・呆然の顔で月下さんを見つめると、月下さんは気まずそうにふいと顔を逸らした。その目が、泳いでいる。

 えーと?

 答えを求めて、月見サンへと視線を移すと、月見サンはニヤリと笑って教えてくれた。


「いやー? あたしもさー、月下ちゃんってば高所恐怖症なのかなー?…………って思ったんだよね☆ だって、この間の華月の事件の時に、月下ちゃんってば、頑なに空を飛んで移動することを嫌がっていたじゃない?」


 月見サンは、キラッとウインクを決めた。

 なぜ、このタイミングでウインクなのかはよく分からなかったけど、あたしは頷いた。

 だって、あたしも、そう思ってたし。

 頷いているあたし…………たちを見て、月見サンは「ふふーん」と笑った。


「それがねー☆ 本人が言うにはねー? 実はー、高いところが怖いんじゃなくて、魔法少女の魔法が怖いから、みたいなんだよね☆ んんー、怖いっていうかー、信用してないのかな?」


 し、信用していない?

 ど、どういうこと?


「魔法少女の魔法はさー、“地上”の術者の皆さんが使っている術的なものと比べると、割と何でもありなところがあるみたいなんだよねー? 修行とかしなくても、思い付きだけでパパっとなんでもできちゃうしね☆ でも、月下ちゃん的にはー、そういうとこが信用できないっていうかね☆ 何の裏付けもない思い付きだけの能力を信じて、体を預けるっていうのがねー、ダメみたいなんだよね☆ 自分がさー、ちゃんと修業的な鍛錬とか積んで力を身に着けてきただけにー、ってところもあるんだろうけどさ? まあ、裏付けがない力は、信用できない的な?」

「ち、違うのよ? みんなのことを信じていないわけじゃないのよ? ただ、ほら、空を飛んでいるときに、ふと空を飛んでいることへの疑問を抱いたりしたら、そのまま飛べなくなってしまうんじゃないかって、ちょっと不安に思っているだけで。そう、整備不良のオンボロ飛行機に乗れって言われた時のような気分になるっていうか、そういうことなのよ!?」


 整備不良のオンボロ飛行機って……。

 それ、めっちゃ信用してないってことじゃないですか!?

 ベリーと紅桃も、その一言が喉元で引っかかってます、って顔してるけど、月下さんがあんまりにもテンパっているからか、ぐっと飲み込んだようだね。

 ちなみに、あたしもです。

 あと、あれだ。割とひどいことを言われているような気がするけれど、誰もそこは怒っていないみたいだね。どっちかって言うと、しょうがないなーって顔をしている。

 うん。テンパってる月下さん、いつもと違ってちょっと可愛いもんね。

 てゆーか、二人はツーカーなんだなー。

 自分の弱みみたいなことも、月見サンには話すんだなー。

 あれ、でも。雪白は何で知ってるんだろう?

 術者仲間だから、想像できたのかな?

 それとも、月見サンみたいに聞き出したのかな?

 それとも、それとも。月見サンから聞いたとか?

 んー、まあ、どれでもいっか。

 テンパる月下さんにホコホコして、脳内会議が脱線を始めたところで、ベリーが鋭い一言を放って、引き戻してくれた。


「月下美人が、自分で飛ぶっていうのは、ダメなの?」

「あー、うん。あたしと雪白が、覚悟を決めろって言ってるのも、そこなんだけどねー☆ まあ、何て言うの? “地上”にいた頃の常識が邪魔をしちゃって、ダメみたいなんだよねー?」

「あー、なんか、サトーもそんなこと言っていたな。若い子たちには出来ても、おっさんには無理みたいなこと。術者としての常識と、年齢が邪魔をして、自由な発想が出来ないってのが理由らしいな。まあ、魔法少女としては、単純で信じやすくて、思い込みが強い方が、強い魔法が使えるのかもな」

「サトーと一緒にするのは止めて! あっちは、本物のおじさんじゃない! 一応、私はここに来た時はまだ、女子高生だったのよ!…………もうすぐ、卒業する年だったけど…………い、一応」


 女性に対して言ってはならぬ紅桃の若干余計な成分が含まれた発言に、月下さんが、くわっと牙を剥いたけれど、最後は少し尻すぼみになっていった。

 あと、紅桃。単純で信じやすいって……。そこは、純粋とか言おうよ!

 あとさ。常識的な人は魔法少女になれない的なこと、言ってない?

 魔法少女は、非常識人の集まりってこと?

 ま、まあ。思い込みだけで空を飛べるなんて考え、“地上”的には、そりゃ非常識かもだけどさ。いや、かもじゃなくて、大分アレな感じだけどさ。

 ……………………。

 ち、“地上”と“闇底”の常識は違うんだよ!

 なんかさ! 闇底にやって来ちゃってる時点で、常識なんてどこかへ吹っ飛んでいっちゃてるわけじゃん!?

 それに、あれだよ! 長いモノにはグルグル巻きって、言うでしょ!?

 いや? それとも、あれかな?

 ゴーにインしたら、シカ? 地名だったような…………つまり、奈良?

いや、違う! 舌が鵜!

ゴーにインしたら、舌が鵜!

 …………ん? どういう意味?

 ………………………………。

 まあ、とにかく! 闇底には闇底の常識があるんだよ!

 信じるものは、空だって飛べる!


 月下さんだって、飛べるはず!


 ――――――――って、月下さんを説得しようとしたんだけど、ベリーに肩を掴まれた。

 ん? どうして止めるの、ベリー?

 ベリーは、あたしの耳元で、こそっと囁いた。


「ねえ、星空はさ。サンタさんって、信じてる?」


 口調からして、ベリーは真実に気づいてしまっているんだな、ってことが分かったから、あたしは無言で首を横に振った。

 小学校の三年生だったかな? 四年生だったかな?

 見つけちゃったんだよね。そして、知ってしまったんだよね。

 だから、あたしはもう、とっくに。

 サンタさんを信じる、ピュアっ子じゃないのだ。

 まあ、もう中学生だしね。いくら、あたしがポンコツって言ってもね。さすがにね。 


「知ってしまったら、もう。何も知らなかったあの頃には戻れない」


 うん。そうだね。

 え、と。つまり?

 月下さんは、もうピュアっ子じゃないから、魔法少女の力を信じていないし、空も飛べないってこと?

 あたしたちは、そうは言ってもまだ少女だ。サンタさんは信じてなくても、ギリギリ、少しはピュアさが残っている。

 でも、月下さんは、あともう少しで少女を卒業するって時に闇底にやって来たって、さっき自分で言っていた。

 つまり、月下さんは、ピュア成分を捨てた汚れた大人になっちゃったから、もう駄目ってこと!?

 そういうことなの!?


「地上にいた頃の私たちは、術者とかとは縁のない、ただの一般人だった。当然、闇底のことなんて、何にも知らない。私たちにとって、ここは非日常の世界なのよね。だから、受け入れられた。地上にいた頃なら、常識が邪魔をして簡単には信じられないようなことでも、闇底でならあり得るのかもって、受け入れることが出来た。だって、妖魔とかが普通にいる、ある意味、異世界みたいな世界に突然飛ばされちゃったわけでしょ?」

「う、うん」


 ち、違った。

 そういう話じゃなかったみたい。

 ベリーが何を言いたいのかは、まだよく分かってなかったけど、あたしはとりあえず頷いた。


「つまり、私たちは、最初からハードルが低かったのよ」

「ハ、ハードル?」

「そう。あり得ないことを心から信じてしまえる、ハードル」

「……………………」

「だって、そうでしょ? 地上から闇底へ勝手に飛ばされちゃったってこと自体が、私たちにとっては、あり得ないことなんだもの。そんな、有り得ない世界の中でなら、魔法で空を飛ぶなんてありえないことが出来てもおかしくないって、地上では常識派だった私だって、思っちゃうわよ。地上にいた頃なら、絶対に信じたりしなかったけれど」


 なるほど。そういう意味か。

 確かに、ハードルは低くなっているよね。

 うん。さすがにあたしだって、地上にいた頃に「魔法少女になったから、空だって飛べるよ☆」って言われても、きっとすぐには信じられなかったと思う。そうだったら嬉しいな、とは思っても、さすがにすぐには信じられなかったと思う。

 誰もいないところでこっそりと呪文を唱えて練習とか、したかもしれないけど。

 さすがに、すぐには、心の底から信じたりとかは、出来なかったと思う。

 本当か嘘か迷って、ドキドキしていたと思う。

 さすがに、あたしだって。


「でも、月下美人は、地上にいた頃から、術者として妖魔と戦っていたわけでしょ? 私は、まだ仲間になって日も浅いから、月下美人のことをよく知らないけど。もしかしたら、彼女は、闇底の存在だって、その頃から知っていたかもしれないのよね?」

「そう…………かも?」


 う、ごめん。

 どうだっけ?

 そんな話は、聞いたっけ?

 うーん、覚えてはいない!


「だとしたら、月下美人にとって闇底の世界は、非日常じゃなくて、日常の延長なんじゃない?」

「なる、ほど?」

「日常の延長なのだとしたら、地上であり得なかったことは、闇底でもあり得ないことになるわよね。魔法少女になって空を飛ぶってことのハードルは、地上にいた頃と同じ高さなわけよ」

「う、うん?」


 分かったような、分からんような?


 んー、でも、つまり?

 地上にいた頃の常識が、そっくりそのまま邪魔をしてるってこと、なのかな?


 魔法で空を飛べるなんてすごーい!――――っていうピュアな心を。

 魔法で空なんて飛べるわけないでしょ?――――っていう常識が邪魔をする。


 つまり、つまり。結局は。

 少女を卒業しかけている月下さんは、ピュア成分が足りないから、空は飛べないってことになるのかな?

 ということは――――――――。


「分かったよ! 月下さんのピュア成分を取り戻せば、問題が解決するんだね!?」


 グッと拳を握りしめて、あたしは叫んだ。

 ナイスアイデアって自画自賛しながら。

 なのに、みんなからは、突き刺さるような沈黙が返ってきた。


 あ、あれー?


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