結論から言うと。
あたしの心の叫びは届かなかった。
でも、大丈夫!
うっかり胸の内から飛び出していた、あたしの心からの叫びが、月の女神様に届いたのだ!
「あのゲコゲコ泣いているのを一掃すればいいんだな? 任せておけ」
「
そう! 今回の旅には、月の女神様のごとく強くて美しい月華様がいらっしゃったのだー!
脳内にフラワーとは関係のないお花をぱぁーっと咲かせて、ついでに蝶々なんかも飛ばしちゃったりして、空中正座で両手を組み合わせてお願いのポーズ!
月華は、あたしに向かって大きく頷くと、三日月ブーメランをどこからか取り出して、さっそく無双開始!
一掃シーンは特に見たくないので、ヘコリと頭を下げてから、あたしは視線を上に向け、も少し高度を上げる。だって、カエ……r妖魔の肉片とか飛んで来たら嫌だし。
感謝☆感激☆雨あられー☆…………とばかりに、脳内でかっわいい包み紙の飴玉を乱舞させたところで、地を這ったあげく背筋を這い上がってくるような恐ろしいお怒りの声が聞こえてきた。
「月華。そこまでよ」
カエ妖魔の合唱は、まだ聞こえて来ているんですけど?
一体、何事?
高度は保ったまま、そーっと下に視線だけを落とす。
あっ、ハイ。分かりました。
切り刻まれたカ妖魔の残骸とかは見当たらないようなので、でも、やっぱり高度は保ったまま、あたしは首を伸ばしてちゃんと下を覗き込む。
あー。これはー。盛大にやっちゃってるねー。
こういうところが、月華なんだよなー。
らしいと言えば、とっても、らしいんだけど。
心春だったら、きっと。こうはならなかったよなー。
ただのキノコのようでいて、それなりにちゃんと女の子だからなー。
「月華。泥水の中から出て、こっちへいらっしゃい? ゆっくり、ゆっくり歩いてくるのよ?」
「ん? まだ、ゲコゲコは一掃できていないぞ?」
「いいから、いらっしゃい?」
うっわー。月下さんが、氷の炎のヘビのようだ!
氷の炎のヘビ!
触っただけで相手を凍り付かせそうに冷たい氷のヘビが、シャーって炎の舌をチロチロさせてる感じ!
怖い!
なのに、月華ってば!
何をそんなに怒っているんだ、みたいな顔をしてるしー!
それでも。これ以上怒らせたらまずいな、とは思ったらしい。
不思議そうに首を傾げつつも、言われた通りにゆっくりと膝まで浸かっていた沼からぬかるみへと上陸し、数歩歩いて月下さんの前に立つ。
「私を見て、何か言うことはない?」
「……………………服の模様替えをしたのか? うん、似合っている……と思う、ぞ?」
「〇×△~~~~#$%!!!!!」
あ、ああ~。月下さん、ご乱心! 月華に突きつけた指をグルグルさせながら、何か叫んでいるけど、何を言ってるのか分からないよー!?
そして、月華さ~ん! 氷と炎に泥を注ぐのはやめてください!
まあ、何があったのかはお察しの通りですよ。
女子としての嗜みが皆無と思われる月華が、沼地なのにいっつも通りに無双しようとして本人泥まみれのあげく、盛大に泥はねさせて、月下さんが泥被害に巻き込まれちゃった感じのアレですよ。いや、もうね。泥の水玉どころじゃなくて、泥染めしてみましたみたいなことになっちゃってますよ。
ちなみに、ベリーと
…………もしかして、月下さんって。結構、ドンくさ……いやいや、何でもないです。ないですよ?
にしても、月華。服の模様替えってそんな、部屋の模様替えみたいに……。しっかも、似合ってるって、本気で思っているわけじゃなくてご機嫌取らなきゃみたいに言ってるけど、それ褒めてないよ? 何一つ、褒めてないよ?
さて。
このまま、いつ取っ組み合いに発展してもおかしくない感じのぬかるみ上の二人でしたが、闇空から降って来た大量の水によって、泥まみれ大乱闘はスタート前にあっさり終了しちゃいました。もうね、急に土砂降りの雨が降って来たとかいうレベルじゃなくて、二人の頭上に一瞬だけ滝が現れた並みの大容量でしたよ。
えーと、何事?
とか思ったていたら、パチンと指を鳴らす音がして、ずぶ濡れの二人の体が一気に乾いてふわサラッと快適な感じになった。
あ、ベリーか。
マジカルにお洗濯&乾燥まで終わらせたベリーと目が合った。あたしを見上げて、さっき指パッチンしたばかりの指で、クイクイと手招きならぬ指招きをしている。
まだ、プチ合唱は聞こえてくるし、あんまり降りたくないんだけど、仕方ないので少しだけ高度を下げる。少しだけ。
「この付近のカエル系妖魔は、全部塵にしたから」
「う、はい……」
沼地のカ……妖魔一掃じゃなければ、どこかからピョーンって飛んできちゃうんじゃないの?…………とは、言えない雰囲気。
仕方がないので、指招きに応じてベリーの頭上近くまで降りていく。
もしかして、ベリーってばあたしのために月華が切り刻んだ残骸を全部塵に変えてくれたのかな?
だとしたら、ちょっと嬉しいし。
あー、でもやっぱり! 嬉しいけど、背筋はザワザワしてるよぅ。
ベリー、手短に済ませてね?
「はい、これ。月華を後ろに乗せて、星空が操縦ね。調査が終わるまで、二人は空で待機していて。あ、見えるところにいてよね。調査に集中して、背後がおろそかになるかもしれなから、ヤバそうな妖魔が現れたら教えて。じゃ、いってらっしゃい」
怒っているというよりは、呆れている風のベリーが、どこかで見たことのある二人乗り空飛ぶ竹ぼうきをあたしに向かって差し出した。
月見さんが使っているヤツじゃなくて、ベリーが作ってくれたものっぽい。
サドルには、白と緑のチェック柄のカバー。それと、イチゴの飾りがあちこちからプラーンってしてる。
カ……妖魔の影にビクつきながらも、その可愛さにつられてイチゴの飾り付き竹ぼうきを受け取り、前座席に跨る。
チラッと月華を見ると、何やらワクワクした様子で竹ぼうきの後部座席を見つめていた。もしかして、乗ってみたかったんだろうか?
…………でも。その割には、見ているだけで、いつまでたっても乗って来ないな?
「星空。もう少し、下に降りて。その高さじゃ、さすがに月華でも飛び乗れないでしょ」
あ! そういうことか。ベリーに言われて、ようやく気付いた。
そうだよね。いくら月華でも、頭の上にある竹ぼうきに飛び乗るのは、ちょっと難しいよね。カ……妖魔を恐れるあまり、気が付かなかった。
ふーっと、一度深呼吸をしてから、慎重に降りていく。
ベリーの呆れたようなため息が聞こえてきけど、しょうがないじゃん!
そのまま、飛び立って行かなかったことを褒めてほしい!
そういうレベルなんだよ! そういうレベルで怖いんだよ!
心の叫びが伝わったのか、竹ぼうきがバイブレーションを始めた。ブルブルしながらゆっくりと降りて行き月華の腰のあたりまで辿り着くと、待ってましたとばかりに月華が飛び乗って来た。
月華サドル着地の振動が伝わり、肩と腰に月華の手が触れたのをキャッチした次の瞬間、あたしとぬかるみを繋いでいた緊張の糸が、ふつっと切れて。
あたし。あたしは。
飛び立っていた。
闇空の彼方へと。
「星空。星空。離れすぎだぞ?」
月華に肩を揺さぶられながら名前を呼ばれてハッとなった時には、これが“地上”だったら大気圏に突入しちゃってたのでは?…………って、くらいの高みまで昇っていた。
見えるところにいてって言われていたのに、沼地にいる組は豆粒どころか塵ほども見えない。てゆーか、沼地がどこかもよく分からないレベル。
あっちこっちに、仄かな光の塊があるっぽいなーってレベル。
赤に黄色に緑にオレンジに……。
結構、いろんな光があるな。おんなじ色が固まっているところもあれば、いろんな色が入り混じっているところもある。あれは、何が光っているんだろう? 気になる。
ちょうど真下には、白っぽい黄色の光が見える。たぶん、ホタルモドキの光。あそこが、沼地なんだろうな。真っすぐ急上昇したはずだし。
「星空。ここからでは、下の様子が全く分からない。もう少し下に降りてくれ。雪白は、戦うのはあまり得意ではない。出来れば、雪白の近くがいい」
「は、はい! すぐ、降ります!」
こんなに高いところまで昇ったのは初めてで。
初めて見る、人口的な夜景とは違う、自然な光の幻想的な闇景にすっかり目と心を奪われていたら、月華に肩を叩かれた。
声に潜む微かに心配そうな響きに気が付いて、あたしは慌てて急下降を始める。
さっきよりはマシだけど、エレベータ並みの浮遊感を味わえる急下降。
後ろから、ほっとした気配が伝わって来た。
そっか。雪白は、戦うのは得意じゃないんだ。
うんうん。それは、心配だよね。
二人(いや、一人と一匹か?)の絆を感じて、ほっこりとした気持ちになる。
カ……妖魔のいる沼地に近づくのは怖いけど、星空、頑張るよ。
はー。でも。
月華が一緒でよかった。
あの時、頭真っ白だったもん。
あたし一人だったら、きっと。
ブレーキの壊れたなんちゃらみたいに、どこまでも昇りつめちゃってた。
星空ってば、危うく。
闇空のお星さまになっちゃうところだったよ。
星空だけに、キラッとね☆