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第140話 魔法少女宣言!

「私、魔法少女になるわ!」


 揺れる瞳で。どこか呆然と。

 消えた魔女さんがいた場所を見つけていた月下さんが、突然。

 イスをガターンと後ろへ倒しながら、勢いよく立ち上がった。

 あまりにも突然すぎて、みんなポカン顔で月下さんを見上げる。

 魔女さんショックからまだ回復していないのに、今度は月下さんショックがやってきちゃったよ?

 ダブルショックで、頭の中が真空状態なんですけど!?

 そして、それは、あたしだけじゃなかった。

 誰も、何も言えずに、ポカンしている。

 月下さんは、あたしたちのことなんて気にした風もなく、というか、あたしたちの存在を忘れちゃってる感じで、つかつかとアジトへ繋がっているクローゼットに向かった。

 振り返ることすらなく、扉を開けて、その中へ身をくぐらせる。

 パタリ、とクローゼットの扉が閉じた。


 え?

 えええええええーーーー!?

 え? 何?

 なんで?

 自分のお部屋にあたしたちを残したままドロンと消えちゃった魔女さんも意味不明だけど。

 月下さんも、意味わかんないよ!?

 闇底の真の底とかいうよく分かんない話から、何がどうなって、その結論に辿り着いちゃったの?

 し、真の底の話はどうなっちゃったの?

 話にも展開にもついていけてない。

 どの方向へ向かっているのかも、分かんない。

 途方に暮れていたら、明るい声が聞こえてきた。


「ふっふーん♪ ついにこの時が、来ちゃったってことかな☆」


 つ、月見サン?

 どういうことか、分かったんですか?

 ……………………いや、単に面白そうっていうだけかもしれないな。月見サンだし。

 月見サンは、鼻歌を歌いながら、足取りも軽やかに月下さんが姿を消したクローゼットへ向かった。扉に手をかけ、勢いよく開ける。

 そのまま、月下さんに倣ってアジトへ消えるかと思ったけれど、月見サンは振り向いてウインクを決めた。そりゃもう、バチコーンと。唇に人差し指を当てて。

 うーん。とんでもなく、あざとキュート!

 しかも、水着! そして、ビキニ!

 背中に背負ってるススキだけが、ひたすらに残念!


「まあ、あれだよ☆ 主のいない部屋に、何時までも残っているのも気まずいしさ☆ 月下ちゃんの様子も、気になるしさ☆ みんなも、おいでよ☆ ね?」


 不可思議の塊みたいな魔女さんが作り上げた神秘的な雰囲気を完全にぶち壊して、月見サンはクローゼットの中に消えていった。

 なんか分かんないけど、置いて行かれちゃうみたいな気持ちになって、あたしは慌てて立ち上がった。

 ガタガタと椅子の音が響く。

 あ、みんなも行くみたいだね。

 てなわけで。

 あたしたちは連れ立って、クローゼットへを目指す。

 衝動的に立ち上がっちゃったけど、遅れて考えてみれば、月見サンの言うことも、もっともだしね。

 うん、うん。主の魔女さんがいないのに、いつまでもお部屋に居座るのは、よくないもんね。

 まあ、なんか。

 あたしたちが、勝手に消えたって思っているだけで、実はまだ部屋の中にいるんじゃないかって気もしなくはないけどさ。

 ほら、なんていうの?

 消えたことは消えたけど、どこかへ行っちゃったかわけじゃなくて、透明人間みたいに、姿が見えなくなっただけなんじゃないかって。

 そんな気が、しなくもない。

 あたしたちがいなくなったら、何事もなかったみたいに、さっきまで座っていた場所でお茶とかしてそう。

 ――――――――なんて、チラリと浮かんだそんなイメージは、アジトに戻ると同時に消えた。


 見慣れたアジトに戻ってきたら、急激に月下さんのことが気になり出しちゃったからだ。

 月下さんは、アジトの中にはいなかった。

 どうやら、お外にいるようだ。

 月見サンが、玄関口で立ち止まり、あたしたちを手招いている。


「みんな、早く早く! きっと、面白いものが見られると思うよ☆」


 ニシシと、あざとキュートから一転、わんぱくいたずらっ子の笑みを残して、スルリと外へ出て行く月見サン。

 小走りで追いかける、あたしたち。

 月下さんは、庭先にいた。

 前に、お月様の池から汲んできた、お月様液を注いで作った水たまりの前に立っていた。

 あたしたちに背中を向けて、お月様を溶かしたみたいな、淡く黄色く仄光る水たまりと向き合っている。

 背中が発している雰囲気からすると、水たまりを睨みつけているっぽい。

 あたしたちを先導した月見サンは、玄関を出て、すぐのところにいた。

 たぶん、月下さんの邪魔をしないように、離れたところで見守ろうってことなんだろう。

 月見サン。なんか、ワクワクしてますね?


「んー、魔女ちゃんの思惑は、正直☆ よく分からんのだよねー☆ なんかー、闇底の秘密っぽい感じの、重要情報が混じってたっぽい気もするけど☆ でも、そっちは、さ。今、あたしたちが考えたところで、何かがどうにかなるってもんでもない気がするんだよねー☆」


 月下さんを見つめたまま、月見サンは言った。

 魔女さんの謎発言に対する、月見サンの感想、なのかな?

 う、うーん。確かに、闇底の真の底とか、気になるワードが混じってたよね?

 そう言われると、さ。

今、明かされるかもしれない世界の秘密的な展開で、ちょっとドキドキするな!

 闇底七不思議の一つっぽくて、ソワソワと気になる。

 学校の七不思議で盛り上がるみたいに、後でみんなで話し合いたい。

 まあ、でも、確かに。そっちは、後でも、いいんだよね。

 月見サンは、「んふふ」と笑って、話を続けた。


「サラッと闇底世界の謎に関するヒントをくれただけなのか☆ それとも、最初から月下ちゃんを焚きつけるつもりだったのか☆ その辺も、よく分からんしね☆」

「ヒントのついでに焚きつけてみた、っていう線もあるわよね。それは、それで、どういう思惑でそうしたのかって話だけど」

「うーん☆ ただの気まぐれだったりして☆ ま、魔女ちゃんは、性格がどうこうじゃなくて、存在そのものがミステリアスな感じだし☆」

「もーう、何を言っているんですか、お二人とも! 煮え切らない月下美人さんを焚きつけるのがメインに決まっているじゃないですか! ヒントは、ただの手段なんですよ! いいえ、もしかしたら! 月下美人さんがやり遂げることを確信しての、予めのご褒美なのではないでしょうか! ううーん! 愛ですね! そう! すべては、愛ゆえの行い、だったのです!」

「……………………あー。じゃ、ま、そういう事で☆ 今は、術者としてのプライドをバシバシ刺激されちゃって、その気になってる月下ちゃんを、新たな魔法少女の誕生を見守ろうか☆」


 月見サンとベリーが、真面目に魔女さんのことをお話していたのに、心春が乱入してきて台無しになった。

 なんか、もう。魔女さんのアレは、今ここでは、触れてはいけない話題になってしまった…………。


「はい! お二人の愛の行方を、見守りましょう!」


 微妙になった雰囲気をものともせず、心春は何かを熱く滾らせながら宣言した。

 頼むから、もう黙っていてくれ――――――――という切実なお願いを何かが叶えてくれたのか、黙って水たまりを睨みつけていた月下さんに、動きがあった。


「そう、そうよ。皆に出来て、私に出来ないはずがないのよ。今までは、私の良識が邪魔をしていただけ。実力は、十分にあるはずだもの。足りないのは、良識を打ち破る切っ掛けだけ。闇底の理を受け入れるために、闇底の触媒を取り入れる…………。これで、いけるはず…………!」


 自分に言い聞かせるようにそう言うと、月下さんは胸の前でグッと右の拳を握りしめた。

 う、うーん。よく分かんないけど、でも、たぶん。

 良識がどうこう言っているけど、でも、たぶん。

 月下さん、やっぱり、本当は魔法少女になりたかったんですね?

 いつも涼しい顔でお母さんポジにいたけれど、本当は仲間に入りたかったんですね?

 でも、お姉さんぶって、そう言う気持ちを押し隠していたんですね?

 ひとり言の内容じゃなくて、声の感じから、そんな気がする。

 …………くうっ、ヤバい。マズイ。

 こ、このままでは、心春に協力することになってしまう。

 げ、月下さんが、とてつもなく可愛い。可愛く感じる!


「うーん、なるほどー☆ あたしたちは、月華に血を貰うことで、使い魔としての力を得た。けれど、術のこととかは素人のあたしたちは、力を貰っても、どうやって使えばいいのか分からなかった。しかし! 月華と血の契約をして魔法少女になったのだという自己暗示をかけることによって、見事、魔法の力に目覚めたのだ☆」

「なんか、ナレーション風に盛り上がっているところ、悪いんだけれど。身も蓋もないから、止めてくれない? で、つまり。月下美人は、血の契約のかわりに、月の契約をしようとしてるってこと?」

「そうじゃないかな☆ 血の代わりに、闇底産の不思議液体であるお月様水を飲んで、儀式的なことをしようッて魂胆だと思うよ☆」


 月下さんの可愛さに魂を震わせていたら、月見サンとベリーの掛け合いが始まった。月見サンは、最後のセリフと共に、キラッとウインクを決める。

 んー、でも、なるほど。そういうことか。

 アイテムを飲んでパワーアップするとか、ゲームみたいだけど、アリだと思います!

 あれですよね! 睡眠薬だと信じて飲めば、ビタミン剤も睡眠薬になる、みたいな。ほら、あれ、プラ…………モデル? なんか、違うな。プラは合ってると思うんだけど。プラスチック…………も、違うよね?


「それにしても、少しくらいなら飲んでも大丈夫だってことは、心春で実証済みだけど。夜陽を光の粒子に変えたっていう怪しい液体を、よく飲んでみようって気になるわよね」

「まあ、飲み過ぎなければ、問題ないみたいだし☆ それだけ、必死で本気ってことでしょ☆ それだけの力を秘めた液体だからこそ、触媒とやらに相応しいっていうのもあるんだろうし☆」


 ベリーが、呆れたようにため息を零した。続く月見サンのセリフは、内容的にはフォローなんだけど、口調はおちょくってるみたいだった。

 応援しているのか、面白がっているのか。

 両方ってことにしておこう。

 さて、話題の月下さんはというと。

 自分を振るい立たせるようなことを言ったはいいものの、迷いが降り切れていない様子で、水たまりとのにらめっこ続行中だったんだけど。

 ようやく、覚悟が決まったみたい。

 フッと短く息を吐く音が聞こえてきた。

 月下さんは、スッとお淑やかに水たまりの脇に膝を落としてしゃがみ込む。

 それまでの葛藤ぶりが嘘のように、その後の行動にためらいはなかった。

 月下さんは、水たまりの中に両手を差し入れてお月様水を掬い上げると、汲み上げたお月様水を全部一気に飲み干した。

 それから、淡く光っている手を振って水気を払って、立ち上がる。

 水たまりを前にして。あたしたちには、背中を向けている。


 というか、あんなに飲んで、大丈夫なのかな?

 なんか、思ったよりもゴクゴクいってたような?

 やけになっているわけじゃないんだよね?

 大丈夫かな?


 ハラハラしながら、淡黄色いワンピースの後姿を見守っていると、月下さんの体が、光り始めた。

 それだけじゃ、ない。

 淡い黄色の光の粒子が、月下さんの周りを取り巻いていく。

 体中から月の光が溢れ出てくるみたいな、いかにもな魔法少女変身シーン的なヤツだ。

 でも、だけど。

 これは、どっちなの?

 本当に、魔法少女の変身シーンが始まったの?

 それとも、光の女神化の予兆的なヤツなの?

 どっち?


 淡くて仄かだった光が、カッと眩しい閃光を放った。

 眩しさに耐え切れず、目を閉じる。

 ものすごく、ドキドキしていた。

 期待と不安が、入り混じる。

 気分が悪くなってきそうな、ドキドキ。

 だって、月下さんには、月下さんのままでいてい欲しい。

 姿の見えない闇底の守り神的な存在じゃなくて、月下さんのままで、あたしたちを見守ってほしい。

 光の粒子になって、闇底と一体化とかしたら、嫌だよ。

 月下さーん!

 心の中で、祈るように呼び掛ける。


 やがて。


 激しい光がおさまったことが、瞼越しに分かった。

 恐る恐る、目を開ける。

 開けて、そして。

 目を疑った。


 結論から言おう。

 月下さんは、光の女神には、なっていなかった。

 ちゃんと、そこにいた。

 変身もしていた。


 変身前は背中を向けていた月下さんは、変身後はこっちを向いていた。

 ずっと背中に流していた長い髪が、ポニーテールになっている。

 白くて大きいリボンが見えた。

 とても、よく似合っている。

 問題は、コスチュームの方だ。


 仄かに光る、レモンイエローのジャージだった。


 月下さんは、仄かに光るレモンイエローのジャージを着ていた。もちろん、上下ジャージだ。上下ともに、仄かなレモンイエローに光っている。

 いや、確かに、最近は、ね?

 ジャージこそが神秘の象徴、みたいに思ったりもしてましたよ? でも!

 月下さん、別に魔女さんに憧れてるわけじゃないですよね?

 どっちかって言うと、ライバル、とはちょっと違うかもだけど、まあ、そんな感じなアレでしたよね?

 簡単には認められないみたいな、突っかかる感じでしたよね?

 もしかして、ただのツンデレだったんですか?

 それとも。


 昭和の時代には。

 ジャージの魔法少女が流行っていたんですか?

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