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第159話 星空のお仕事

 おっきくお口をアーンして、星の砂浜に横たわって眠るオマツリチョウチンアンコウさん。

そのお口の中は、しっとり涼しかった。

 それもね。生臭い感じの、嫌なしっとりさじゃなくて、近くに滝とかがあるみたいな、マイナスイオン系なしっとりさ加減。だからと言って、気分もリフレッシュ! するかと思うと、そこはちょっと微妙なんだけど。

いや、だって。お魚妖魔さんのお口の中なことには変わらないし。眠っているだけで、生きているって言うし。

 でもでも。生きているっていう割には、あんまり生っぽくないんだよなー。お口の中の肉壁の色も、赤とかピンクじゃなくて、紺色だし。岩みたいに固いし。

 あたしたち全員がすっぽり入っちゃう大きさでね、喉の奥に繋がっている通路も、食道っていう感じの生々しさはないんだよね。お肉っぽくないっていうか。本当に洞窟みたい。

 で、そのお口の中は、意外と明るかった。

 お口の天井からね?

 豆電球サイズのお祭り提灯が、いい感じに吊るされているのだ。

 足元の方は、こう、縁からぐるって、いろんな色の透明な水晶みたいなのが、シャキーンって飛び出している。もしかして、歯なのかな? 洞窟感が満載過ぎるんだけど。


 天井の豆提灯は、喉の奥の方まで続いていた。

 シャキシャキ水晶も、食道洞窟の通路の壁とか床とかから、ちょっとだけ飛び出しているみたい。

 うーん。

 なんかさ。お魚の形をした洞窟の中を、何かのイベント会場にしてみました! みたいな、そんな匂いがするのですが。あたしの気のせいですか?

 胃の中で、ライブとか始まっちゃう?

 それとも、盆踊り大会かな?


「二人は、この奥に進んだことはないのよね?」

「ないわ。外から、口の中に人影が見えないか覗いてみるくらいね。」

「ルナとは、どこで出会ったの?」

「下の砂浜で、色つきの砂を集めてたわね。だから、誰か現れるなら砂浜の方だと思って、いくら眠っているとはいえ、わざわざ妖魔の中に入ろうとは思わなかったよ。誰かいないかどうかだけ分かればよかったし、あんまり傍まで来たことなかったのよね。口の中が光っていたのは、てっきり光る苔か何かのせいだと思ってたわ。まさか、こういうことになっているとはね……。もしかしたら、奥に何かが住み着いている可能性があるわね、これは」


 ほえーっとお口の中を見学していたら、月下げっかさんと雪白ゆきしろがキリリと真剣に話し始めた。あたしとしては、ルナとの出会いが気になったけれど、その辺はあっさりと終わってしまった。残念。後で聞いてみよう。

 決意を固めていたら、月下さんがギラリと瞳を輝かせて、ちゃきちゃきと仕切り始めた。

 やる気だ。


「まあ、行ってみれば、分かることよ。何にせよ、明かりがあるのは、助かるわね。とりあえず入り口の辺りは二人くらいは並んで進めそうな広さがあみたいだし、星空ほしぞらとベリーは並んで進むといいわ。私が先頭を行くから、その後を星空とベリー、殿は月華つきはなと雪白に任せるわ」

「ラジャ!」

「任せて」

「分かった」

「了解よ」


 みんなの返事を聞き届けて頷きを返すと、月下さんは颯爽とオマツリチョウチンアンコウ洞窟の奥へと進んで行く。

 ちなみに、あの赤い自転車は、お外でお留守番してもらってます。

 で。雪白には、念のため月華と合体してもらってます。翼の生えたセーラー服美少女の翼の部分担当!

 ……………………ん? ちょっと、待って。ベリーさ、月下さんに「任せて」って返事していたけど、なんか任されてたっけ……? はっ! まさか、あたしのお守とか……? 

 いや、待って!

 今回は、二人が暴走して罪のない妖魔を殲滅しちゃったりしないように、あたしの方こそ二人の面倒を見るつもりなんだけど!?

 むー!――――とか、頬っぺたを膨らませていたら、さっそく足元から生えていたシャキシャキ水晶に躓いて、月下さんの背中に激突してしまった。

 巻き込んで一緒に転んじゃうかと思ったけれど、月下さんは余裕であたしを受け止めてくれた。見た目は華奢なのに、意外と逞しいんですね。

 はい。ごめんなさい。気を付けます。しょんぼり。


「星空。あんたは歩かないで、飛んでなさい」

「ふぇ? 飛ぶ?」

「そ。ふわって浮いた状態で、ゆっくり進めば転んだり激突したりしないで済むでしょ? たとえ星空でもさすがに」

「あ、そっか……って、一言余計ー!」

「ふっ」


 がっくりしながら歩いていたら、隣のベリーからアドバイスがきた。一言余計だけど、それ、いい考え。通路の端の方に生えている水晶は、シャキーンって感じで、膝くらいまでのもあるんだけど、真ん中あたりに生えている水晶は、シャキシャキって感じで、高くても踝くらいまでだから、五センチ……いや、十センチくらいふわってしとけば、大丈夫そう!

 ふ、ふっふー。あたしより背が高い月下さんを見下ろす感じになるのは、悪くないなー。

 気分がいいので、ベリーが最後に鼻で笑ったことも、気にしないでおいてあげるよー。

 それになんか、ベリー。さっきよりも、肩の力が抜けたみたい? もしかして、緊張してたのかな。妖魔の中に入るの、嫌がっていたもんね。その後、好戦的になっちゃったから、忘れちゃってたよ。ごめん。

 でも。あたしのおかげで、緊張が解けたってことだよね? そうだよね?

 結果的に、星空、いい仕事したってことだよね?

 うん。そういうことにしとこ。


「それにしても、この豆提灯、何なのかしら? 元々、こういう妖魔なの? それとも、他の誰かが後から設置したものなの? だとしたら、ちょうどいい感じに眠りについた大型妖魔を利用している何者かがいるってことよね?」

「どうかしらね。まあ、ここまで来たら、行ってみた方が早いわよ」

「………………いや、うん、その。まあ、そうなんだけど。……ぎ、議論にならない」


 あたしのおかげですっかり緊張がほぐれたベリーが、さっそく頭よさげなことを言い始めた。けど、話に乗ってくるかと思った月下さんは、先を急いでいるのか、あっさりすげなくスパンってしちゃった。今度は、ベリーががっくり肩を落としちゃったので、ここはあたしがと張り切ってみる。

 ちなみに、こんな時に助け船を出してくれそうな雪白は、合体している月華と一緒に少し遅れてついて来ていて、何やら月華にお説教をしているようです。月華ってば、何しちゃったんだろ? まあ、深刻な感じじゃなくて、お姉さんが妹のいたずらを叱っているみたいな微笑ましい感じのやつなので、あっちは放っておくことにしてます。

 さ、こっちはこっちで、議論議論。


「え、ええと。誰かが、胃袋をお祭り会場にした、とか? ちっこい妖魔が、頑張って提灯の飾りつけをしたのかと思うと、ほっこりがじわじわしてくるよね」

「いや、雑談をしたいわけじゃなくて……」

「え? 議論をしたつもりだったんだけど?」


 あ、あれー?

 月下さんに変わって、真面目に議論したつもりだったのに、雑談扱いされちゃったよ?

 どーゆうこと?


「…………ていうか、月下美人って、アジトにいた時はもっと落ち着いていて冷静で、理知的なタイプかと思っていたけど……。意外とそうでもないっていうか、本当はむしろ、脳筋タイプだったりする?」

「あー……。言われてみれば、そうかも。アジトにいた時は、隠居してたから、かな。その前は、月見サンと二人でノリノリで旅してたみたいだし、むしろこっちが本来の月下さんなのかも……」

「なるほど。ものすごく、分かりやすい説明ね」


 あたしの議論を雑談扱いしてきたと思ったら、ベリーさんってば今度は、こそっとあたしに耳打ちしてきた。ご丁寧に、自分もちょっと浮き上がって。

 まあね。これ、月下さんには、聞かせられないしね。

 そして、うん。そうなんだよねー。

 月下さんってば、いろいろ何かこう、難しいことを言ったりもするけれど、肝心なところでは結構さー、なんてゆーの? 猪突猛進?……な感じがするんだよね。今回の旅立ちだって、ほぼ月下さんの勢いだけで決まったようなもんだし。

 昔、月下さんと二人で旅をしていたことのある月見サンは、そのことをむしろ喜んでいるみたいだったから、たぶん。たぶんお姉さんの仮面を外した月下さんは、意外と結構、やんちゃさんなのかなー、なんて思ったりしてる。

 ベリーは、月見サンの名前を聞いたとたん、「ああ」って顔をして、ふわっと地面に戻っていった。

 うむ。我ながら、いい説明をした。

 だってねー。月見サンのあのテンションにノリノリでついていけるって、相当だよね?

 お互い、アジトでお留守番しているはずの月見サンに思いを馳せていたら、お説教タイムが終わったらしき月華たちが追い付いてきた。


「この妖魔。眠っているだけなのは、間違いないけれど。これ、このまま永遠の眠りになってもおかしくない感じかもしれないわね」

「おじいちゃんの妖魔ってこと?」

「まあ、そんな感じね。たぶん、これが生きている間の最後の眠りなんじゃないかしら」

「…………そうなのね」


 妖魔撲滅派のベリーも、おじいちゃん妖魔の最後の眠りって聞いたら、少ししんみりした気持ちになったみたいだね。後ろから話しかけてきた雪白に少し沈んだトーンで返事をしながら振り向いて、そして、一瞬だけ固まった……?

 一体、何が?

 視線を追いかけて…………あたしは納得した。

 ベリーが固まったのにも、さっきの雪白のお説教の意味にも。

 めちゃくちゃ納得した。


 月華が、微妙に絶妙に輝いているのだ。


 いや、まあね?

 月華そのものが、いつも月そのもののように光り輝いているけどね?

 いや、そのね?

 なんていうか、オーラがあるとかそういうんじゃなくて、物理的に輝いているっていうか、ね?

 えーと、つまり。月華ってばさ。

 天上から吊るされてたミニ提灯を体に纏わりつかせて、なんか嬉しそうにしています。はい。

 天井からむしり取ったミニ提灯を自分の体にデコレーションしたんだと思われますが、えーと。ファッションっていうよりは、ミニ提灯付きのクモの巣に頭から突っ込んでいって絡まっちゃっいましたみたいな有様なんですが?

 え、と。どうしよう。似合っているとか、褒めてあげた方がいいのかな?

 そ、それとも。そんな提灯で飾らなくても、月華本人が十分すぎるくらいに輝いてるよとか、言っておくべき?

 星空も、別にそんなにセンスがいいわけじゃないし、ファッションとかそんなに詳しくないけど、個人的には、正直。

 ミニ提灯で飾らない方が、光り輝いていると思います。

 あとなんか、心春っぽさがあるっていうか。ほら、心春もキノコをミニキノコ電飾で飾り立てているし。もしかして、羨ましかったの? ううん、月華ならあり得る。

 うーん。ファッション的にも、キノコ心情的にも、心の底からやめて欲しい。

 でも、ミニ提灯を乱雑に纏う月華は、ほくほく嬉しそうで、もっと素材の魅力を生かした方がいいとかキノコの真似は止めた方がいいとか、言いにくい雰囲気なんだよね。


「このミニ提灯なんだけど、これって妖魔の一部なの? それとも、他の誰かが後付けしたもの? どう思う?」

「そうねぇ……」


 ああ。あたしが、なんて声をかけようか困っているというのに。ベリーさんは、月華のこと、スルーしちゃうんですね。月下さんは、振り返りもしないで、ずんずん進んでるし。

 どうしよう。ここは、あたしが月華に何か言ってあげるべき? 

 …………あ、でも別に、月華本人は、ミニ提灯ファッションに何の反応も返ってこないことを気にしてないみたいだな。

 うん。あれは、あれだな。お洒落とかそういうのじゃないな。

 誰かに見てほしいわけじゃなくて、やってみたかっただけみたいな。やってみただけで、満足みたいな。

 だからこそ、お洒落とかじゃなくて心春の真似疑惑が濃厚なんだけど。すごくイヤなんだけど。

 うん。ここは、温かく見守っておくだけにしておこう。

 しょうがない。あんなに嬉しそうな顔見たら、何も言えないよ……。

 良かったね。月華…………。

 そして、喜んでいる月華と項垂れているあたしを余所に――――。


「確証はないけれど、足元の水晶は、恐らく自然に生えてきたものだと思うわ。でも、このミニ提灯は、どっちとも判断がつかないわね。頭の上にあった提灯は、天然ものだと思うけれど。こっちは、どうかしらね。魔素の流れ的に見ても、誰かに干渉されているような、この妖魔の一部でもあるような……むしろ、どっちでもあるような?」

「どっちでもあるような? カケラサーチライトが妖魔の全身を覆っていたこととか、関係あると思う?」

「そうね、関係していそうね。どういうことかは、分からないけれど。胃の辺りに到達したら、もう一度サーチしてみて、カケラ本体がどこにあるのか、どういう状況にあるのかを確認してみましょう。これ以上の議論は、それからね」

「そっか……」


 こっちはこっちで、難しい話をしてるな。

 てゆーかベリーってば、よくそんな話をしながら躓かないで歩けるよね。

 もしかして、つま先にも目がついてたりしない?

 あー、それにしても。雪白がいるなら、ルナのこと聞いてみたいのに、そんな雰囲気じゃないな。

 二人とも、考え事タイムに入っちゃったみたいだよ。

 ちぇー。


「そろそろ、着くわよ」


 話し相手がいなくてつまんなくて、ふよんふよんしながら進んでたら、月下さんが鋭く声を飛ばしてきた。

 月下さんの背中越し、ミニ提灯がずらっと並んで吊る下がっている通路の先に、青白い光の壁が見える。

 え? 行き止まり?

 …………かと思ったら、違った。

 壁だと思っていたものが、ちらっと揺れて、波打った。

 うん。壁じゃない。壁じゃないね、あれは。


 …………カーテン?


 青白く光るカーテンの向こうに、胃袋のお部屋がある、のかな?

 あのカーテンは、胃袋のお部屋で暮らしている誰かが取り付けた、とか?

 それとも、オマツリチョウチンアンコウさんに元からあった……なんてこと、ある?

 あったとしたら、なんていうか、今更かもしれないけど。


 妖魔の体って、不思議だよね?


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