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第164話 あの子の闇底耐性

 結論から言おう!

 幽霊さんは、幽霊じゃなかった!


 ペンギンアーチを潜り抜けて、いや、潜ってないな。通り抜けて、岩場の後ろに回ってみれば、そこには。

 幽霊少女の本体が、横たわっていたのだ。

 胸から下を、星砂に埋められた状態で。埋められたっていうか、胸から下に星砂をかけられて、こんもり盛られた状態で。

 浮かれた夏のビーチでよく見かけるアレな感じのソレな感じで。みんなにわーって、砂を盛られて、そのままうっかり眠っちゃったみたいな、そんな風情。

 砂からはみ出た肩の部分に、浴衣の布地が見えるのが、ちょっとした違和感。あと、顔色も。人違い通り魔さんに刺されちゃったせいで、浴衣少女の顔色は、ひどい貧血を起こしている人みたいに真っ白だった。

 星砂に埋められているのは、治療のためなのか。それとも、埋葬のためなのか。

 確かめるのが怖くて二の足を踏んでいると、月下げっかさんがスッと進み出た。本体さんのお顔の横にしゃがみ込んで、お口とお鼻の辺りに手を翳す。

 スケスケの霊体は怖いのに、こっちは怖くないんですね。


「辛うじて、生きてはいるみたいね」

「え!? つまり、私は、幽霊少女ではなくて、生霊少女だということですか!?」


 走りかけた衝撃は、当の本人の微妙なポンコツ発言のおかげで、お空の彼方に飛んで行った。本来なら、もっとシリアスな展開になってもいいはずなのに。一見おとなしそうに見える、幽霊……じゃないんだっけ。生霊少女さん本人が、ポンコツ展開へと導いていく……。

 コメディーにもシリアスにもなれない、この微妙な空気、一体どうしたら?


「…………ベリー、念のため、カケラサーチをしてもらえる?」

「え? でも、その子は…………」

「ああ、大丈夫よ。一刻を争うような状態ではないわ。むしろ、何もしなければ、ずっとこのままなんじゃないかしら?」

「……………………分かったわ」


 生霊少女の、どこか能天気さが漂う発言を無視して、月下さんはベリーを見上げた。あえて無視したっていうよりは、そもそも聞いてない風ではあるな。ベリーは、その子を放ってそんなことをしている場合なのって感じでとまどったけど。月下さんが言うには、そんなことをしている時間があるみたいだった。

 まだとまどいを残しつつも、ベリーは頷いた。そして、胸元のカケラサーチペンダントに手をかける。

 呪文はなかった。

 まだかすかに残っている、シリアスな空気が完全に消えてしまわないように気を使ったのかもしれない。呪文ありの方が、あの子は喜ぶと思うけど。…………あ、だからかな。

 そういうシーンじゃないと思うのに、当のご本人様にシリアスさをぶっ壊されると、どうしていいか分からなくなるもんね。

 すでにそうなりつつあることからは目を逸らして、光の行方を追う……追う…………追う…………までもなかった。

 え?

 どういうこと?

 光の先は、真っすぐ星砂に埋められた本体を貫いている。ちょうど、お腹の当たり。それもびっくり何だけど、さらにびっくりなことがある。

 貫いた光は、本体全体を包み込んでいる。そしてさらに、その光は。

 胃袋広場全体に広がっていったのだ。

 半透明の生霊さんと、あたしたち魔法少女、それからペンギン妖魔さん以外の全部が、光に包まれている。

 え? なに、これ?

 どういうこと!?


「ねえ、あなた。カケラを見なかった? ガラス玉が落ちて割れたみたいな、カケラ」

「…………え? カケラ、ですか? 見……た覚えはありませんが、そういえば……。意識が遠のく直前に、何か硬いものを握りしめたような感触が、あったような……、なかったような?」


 事態についていけずに、ふぁってなっていると、月下さんの冷静な声が聞こえてきた。ワンテンポ遅れて、生霊さんの答えが聞こえてくる。たぶん、生霊さんもふぁってなっていたんだろう。


「あなたを砂に埋めたのは、あのペンギンたちなのかしら?」

「え? いえ、違います。幽霊……じゃないんでしたっけ? え、と、生霊になって見下ろしたときには、体の方はもう、あの状態でした。そもそも、ペンギンさんたちがここに来たのは、その後のことですし」

「そう。分かったわ」


 あ、そうなんだ。

 ペンギンさんたちは、ここの先住妖魔じゃないんだ。

 まあ、だから月華つきはなの噂も知っていたんだろうけれど。

 闇底をヨチヨチと旅してまわるペンギン妖魔の群れを想像すると、脳内に涎が溢れくるな。

 あれ? でも、ペンギンさんって飛べないよね? ペンギン妖魔さんたちは、どうやってオマツリチョウチンアンコウさんのお口の中へ入ったんだろう。結構、高さがあったよね?

 妖魔だから、実は飛べるのかな?

 んー?


「あの、みなさんは、そのカケラを探しに、ここまでやって来たんですか?」

「まあ、そうね」

「魔法少女が集めるカケラって、一体、何のカケラなんですか?」

「………………」


 生霊少女のもっともな質問が聞こえて来て、あたしは闇底現実に引き戻された。

 質問に答えるのは、いつの間にか頼れるお姉さん役に復活した月下さんだ。

 二つ目の質問には、すぐには答えが返らなかった。

 代わりに答える魔法少女もいない。

 みんな、月下さんを見ている。月華はどうだか分からないけれど、みんな答えは知っている。でも、デリケートな質問すぎて、どこまで答えていいのかが分からない。

 だから、そこは月下さんにお任せしますって、みんなも思っているんだろう。

 月下さんは、一度あたしたちみんなの顔を見回してから、大きく頷いた。

 任せておきなさい、というように。

 ああ、月下さんが、久しぶりに頼もしい。


「洞窟に住んでいる魔女が言うには、世界のカケラ……ということらしいわね」


 月下さんは、答えた。

 包み隠さず、どストレートに真実を。

 誰からも、反論の声は上がらなかった。

 そして、告げられた側の生霊さんはといえば。


「洞窟の魔女……。世界のカケラ…………」


 うっとりと呟きながら、透明なお目目をキラキラと輝かせている。

 今さら言うのもなんだけど、もっと、こう。これから自分はどうなるのか、とか。気にするポイントが他にもあると思うんだけど。

 そこを置いておいて、キラキラしちゃえるところがなんていうか、その。


 大人しそうな見た目に反して、闇底耐性が高いよね……。


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