あたしの仕出かしにより、気まずい沈黙(気まずいのは、あたし一人かもしんないけど)が落ちる中。
湖を揺らす波紋のような静かな声が、静かに響き渡った。
「そもそも、純粋とか不純とかいう問題ではないだろう」
みんなの視線が、声の主へと集まった。
視線の先には、魔女さんがいた。
いつものように目を伏せたまま、口の端にだけそっと笑みをのせている。
薄紫色の髪の神秘的な美少女。
エンジ色のジャージだけが、そのすべてを台無しにしていると最初の頃は思っていたけれど、今ではあのジャージこそが神秘の象徴なような気がしてきている。
「闇底世界と地上世界は、闇底世界の裂け目を通じて繋がっている。だが、繋がっているというだけで、その世界は別々の世界だ。地上には地上の、闇底には闇底の理が存在する」
強制的オンステージな感じで、魔女さんは話を続ける。
ん、でも。
ピュア成分の話は、どこへ消えたの?
失われちゃった月下さんのピュア成分が問題じゃない、みたいなことを言ってたけど。
…………純粋とか不純とかいう問題じゃないってことは、そういう事だよね?
それが、なんで?
どうしてそういう問題じゃないのかの説明じゃなくて、世界のお話になってるの?
分からないけれど、口を挟める雰囲気じゃないので、黙って聞いてみる。
他のみんなも、何も言わないしね…………。
「魔法少女たちの魔法の力は、鍛錬により身に着けたわけではない。それは、闇底だからこそ生まれた、新しい力だ。魔素の濃い闇底で、異界人である君たちが、魔法少女という共通のイメージの元に構築した摩訶不思議な力。新たな理。不安定な力でもある。」
こ、今度は魔法少女のお話になった!?
いや、でも。
魔法少女が空を飛べるのは、ピュアな心を持っているからって話には、近づいて来てる? も、戻って来てる?
「そうだ。君の見立ては正しい。空を飛んでいる最中に、魔法の力に疑問を抱けば墜落してしまいかねない。そんな不安定な力だ。少なくとも、今のところは。そのように、観測している」
「……………………」
月下さんは何も答えない。
でも、これは、あれだ。
月下さんが、オンボロなんとかって言っていたのは、間違いじゃなかったってことだよね?
そ、そうか。
魔法少女はオンボロ飛行機なのか。ちょっと、ショック。
そりゃ、あたしたちの力で空を飛ぶのは、怖いよね。
高所恐怖症じゃなくたって、何時墜落するか分からない飛行機に乗るのは、怖いもんね。
納得…………いや、待って?
それはそれとして、月下さんが自分で空を飛べばいいんじゃないって話になったんだよね?
だけど、月下さんはピュアな心を失くしちゃったから、闇底の魔法を信じることが出来なくて、飛ぶことが出来ないって結論になって…………。少なくとも、あたしとベリーの中では、そう言う結論になって。あたしが、うっかりそれを口にして、空気を凍りつかせちゃったんだった!
今になって思えば、月下さんの乙女心を傷つけるデリカシーのない発言だったよね!
今さら! ようやく! 大反省!!
あれ? でも、そこで魔女さんが、そいう問題じゃない発言をして、あたしを助けてくれたんだよね?
まあ、魔女さんは別にあたしを助けるつもりじゃなかったんだろうけど。
「魔法少女を信じられないのなら、君が魔法少女になればいい。他人の力を信じられなくても、自分の力なら、信じられるのだろう?」
「私は、
あ、話が、戻ってきた。
本当にちゃんと、戻ってきた。
でも、ここで、月下さんの反論が来た!
話の内容がどうなっても、静けさを失わない魔女さんに、月下さんは鋭い声を投げつけた。
怒りと、苛立ちが込められた、声。
元凶のはずが、もはや部外者となったあたしが、こんなにハラハラしているのに。魔女さんの湖面は、少しも揺らがない。
「使い魔になる必要はないさ。術者と契約して力を分け与えられた使い魔たちは、言わば後天的な魔法少女だ。対して、元より力を有する術者たちは、先天的な魔法少女とも言える。後は、受け入れられるかどうかだ」
「受け入れるって、何をよ?」
「そうだな。君の場合は、羞恥心、だろうか?」
「な!? どういう意味よ!?」
げ、げげげげげ、月下さんが、お怒りのあまり魔女さんに詰め寄った!
淡い黄色のワンピースの美少女が、エンジ色ジャージの神秘的美少女に詰め寄った。掴みかからんばかりだけど、ギリギリで堪えているっぽい。
う、でも、つまり、あれだ。
お怒りってことは、図星ってこと?
つまり。つまり。
少女卒業間近の月下さんは、お姉さんの立場なのに、あたしたちと一緒に魔法の力で空を飛ぶなんて、えと、あの、口には出せないけど、あれだよ。
いい年なのに、恥ずかしいとか、思っちゃってるってこと? かな?
え? なに、それ?
むしろ、可愛い。
これはこれで、ピュアなのでは?
ピュアとは違っても、可愛いことに間違いはない。
あ、でも、これ。
説得が面倒くさいヤツだ!
よし!
この後も、大人しく魔女さんにお任せしよう。
そもそも、今、月下さん。
魔女さんのことしか、目に入ってなさそうだしね。
あそこに割って入るのは、月見サンでも無理そう。
月華なら出来るかもしれないけど、何も解決はしないだろうし。うん、むしろ悪化させるね。
「闇底世界の大地には、薄っすらとはいえ光がある。だが、空には一切の光がない」
「はぁ!? それが、どうしたのよ!?」
え? ま、魔女さん?
いきなりの大胆な話題転換!
さすがにそれは、マイペースが過ぎるのでは!?
言っていることは、間違いないし、確かにその通りだけど。
それは、あなたが怒らせた月下さんを目の前にして、今、するお話ではない、です、よね?
「あの闇空の先にこそ、この闇の世界の、真の底がある、とは思わないか?」
「え?」
月下さんだけでなく、あたしも「え?」ってなった。
闇空の向こうが、闇底の本当の底?
なぜ今。どういうつもりで、そんな話を?
胸の中を疑問が渦巻く。
だけど、同時に。納得してもいた。
確かに、その通りだなって。
闇底の世界は、その名前の割には、意外と明るい。
草原にはホタルモドキがぼんやりと飛び交って、草むらを仄明るく照らしているし、光る苔やキノコの森だってある。
闇空を飛んでみると、それがよく分かる。
闇底の大地は、ぼんやりと優しい光に包まれているって。
完全なる真っ暗闇じゃないって。
だけど、その代わり。
闇底の空には、光がない。
太陽も星も月もない闇底の空は、光が一つも、少しも存在しない、真の暗闇。
正しく、闇の底のようだ。
でも、それが。なんで、今?
月下さんと何の関係が?
「闇の底に堕ちるのは、恐ろしいか?」
「なっ…………!?」
挑発的なセリフを静謐に囁いて、魔女さんは姿を消した。
月下さんが、本気でジャージの首元に掴みかかる、その直前に、魔法のように姿を消した。
え? え? え?
なんか、言いたいことだけ言って、消えたんですけど!?
そして、何を言いたかったのかが、サッパリ分からんのですけど!?
ま、魔女さん!?
どういうことなの、これ!?