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第163話 月は無慈悲な闇底の女神

 幽霊少女の、闇底前・闇底後の話を聞き終えて。

 いろんな意味で、何とも言えない微妙な感じの沈黙の後。

 ベリーはしばらく考え込んだ後、無言のまま、左横へと視線を流した。

 あ、あれ? お話は、もういいの?…………と、思いつつも。

 つられてあたしも、左横を向く。

 向いた先には大きな岩があって、そこにペンギン妖魔さんたちが密集していた。

 も、もしかして、隠れてこっちの様子を窺っているのかな?

 みんな、猫さんならシャーって言ってそうな警戒心バリバリのお顔で、こっちを見てるよ?

 威嚇しているお顔も可愛いけど、なんだろう?

 岩を取り囲むように寄り集まっていて、ううん、なんか、何かを守っているような?


 はっ! もしや、岩の向こうには子ペンギンがいるのでは!?

 みんなで、子ペンギンを守っているのでは!?

 み、見たい!!

 でも、警戒されているし、ここは慎重にいかねば!

 子ペンギンをびっくりさせるわけにはいかん!


 荒くなった鼻息を落ち着けるために、まずは深呼吸。

 大きく息を吸い込んだところで、落ち着いたトーンのベリーの声が聞こえてきて、あたしは吐き出す寸前の息を止める。

 氷のバットで、頭をカッキ―ンされたみたいになった。


「あそこに、あなたの体があるのね?」

「………………はい、そうです」

「行ってみましょう。まだ息があるかもしれないわ」


 一拍置いて、ベリーに頷いた幽霊少女に被せるようにして、月下げっかさんが鼻息も荒く、異論は許さないとばかりに言った。

 押しとどめていた息を、ぶはって吐き出す。

 月下さん。さっきまで、死体のように押し黙っていたのに。

 幽霊少女が幽霊さんじゃない可能性を見出して、一人で勝手に元気になった。

 いや、でも。死体とご対面するのはちょっと怖いけど、生きているなら早く行ってみた方がいいよね。

 いいと思うけど、いや、でもね。そうすると、この透明な体は一体?


「………………幽霊はダメなのに、生霊ならいいの?」

「ああ…………。意識だけを飛ばす術があるのよ」

「あー……。術と同じ原理だから怖くないって、無理やりに思い込もうとしているのね」

「そこ! ごちゃごちゃうるさいわよ! いいから、行くわよ!」


 ポソリと零れたベリーの呟きを雪白ゆきしろが拾って、呆れたムードが漂いだす。目ざとく気付いた月下さんが、キッと目じりを吊り上げながらそこを一喝。

 なるほど、生霊。

 その可能性が…………いや、雪白の反応ぶりからして、なさそうだね。

 やっぱり、この子は幽霊さんなのか。

 でも、月下さんは、聞く耳持たぬって感じですっかり臨戦態勢。

 ぺ、ペンギンさんたちが警戒モードに入っている。

 このままでは、ペンギンさんたちと戦うことになってしまうかもしれない。

 こ、ここはあたしがなんとかせねば!


「待ってください、月下さん! ペンギンさんたち、あの子のことを守ろうとしているのか、すごい警戒していますし、まずは落ち着きましょう! その勢いのまま突撃したら、ペンギンさんたちに立ちふさがれちゃいますって!」

「あら、上等じゃない。ペンギンごとき、一匹残らず蹴散らしてあげるわよ!」

「ま、待ってください! あの子たちは、みんな優しいいい子たちなんです! 乱暴しないでください! わ、わたしがみんなを説得しますから!」

「仕方ないわね。少しなら待っていてあげるわ。手早くお願いね」

「は、はい! ほんの少しだけ、ほんのほんの少しだけ待っていてください!」


 幽霊少女は、大岩に向かって、文字通りすっ飛んで行った。

 てゆーか、月下さん。

 幽霊じゃないかもとなったとたん、強気ですね? 

 それとも。怖さを誤魔化すために、勢いに頼り過ぎて結果こうなっちゃった感じなのかな。

 毛を逆立てた猫状態の月下さんを、生ぬるく見つめていたら、幽霊少女の声がここまで聞こえてきた。


「みんな、落ち着いて! この人たちは、魔法少女なの! だから、大丈夫なの!」


 ……………………………。説得?

 なんだろう。

 大人しそうな、普通の女の子だと思ったのにな。

 あたしとは違う方向性のポンコツ臭を感じる。

 さすがにこれは無理だろうと思ったんだけど、ペンギンさんたちがざわめき始めた。「魔法少女」って繰り返す声が聞こえてくる。

 喋れるんだ……。

 でも、声はねぇ、大人の声だった。成人済みのペンギン妖魔さんだった。

 ちょっとだけ、がっかり。


「魔法少女…………」

「魔法少女」

月華つきはな?」

「…………月華」


 お?

 魔法少女に交じって、月華って単語が聞こえてきますよ?

 ま、まあ。月華は妖魔たちの間でも有名人みたいだからなぁ。

 チラッと月華を見ると、月華にも聞こえていたみたいだった。

 ペンギンさんたちが集う大岩に向かって、大きく一歩踏み出す。

 月のスポットライトを浴びたみたいに……、いや、違うな。月華自身が月のスポットライトになったみたいに、美しさで光り輝くその姿。そして、頭と体に纏わりつくミニ提灯の、エフェクト的な意味じゃなくて本物の灯りが、なんかむしろ、その神々しさを微妙に台無しにしている。

 でも、中身を知っていると、それこそが正しく月華ってカンジでもある。

 神々しく輝く月華は、女神のごとく厳かに告げた。


「月華は、私だ」


 冷酷で無慈悲な月の女神様みたいな響きの、よく通る声。

 実際、月華は。

 ほとんどの場合において、妖魔に対しては冷酷で無慈悲だ。

 そんな、冷酷無慈悲に妖魔無双をする噂が、ペンギンさんたちのお耳に入っちゃったりしちゃったりしてたってことなんだろうか。


「「「「「「「ははーーーーーーーっっ!!!!」」」」」」」


 ペンギンさんたちは、大岩の左右にザザッと二つに分かれると、一斉にひれ伏した。

 いや、ひれ伏してはないな? ひれをピーンって前に伸ばして、体を斜め前に倒した姿勢で固まっている。

 うん。ひれ伏すっていうよりは。


 失敗したアーチみたいだね。


 や!

 可愛いけど!!

 可愛いけどね!?

 ………………声以外は。


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