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第162話 闇底の幽霊少女

 大騒ぎしながら宙をすっ飛んで来たあたしたちを、幽霊さんは静かに待ち構えていた。

 初対面なので失礼に当たらない距離でストップして、まだ騒ぎ続けている月下げっかさんは自転車にのせたままの状態で、少し離れた空中で待機させて。

 さて、なんて挨拶しようかって考え始めたら、幽霊さんのほうから声をかけてくれた。


「あ、あの、はじめまして。その、みなさんは、魔法少女のコスプレ?…………中にお亡くなりなってしまった、幽霊の方たちなのでしょうか? そ、その。いろいろ、ご愁傷さまです」


 そして、礼儀正しく深々とお辞儀をしてくれた。

 ペンギンさん成敗については何も言っていないところをみると、大声を出したから気づかれちゃっただけみたいだね。ペンギンさんたちが逃げ惑っていたのも、大声にびっくりしたってだけなんだろう。よかったー。

 それについては、本当によかったんだけど。ね?

 いや、待って?

 これは、魔法少女のコスプレじゃなくて、あたしたち、一応本物の魔法少女だし。幽霊じゃないし。あと、それから。

 いろいろご愁傷さまですって、どういう意味?

 特にその「いろいろ」の部分。

 言いたいことがいろいろあり過ぎて、どこから答えたらいいか迷って、頭の中をぐるっと一回転している間に、言いたいことが一つしかない月下さんが、吠えるように叫んだ。


「私たちは、幽霊なんかじゃありません! そもそも、この世に幽霊なんて存在しません!」


 赤い自転車に跨った淡黄色い衣装のバレリーナが、空中から鬼のような形相で吠えている。

 ちょ、月下さん、落ち着いてください。

 いくら相手が幽霊さんでも、なんかいろいろ怖いですから。主に月下さんのお顔が。

 大丈夫かな、幽霊さん。怖がってないかなぁ?

 大人しそうな子に見えたから心配になったんだけど、幽霊さんは鬼のようなバレリーナに吠えられたことよりも、もっとずっと気になることがあるようだった。


「幽霊なんて、いない? じゃあ、それじゃあ。わたしは、一体なんなの? あなたたちは、何なの? ここは、どこなの? わたしは、どうしてここにいるの?」


 儚げに揺れる瞳で、静かに問いかけてくる。物静かに怒涛の質問攻め。

 しかも、なんか。迂闊なことを答えたら、壊れて悪霊になってしまいそうな、そんな危うさがある。

 どうしよう。なんて答えればいい?

 うまく言葉が出てこなくて、口をパクパクさせていたら、ベリーがずいと一歩前に進み出た。


「私たちは、魔法少女。そしてここは、闇底。あの世でも、この世でもない世界。異世界ってヤツかしら?」

「異世界の、魔法少女……」

「そうよ。私たちは、異世界・闇底の魔法少女よ」


 バーンとベリーが胸を張った。張れる胸があるのが、羨ましい。

 幽霊さんは、イチゴショートケーキ風コスチュームの魔法少女を、眩しそうに見つめた。それから、青空っぽいコスのあたしを見て、ちょっと安心した、みたいな顔になる。……何に安心したのかは、聞かないことにする。きっと、一番正統派っぽいあたしのコスに安心したんだよ。お胸のサイズとか、関係ない。そういうことにしておく。

 で、幽霊さん。安心した後はハッと息を呑んで、うっとり惚れ惚れとしたお顔になって、それからハタと気づいて不思議そうに首を傾げた。白い翼を生やしたセーラー服の超絶美女神に見惚れた後、その神々しいまでに美しい体に絡みついているミニ提灯の不釣り合いさに首を傾げたんだろうな。月華つきはなの中身を知っていると、あれはあれで、ある意味似合ってるんだけどね。

 最後に幽霊さんは、チラッと上の方を見て、あたしでも分かるくらいに無理やりに無表情を作って、あたしとベリーに視線を戻した。

 ああ。月下さんが、触れてはいけない何かみたいな対応をされている。

 ま、まあね。空飛ぶ赤い自転車に跨った鬼のような形相のバレリーナだもんね。関わったらいけないナニカ的な対応になっちゃうよね。うん。分かる。

 えーと、どうしよう。月下さんのことは、このままスルーしてもらって、あたしたちがお話を聞かなきゃだよね? となると、まずは自己紹介からかな? ちょっとだけ今さらだけど、やっぱり大事なことだしね。あたしたちだけでも自己紹介して、いろいろお話を聞かないと。

 でも、ここはやっぱり、ベリーからだよね?

 あたしはベリーの隣に一歩足を進めて、チラッチラッと合図を送ってみた。

 あたしの視線には気づいていないみたいだけれど、ベリーは幽霊さんに向かって口を開いた。


「浴衣ってことは、お祭りの途中で、ここに彷徨い込んだのかしら? ここに来るまでと、ここに来てからのことを教えてもらえる? 教えてもらえれば、私たちの方からも教えてあげられることがあるわ」


 でも、そのお口から出てきたのは自己紹介ではありませんでした!

 え、ええ!?

 自己紹介も挨拶もなく、いきなり核心!?

 びっくりだけど、聞いちゃったものは仕方がない。ここからいきなり、あたしが一人で自己紹介を始めたら、むしろあたしの方が空気を読めない変な人になってしまう。こ、ここは、幽霊さんの様子を見守ることにしよう。で、「いきなりそんなこと聞くなんて、失礼じゃないですか?」的な反応だったら、「ですよねー。まずは、自己紹介からですよねー」みたいな流れに持って行こう。そ、そうしよう。

 押せ押せのベリーにオロオロしつつも、あたしは幽霊さんのお返事をハラハラして待つ。

 幽霊さんは、少しだけ遠くの方を見つめた後、意外にも素直に「核心」についてお話してくれた。

 もしかしたら、幽霊さんも誰かに聞いてほしかったのかもしれない。

 ベリーの交換条件が、気になっただけかもしれない。

 両方かも知れない。

 どちらにせよ。あたしたちは、黙って幽霊さんのお話に耳を傾けることにした。


「………………うん、そう。お祭り、だった。友達と三人で、一緒に回ろうって、ずっと楽しみにしていた。楽しみ過ぎて、待ち合わせの時間よりも早くに、待ち合わせ場所に着いちゃうくらいに。でも、みんなを待っている間も、楽しかった」


 遠くを見つめたまま、半透明に揺らめく幽霊さん。

 もしかして、オマツリチョウチンアンコウさんがお祭り仕様なのは、この子の未練が影響しちゃったりしてるんだろうか?

 この子は、白い蝶々を見たのかな?

 このお話の感じだと、きっとお友達と合流する前に闇底に彷徨い込んじゃったんだよね。きっと。それで、悪い妖魔に食べられて。でも、楽しみにしていたお祭りに参加できなかったのが心残りで、それで幽霊になっちゃったのかな……。

 うう。続きを想像するだけで、胸の奥がきゅってなるよぅ。

 みんなも同じ気持ちなのか、誰も、無理に続きを促そうとはしなかった。

 暫しのユラユラの後に、幽霊さんは続きを話してくれた。

 それは、あたしの想像を遥かに超える、衝撃的な内容だった。


「みんなを待っていたら、誰かが後ろからぶつかってきたんです。『ゆみこ、絶対に許さないぞ』って言いながら。背中が、すごく熱くなって、なぜか目の前に草むらがあって。わたし、ゆみこじゃないのにって思いながら、コオロギが飛び跳ねていくのを見ていました。そのまま、目の前がフッと暗くなって。気が付いたら、ここにいて。空から自分の体を見下ろしていました。背中にナイフが刺さっていて、買ってもらったばかりの浴衣は、真っ赤に汚れていました」


 電波が悪いみたいに、ユラユラが激しくなった。

 ううん、それよりも。そんなことよりも。

 え? 何? どういうこと?

 つまり、この子は。

 闇底で、妖魔に食べられて幽霊になったわけじゃなくて、そうじゃなくて。

 しかも、人違いって。

 何、それ。そんなの、ひどい。


「ああ、わたし、死んじゃったんだな。死んで、幽霊になっちゃたんだな。きっと、ここは黄泉の国への途中のどこかで、黄泉への旅路のどこかで、迷子になっちゃったんだなって、そう思っていたのに。ここが、魔法少女たちの住む異世界だったなんて」


 ユラユラが、治まった。

 幽霊さんは、真っすぐにあたしとベリーを見つめている。

 その次のセリフは、さっきとは違う意味で衝撃的だった。


「つまり、わたしは。異世界転生に失敗して、魔法少女に生まれ変わるはずが、幽霊少女になってしまったということなんでしょうか?」


 すごく真面目な顔で、幽霊少女が問いかけてくる。

 あたしは確信した。

 この子に起こった現実は、とても残酷なものだったけれど。

 でも、この子は、きっと。

 たとえ、幽霊少女だったとしても、この闇底でうまくやっていけるはずだと。


 問題は、ただ一つ。

 …………幽霊は、魔法少女になれるんだろうか?


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