目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第146話 闇空旅再び

「みんな、行ってくるわね!」


 興奮してお目目をウルウルさせながら、赤い自転車に跨った月下げっかさんが、お留守番組に『行ってきます』の挨拶をした。

 月見つきみサンと、お互いの人差し指と人差し指をごっつんこさせる謎儀式をした直後のことだったりする。


 は、早いな!

 ここまで、長かったわりに! 長すぎたわりに!


紅桃べにもも。サトーには式を飛ばしておいたわ。返事の式が戻ってきたら、アジト付近のサトー出現ポイントへ行ってみてちょうだい」

「サンキュー!」


 自身に満ち溢れた顔で月下さんが紅桃にそう言うと、紅桃は嬉しそうに笑った。

 あー。サトーさんと一緒に、闇鍋市場に行くって話、してたもんね。

 しかし、いつのまに『式』とか飛ばしてたの?

 あ、『式』っていうのはね。まあ、伝書鳩みたいな? なんか、空飛ぶ紙人形がメッセージを伝えてくれるんだよ。闇底には、スマホとかないからね。

 ちょっと、羨ましいんだよなー、あれ。


「月見。アジトのことは、任せたわね」

「おうよー! まっかせてー! 月下ちゃんも、闇底の調査、がんばってねー! いい結果、待ってるよ!」

「ええ。期待していてちょうだい」


 そして、始まる二人の旅立ちシーン。

 いよいよ。いよいよの旅立ち!――――なわけであって。

 本当ならね。もっとこう、盛り上がるシーンのはずなんだよね。

でも、あたしは。そこに乗り切れずにいた。

別にね?

 赤い自転車に乗った淡黄色いバレリーナと、ススキを背負った水着少女の別れのシーンに、ちょっと気持ちが冷めちゃった。とか、そういうことじゃないんだよ。

 まあ、確かにね。そこにちょっと、微妙感はあるんだけどさ。まあ、そんなんは今さらだし。

 そういうんじゃなくて、もっとこう。基本的な部分での疑問…………というか不安があるというかね?

 つまり、そう。あれだ。


 月下さん、本当に飛べるの?


 ………………………………。

 いや、だってさあ!

 変身したし、空飛ぶ魔法の乗り物も召喚したよ?

 でもさ、月下さん、その後月見サンと謎の儀式して自転車に跨っただけで、まだ一度も飛んでないよね?

 浮かび上がってすらいないよね? 


 本当に、このまま旅立てるのか、ハラッハラッなんですけど!?


 そっと、みんなの様子を見てみる。

 紅桃は、闇鍋市場へのワクワクで頭がいっぱいみたいだけど、ベリーと夜咲花よるさくはなは、何か言いたいのを我慢している顔をして、闇底の魔法少女のお姉さん組の旅立ちシーンを見守っている。その他のメンバーは、まあ、いつものアレなので省略で。

 これ。これさ。こんなに盛り上がっていて、これで飛べなかったら、どうなっちゃうの?

 また、あの長い詠唱が始まっちゃうんだろうか?

 そうなったら、今度はもっと長くなるような気がする。

 焦れた月華つきはなが、先に闇底パトロールに行って戻って来たのに、まだ終わってないみたいな。

 そんなことに、なりそうな気がする。

 どうしよう。

 旅立ちの挨拶の前に、とりあえず一回、飛行テストしてみませんかって、今さらだけど、言ってみる?

 そんな、あたしの葛藤に気が付いたのか、夜咲花とベリーがひそひそと声をかけてきてくれた。


星空ほしぞら。気持ちは分かるけど、今は黙って月見に任せた方がいいと思う」 

「そうね。下手に水を差さないで、たぶん、今の盛り上がっている気分のまま飛び立たせないと、一生飛べないままなんじゃない?」


 あ!――――って顔で、二人を見る。

 あー。

 あー、なるほど。そういうことか。

 うん、実を言えばさ。月見サンが普通にお別れの挨拶に付き合っているのが、なんでかなって思っていたんだよ。

 だって、いつもの月見サンなら、それを遮って「じゃあ、さっそく☆ 試乗会と洒落込もうかー☆」なんて言って、無理矢理に空飛ぶ自転車の試乗会を開催しちゃいそうだし。

 でも、そっか。それをやったら、月下さんは逆に飛ぶことを意識しちゃって、ガッタガタになりそうだもんね。

 だから、盛り上がった気分のままお別れ会を始めてしまった月下さんに付き合ってあげてるのか。

 つまり、これは、月下さんがその気になっている今、その勢いのままに空へ押し出しちゃおう作戦だったのか。

 あ、でも、そういうことだったらさ。

 あたしたちも、ここでぼんやり見守ってないで、月見サンに乗っかったほうがいいんじゃない?

 よーし!

 あたしは、ベリーの手を引きながら、ふわりと宙に浮かんだ。


「それじゃ、夜咲花、あたしたち行ってくるね! 月下さん! 頑張って、闇底とカケラの謎、解き明かしましょうね! 闇底と地上の平和のために!」

「う、うん! みんな、行ってらっしゃい! 闇底の平和は、みんなに任せた! あたしは、アジトで、祝勝会で食べてもらう、至高を超えるコロッケ試作を頑張るよ!」

「…………い、行ってきます」


 わざとらしいくらいに元気な声を出すと、二人ともすぐに、月見サンに乗っかって月下さんのその気を押し上げちゃおう作戦に気づいてくれたようだった。

 ああ、それもそっか、って顔をして、夜咲花はあたしに合わせてくれたのに~。

 ベリーの方は、一応は茶番に乗っかってきて、空に浮き上がりはしたものの、滅茶苦茶ぎこちない……。

 もーう、恥ずかしがり屋さんめ~。


「月華! 月下さん!」

「うん」

「ええ」


 二人も早くって、せかすように声をかけると、二人とも頷いて、それで。

 月華は、雪白ゆきしろと合体して、背中から白い鳥の羽を生やして、天使のように闇空に浮き上がり、そして。

 月下さんは。

 月下さんは……。

 余裕の顔で、ペダルを一こぎ。

 ご、ごくり。

 一部の人たちを除くみんなが、何にも疑ってないよって顔をしながら、息をのむ。

 すると。


 う、うい、浮い……た…………?


 いや、うん。

 浮いてはいる。

 浮いてはいるよ?

 確かに、浮いてる。

 地上五センチくらいだけど。


 いや、月下さん?

 めっちゃ、ドヤ顔してますけど、それ、いや……。


「月下ちゃん、もうちょっと、頑張ろうよ……。それ、普通に地面の上走るのと、ほぼ変わんなくない?」

「か、変わるわよ! 舗装されていない地面を走るのと、なんの摩擦もない空中を走るのとでは、大違いよ!」

「いや、そうだけどさー……。魔法少女として、それはどうなの? それってさ、月下ちゃんの嫌いな、イロモノ系ってヤツじゃない?」

「はっ! 確かに! そうね、分かったわ。やってみせるわ。術師系正統派魔法少女として、やってみせるわ!」


 あ、月見サン、みんなの気持ちを代表していただいて、ありがとうございます。

 月下さんには、えーと、こう、いろいろとツッコミどころがあるけど、うん。まあ、いいです。

 イロモノ系って気が付いてなかったの、とか。正統派?…………とか、まあ、いいです。

 ちゃんと、飛んでくれさえしたら。


「行くわよ!」

「うん! 行っちゃってー!!」


 ハンドルを握る手にきゅっと力を入れる月下さんに、テンション高めの声援を送る月見サン。

 あれは、素なんだろうか。それとも、月下さんを応援するために、わざとテンションを上げてるんだろうか。だとしたら、月見サンって、すごいなー……。


 そして。

 そして、そして。

 今度こそ?


 今度、こそ…………。

 お?

 おお?

 お!?

 おー…………。


 えーと? 

 やり切った顔で、額の汗を拭いてますが。

 もしかして、そこで終わり?

 そこで、終わりですか、月下さん?

 いや、さっきよりは浮いてますけども!


 五十センチくらいって!

 ”地上”のマジックショーとかなら、「うわー、すごーい!」ってなるとこだけど、ここは、闇底で、あたしたちは魔法少女ですよ?


 しょぼい。

 しょぼすぎ!


「あ、みんなは、もっと高いところを飛んでちょうだい。大丈夫よ、ちゃんと着いていくから」


 やり切った感満載の清々しい笑顔を浮かべるバレリーナ。開き直ってますね、月下さん?

 なんかもう、何も言えずにいると、そこでついっと月華が動いた。


「行くぞ」

「え? きゃ!」


 そして、月下さんが乗っている自転車の、ハンドルとハンドル間の辺をガシッと掴んで、そのまま上空へと昇っていく。

 ち、力技のごり押しだ!

 んん、でも、ナイス!

 ま、結局、それが一番早いよね。

 ベリーとあたしも、みんなに手を振りながら、月華の後を追いかける。


「いってらっしゃーい!」


 下から聞こえてくる、みんなの声に押し上げられるようにして。

 闇空高くへと飛んで行く。


 はー、やれやれ。

 やっと、出発ですよー。


 うーん、それにしても。

 悲鳴、可愛いな。月下さん。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?