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第145話 空を飛ぶために必要な儀式

 赤い、オシャカワ自転車。


 赤くて可愛くてお洒落さんで激可愛い自転車の前で、淡黄色いバレリーナがキラキラと瞳を輝かせていた。

 小学生くらいの女の子が、ずっと欲しがっていた自転車をサンタさんにもらった時みたいな、嬉しそうな笑顔。

 欲しかったけど、買ってもらえなかったヤツなのかな。

 ああ、月下げっかさん。

 眩しい。笑顔が眩しいです。

 なんで、空を飛ぶためのアイテムが自転車なのかは、よく分からないけど、無事に魔法が成功したみたいで、とにかくよかったです。

 月下さんが嬉しそうで何よりだけど……。

 長かったな……。

 ここまで。


 いやね?

『私だって魔法少女になって空を飛んでやるー!』って感じで、アジトの外へ出ていった月下さんを追いかけて幾星霜…………は、さすがに言いすぎだけど。

 初変身からのドリル談義からの闇空風物詩お披露目会からのキノコへのドリル返し……までも長かったけどさ。

 その後。その後が、また長かった。

 長かったんだよ。



 話は遡るよ?

 えっとね。ドリル返しにあったキノコがオブジェと化して、闇空カオスショーが今後は風物詩として順番にイベントが開催されることが決定して。

 よし、ついに、今度こそ。本当に本当の本題に入ろうかって雰囲気になって。それで。

 これ以上の脱線はごめんだぜ、とばかりに紅桃べにももがド直球を投げつけたんだよ。


「で? 空は飛べそうなのか?」

「大丈夫よ。考えがあるの」


 投げつけられた月下さんは、ちょいげんなりしていた顔をハッと引き締め、紅桃に向かって厳かに頷いた。

 そう、そうでしたね。

 そもそも、それが本題でしたね。

 カケラ探しの旅に出るために空を飛べるようになるっていうのが、本命の本題でしたよね。前置きが長すぎて、すっかり忘れてましたけど。

 でも、これ。本題に入ってからがまた長そうですよね?

なんて、あたしは心配になったんだけど、当の月下さんは余裕の顔でこう言った。


「一つ、思い浮かんだものがあるの。こんな、闇空を飛ぶのに相応しい、ほうき以外の乗り物が」

「へえ? 乗り物なんだ」


 握りしめた右手を胸に押し当て、月下さんは闇空を見上げた。『主役は私のものよ』というセリフが、勝手に浮かんでくる。

 どうやら、アイテムの力を使って空を飛ぶっていうが、月下さんの作戦みたいだね。

 ほうき以外ってところをやたらと強調していたのは、サドル付き竹ぼうきを乗りこなす月見サンとおそろいにはしないからっていうアピールなんだろうな。まあ、おそろいはともかく、バレリーナと竹ぼうきはミスマッチだから、止めておいて正解だとは思います。

 んで、乗り物と聞いて、紅桃が少し興味をひかれたみたいだった。でも、月下さんは紅桃をスルーして、闇空を見上げたまま、何やらブツブツと呟き始める。というか、自分に言い聞かせてる?

 まあ、何にせよ。悪気があってのスルーじゃなくて、自分に集中しちゃってるだけみたいだね?

 紅桃もそれを察したのか、特に不貞腐れたりはせず、ひょいと肩をすくめると、その後は黙って見守り隊になっていた。いや、聞き守り隊かな?


「そう、大丈夫、大丈夫よ……。これなら、絶対に飛べるはず。夜空を飛んでいるシルエットが、こうしていても思い浮かぶもの。あとは、ま、魔法で、魔素に干渉し、無から有を作り出せれば……。大丈夫、だって、ちゃんと自分のま、魔法で、衣装だって何とかしたのだし。まあ、衣装は元々あった服を加工しただけだし、一度月見の魔法がかかったものだから、術の痕跡を追う感じで、何とかなったところもあるけれど……。でも、あれの応用ということよね? 無から有を作り出すと思うから、難しく感じるのよ。魔法で召喚するイメージ……。いいえ、召喚は、もともと存在するものを呼び出すわけだから……、いえ、でも。ううん、これは、術じゃない、魔法なのよ。もっと、ずっと簡単に応用が利くはず。大丈夫よ、みんなだって出来ているんだから、あんなに簡単に、空の上に何かを作っちゃえるんだから……。術師である私なら、それ以上のことが出来てもおかしくないはず。コツを、そう、コツを掴めば、コツさえ掴めば……。さっきの、衣装を……変身した時のことを思い出すのよ。あの感覚を主出しながら……イメージ、イメージするのよ。大丈夫、やれる。やれるわ……」


 バレリーナが両手で頭を抱えながら、早口で何か捲し立てとる!

 てゆーか、変身までしたのに、まだ自分の魔法に半信半疑なの!?

 あと、あと、あと! 魔法って言うだけでも恥ずかしいのか、魔法って言うたびに恥じらいつつためらってますけど! そういうのって、ためらう方が恥ずかしいと思いますよ!?

 んー、もーう! もう、もう、もう!

 月下さんは、難しく考えすぎなんですよ!

 もっと、こうノリ! ノリでいかないと!


「月下さん、月下さん。あんまり考えすぎない方が……」

「待って、星空ほしぞら

「え? 夜咲花よるさくはな?」


 魔法を使う時はさ、ごちゃごちゃ考えすぎずないで絶対に出来るって信じて勢いでポーンといっちゃうのがいいですよ!――――ってアドバイスをしようとしたら、今までずっと観客に徹していた夜咲花がストップをかけてきた。

 どうしちゃったの、夜咲花?

 首を傾げつつ夜咲花を見つめると、ゆるふわショートの錬金魔法少女は、キリと目元を引き締めて、あたしにダメ出しをしてきた。


「邪魔しちゃダメ」

「え? なんで?」

「あれが、月下の魔法の詠唱なんだよ」

「…………え? あの、自分に言い聞かせてるだけみたいなのが、魔法の呪文ってこと?」

「そう」


 真面目な顔の夜咲花と見つめ合う。

 ふざけているわけじゃなくて、本当に本気で言っているみたいだ。


「ああ、まあ、言いたいことは分かるわね。自分は魔法少女なんだって強く思って、自分の魔法を信じるのが、力をうまく使うコツだと思うのよね。あたしたちには、比較的簡単なそれが、月下美人げっかびじんにはすごく難しいんでしょ? だから、素直に自分の魔法を信じられる方向へマインドコントロールするための呪文、自己暗示の呪文ってことよ」


 はにゃ?――――って顔で夜咲花を見ていたら、ベリーが解説してくれた。

してくれたけど。

 先生、よく分かりません!

 何も言わんでも、ベリーはあたしの気持ちを察してくれて、仕方がないわねって顔をしながらも、優しく説明してくれた。

 実際には、あきれ顔だったけど。


「えーと、だから。月下美人が魔法少女に変身できたのは、見た目だけだったのよ。で、あれは、月下美人が身も心も魔法少女になるための、月下美人なりの魔法の呪文ってこと」

「んん? えと、つまり、少女を卒業しつつある月下さんが、そんな自分の心にかける呪文だから、マジカルでミラクルな感じじゃなくて、自分に言い聞かせるみたいになっちゃてるってこと?」

「……………………まあ、そんな感じね。そんな感じだけど、それ、月下美人には言わないようにね」


 あたしが、あたしなりに分かったことを伝えると、ベリーは顔を引きつらせつつも頷いた。

 どうしてそんな顔をしているんだろうって少し考えて、はい、すみませんでした。ちゃんと、自分で気づきました。

 うん。少女を卒業しつつあるお年であることを気にしている月下さんの前で、そんな現実を突きつける言葉をうっかり口にしちゃうなんて、ねえ?

 月下さんが呪文詠唱中でよかったぁ。

 聞かれてたら、あたしの魔法少女人生が終わるところだった。あぶない。


「う、うん、分かった。でも、そっか。なんか、長くなりそうだけど、月下さんが心まで魔法少女に変身するための呪文なら、仕方がないね」

「うん。そういうこと。あたしたちには簡単でも、月下美人にはそうじゃないんだよ。だから、今は見守ろう」


 どうせ聞かれてないと思ってスレスレの発言をすると、夜咲花も優しく笑いながらスレスレの見守り宣言をしてくる。

 うーん、しかし。あれが、心まで魔法少女に変身するための呪文かぁ。

 大人って、面倒くさい生き物だよねぇ、なんて月下さんに聞かれたら完全アウトなことを思いながら、月下さんの心の友……のはずの月見サンの様子を見てみる。さっきまで月下さんに足蹴にされていた月見サンは、生温い表情で月下さんの呪文詠唱を見守っていた。

 あ。月見サンも面倒くさいとは思ってるんだな。なるほど。

 まあ、でも。

 こうなったら、見守るしかないもんね。

 しょうがないな。あたしも、月下さんの真なる覚醒を見守ることにするよ。


 ……………………………………………………………………。


 ――――と、思ってからが長かった!


 既に何週目か分からない詠唱ループを聞くのにはすっかり飽きて、あたしたちは闇空をキャンパスに魔法遊びを始めていた。

 闇空キャンパス魔法でお絵描き大会、もしくは闇空風物詩コンテスト絶賛開催中なんである。

 紅葉狩りもいいよねー、とか言って、紅葉した木をいっぱい逆さまに生やしてみたり。

 キノコ型風船をたくさん飛ばしてみたり。

 口に提灯を加えた白い鳥の群れを飛ばしてみたり。

 闇空にヤシの木付きの砂浜を作って、キノコたちに波打ち際で戯れさせてみたり。

 睫毛バッチリ二重クッキリのぱっちりお目目を出現させて、パチパチさせてみたり。

 キノコがみっちり詰まった銀河鉄道を走らせてみたり。

 電飾がビカビカするクリスマスツリーの林をつくってみたり。

 闇空雪原の上に、かまくらと雪だるまをいっぱい作って、生活させてみたり。

 その雪だるまで、雪合戦をさせたら、意外と白熱して、そのうち雪キノコ対雪だるまの雪合戦大会が始まって、応援するチームを決めての観戦が楽しくて、何試合したのか分からなくなって、すっかり本題を忘れ去ったころに、ようやく。


「やった! ついに、やったわ!」


 とゆー、月下さんの喜びの声が聞こえてきたのだ。

 やー。長かったー。

 一瞬、月下さんが何を喜んでいるのか分からなくなっちゃうくらいに長かった。

 それにしても、なんで自転車?

 と思ったけど、月見サンには分かったみたいだった。


「なるほど! その手があったか! 月下ちゃん!」


 瞳を輝かせて月下さんに駆け寄ると、月下さんに向けて人差し指を突き出す。

 なにしてんだろ、と思ったら、月下さんも心得た顔で人差し指を差し出し。

 闇空をバックに、二人の人差し指と人差し指が、ごっつんこ。

 そして、見つめ合う二人…………。


 え? 何?

 これ、何の儀式なの?

 なんか、二人だけで感動に包まれているみたいなんですけど?

 いや、二人とは違う理由で感動の嵐に飲み込まれたキノコが赤い噴水を吹き出してはいますけどね?

 とりあえず、百合色胞子避けにも使ったパラソルを再び召喚してガード!

 もー。キノコにエサを与えないでくださいよー。

 本当に、何の儀式なの?

 キノコを喜ばせる以外に、なんか意味あったの?

 うーん。月下さんは、昭和の生まれの魔法少女だから、昭和の時代の何かなのかなぁ?

 …………深くは追及しないでおこう。


「てゆーかよ。チャリに乗って空を飛ぶんなら、別にジャージのままでもよかったんじゃねーの?」

「……………………紅桃」

「それ、月下に言っちゃダメだからね?」

「お気に入りの衣装かどうかって、テンションに関わるし。女子には、結構、大事なことよ?」

「…………お、おう。まあ、本人には、さすがに言わないって」


 キノコのおかげで完全に脱力モードになっていたら、紅桃が不用意な発言をかましてきた。

 あたし、夜咲花、ベリーの順で、紅桃にジト目を向ける。

 乙女心が分かってない!

 乙女心は分かっていないけど、本人にいうのがNGなのは分かっているみたいだから、まあ許すけど。紅桃はねー、地上にいた頃、妹がいたらしいんだよねー。だからなのか、女子の越えたらマズいラインってヤツを何となく分かっているっぽいんだよね。これも、妹ちゃんの教育のおかげだね。ありがとう、妹ちゃん。


 うーん、しかし、あれだね。

 真っ赤なオシャカワ自転車と、淡黄色いバレエコスの魔法少女、か。


 散々迷って躊躇った割には、己をどこまでも思い切りよく突っ切っていくよね。月下さんってば。

 うん。いいと思います。


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