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第141話 大人でジャージな魔法少女

「月下ちゃん」

「何よ? それと、『ちゃん』は止めてって言ってるでしょ?」

「それは、ないよ」

「…………いいでしょ、別に。動きやすいのが一番じゃない」


 月見サンが、大股で月下さんに歩み寄り、月下さんの可憐な肩を、がっしと掴んだ。

 わしづかみ!

 月見サンが何の話をしようとしているのかは察しているのだろう。月下さんは、気まずげに月見サンから目を逸らしながら、往生際悪く話を逸らそうとしたけれど、月見サンはさらっとそれをスルーして、本題を続ける。

 うん。だって、確かにさ。

 それは、ない。

 それはないよ、月下さん。

 え? 何の話かって?

 決まってるでしょ!


 魔法少女月下美人のニューコスチュームのジャージのことだよ!


「動きやすさ重視なら、レオタードだっていいでしょ!」

「い、いやよ! それじゃ、魔法少女じゃなくて怪盗じゃない!」

「いいじゃん! 怪盗! 魔法少女怪盗、カッコいいじゃん!」

「魔法少女……怪盗…………」


 ん? あれ? 本題?

 本題、続けてるんだよね? これ?

 てゆーか、レオタードが怪盗ってどういうこと?

 レオタードって、新体操とかダンスとかじゃないの?

 しかも、魔法少女怪盗って単語に、月下さんがめっちゃ反応してるんだけど!?

 ツボ? そこが、月下さんのツボなの?

 どうなの?

 誰か、回答して!


「いえ、ないわね。大体、この闇底で怪盗って、何を盗むのよ?」

「そこは、何でもいいでしょー! もっと、こう、ふわっとした感じでいいのよ! ふわっとした感じで! 単なる衣装のコンセプトっていうかさー! 予告状のカードだって、出してもいいし、出さなくてもいいし! あ! また、質の悪い妖魔が現れたら、あなたのお命ちょうだいします的な予告状を出すとかどう!? 妖魔のド頭にカードを投げてー、突き刺さると同時にバトル開始☆――――とか!」

「それって、予告状じゃなくて、果たし状じゃない? というよりも、開幕の合図のカードみたいじゃない? もはや、怪盗は関係ないわよね?」

「だからー! そういうのは、もっとこう、ふわっとした感じでいいんだってー!」


 うん。

 レオタードは、ひとまず置いておいて。

 本題を完全に見失ったわけではないけれど、迷走中だよね、これ。

 確かに、そのカードの使い方、怪盗は関係ないよね。

 うーん、でもね。

 月見サンはちょっとふわっとしすぎだけど、月下さんはもう少しふわっとしたほうがいいと思います。真面目過ぎ?

 そんなに、設定的なところをガッチガチに固めなくてもねえ? ふわっと緩い感じで、とにかく自分が着ていて楽しければいいんじゃないかなー。

 大体、キノコが好きだからキノコを着てみたり、お花が好きだからお花にまみれてみた的なのとかだって普通にいるんだし。

 水着にススキを背負ってお月見ショータイムな、なんだかよく分からない魔法少女もいるわけですし。

 それに、ゆーたら、あたしだって、名前は『星空』なのにコスチュームは青空っぽい感じだしね。まあ、水色好きだし、可愛いし気に入ってるからいいんだけど。


「大体さー、そんな神秘の魔女ちゃんの二番煎じみたいなコスチュームでさ、月下ちゃんは、本当にいいの?」

「に、二番……煎じ…………?」

「いや、まあね? 月下ちゃんと魔女ちゃんが、心の友と書いてソウルメイトで、色違いのお揃いコスにしちゃお! とかさ。もしくはー、憧れのアイドルとかの髪形とか服装を真似するみたいにさ、月下ちゃんが魔女ちゃんをリスペクトしてて、衣装を真似っ子しちゃお! きゃー! みたいなのとかだったらさ、それはそれで、いいんだよ。月下ちゃんには、そういうの、似合わないと思うけど。でも、別に、月下ちゃんが本当にそうしたくて、月下ちゃんが楽しんでやっているなら、それでもいいんだよ。ジャージだってかまわないんだよ」

「きゃー……って…………」


 うわ。確かに、似合わない。

 そ、想像できない。

 で、月下さんは、自分でそんな自分を想像しちゃったのかな?

 砂になってサラサラと崩れていきそうな顔で、なんか虚ろになってる…………。

 う、うーん。「きゃー!」ってなってる、月下さんか。

 ごめんなさい。あたしには、ちょっと、想像できないや。


「月下ちゃんのそれはさ、逃げだよね☆」

「に、逃げ? 聞き捨てならないわね! 私がいつ、何から逃げたって言うのよ!?」


 肩を掴んでいた月見サンの手を振り払い、月下さんは月見サンを鋭く睨みつける。

 月見サンは、それをフッと鼻で笑って、なんやようわからん決めポーズとともに言い放った。


「星空ちゃんや夜咲花ちゃんたち比べると、自分はもうだいぶお姉さんだから、ああいう可愛い感じのコスチュームは似合わないんじゃないかしら? とか思っちゃってる自分からよ!」

「な、なんですって!?」


 ばばーんって感じの月見さんのご指摘に、月下さんはピシャーンて顔をしてから、その場に力なく膝から崩れ落ちていった。

 え、えーと?

 なんか、やたらとこう? お芝居チックな感じなんですけど。

 実は、台本があったりするわけじゃないんですよね?


「本当はさ、星空ちゃんや夜咲花ちゃんみたいな、王道にして可愛いヤツを着てみたいんだよね!?」

「う、だって。似合わないもん」

「だからって、安易にジャージに逃げるのは良くない!」

「うう。ジャージの魔女がいるんだから、ジャージの魔法少女がいたっていいじゃない…………。動きやすいのは、確かだし。汚れても、破けても、あんまり心が痛まないし」

「月下ちゃん。月下ちゃんが、本当に好きで着ているんなら、あたしだって文句は言わないよ? ホントは言いたいけど、まあ本人の好みは尊重するべきだし!」

「着てみれば、これはこれで動きやすくていいわよ? あ、そうだわ。みんなで色違いのジャージを着るって言うのはどう?」

「ジャージの魔女っ子戦隊か!? ん、んんっ、ちょっと、いいけど。ん、でも、却下!」


 うん。却下です。

 あたし、今の青空コス、気に入ってるんで。

 あと、「ちょっといい」には、もう、ツッコみませんから。

 てゆーか、いつまで続けるんですか、それ?


「もっとさ、こうさー。んー、そりゃーさ? 星空ちゃんたちが着ているようなのは、そのまんま着ても、あんまり似合わないとは思うよ? でもさ、大人の魔法少女としてさ。こう、可愛さを残しながらも仄かな色香を感じさせる、ちょっと成長したお姉さん格の魔法少女としてのコスがあると思うのよ! 今の月下ちゃんだからこそ似合う、大人の魔法少女コスが! それに、別にさ、一度で完成させなくてもいいじゃん! こんだけ女の子がいるんだからさ、一回変身してみて、みんなにも意見を聞いて、改善していけばいいんだよ! 今の月下ちゃんに、ベストな魔法少女コスを! みんなで意見を出し合えば、絶対にいいものが出来るって!」

「みんなの、意見を聞いて、完成させる…………?」

「そう!」


 さあって感じに、月見サンがあたしたちに向かって片手を差し出した。

 座り込んだままの月下さんが、恐る恐る、でも微かな期待を込めてあたしたちを見上げる。 

 あ、はい。

 すっかり傍観者気分だったあたしたちは、慌てて「もちろんだよ!」って顔を作って、月下さんに頷いて見せる。

 急に巻き込まないでくださいよ、月見サン。

 あと、大人の魔法少女ってなんですか?


「分かったわ。私、やってみるわ。…………ちょっと、変でも、笑わないでよね?」

「もっちろんだよ!」


 二人ともノリノリですね。

 てゆーか、仲良しですよね。

 うん、まあ。コスチュームはね。女の子にとっては、とっても大事なことだからね。

 大事なことなんだけどさ。

 茶番がすぎて、ちょっとどうでもよくなってきました。

 大体ですよ?

 そんなに心配しなくてもさ。

 ここには、キノコやススキを背負った水着とかが普通にいるんですよ? ススキの水着は、ちょっと前まではマジシャンとバニーガールが混ざった感じの衣装だったし。

 あれ以上って、そうそうないと思いますよ?

 あったら、むしろ、感心する!

 なので、ドーンといっちゃってください。


 もう、何でもいいから、はよしてくれというみんなの視線を浴びていることに気づいているのかいないのか。

 月下さんは、芝居がかかった決意の表情でスッと立ち上がり、胸の片手をあてて目を閉じる。

 口の中で何かもごもご呟いているみたいだけれど、何を言っているのかは、分からなかった。呪文? 言い訳?

 何にせよ、月下さんの体は、光に包まれた。

 泡みたいな光が月下さんの体を包み込み、シャボンな感じに弾けて消えたら、そこには。


 そこには。


 今度こそ、渾身の魔法少女コスチュームに身を包んだ、美しき魔法少女の姿があった!


 ふー。長かった…………。



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