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第170話 メロンソーダの海

 小悪魔は、すっかり花悪魔に改造されていた。

 ピンクビキニの胸元は小花で縁取られ、腰の両脇には小花を連ねて作った紐を蝶々結びにした飾りが付いている。両手首・両足首には、小花のリングが幾重にも巻かれていて、今や太めのリストバンドのようだし。小悪魔の羽には、お花のペイントだし。 尻尾の先には、スズランの飾りみたいなのが付いてるし。黒いスズランだけど、花びらの先の方に行くにつれて白いグラデーションがかかっているのが、小生意気に可愛い。

 それだけじゃない。フラワーの指導により、ウインクをしたら、星でもハートでもなく小花が飛び散る仕様になっているのだ。

 小悪魔マーメイドが、花の押し売りに少しでも困っているようなら助けに入るところだけれど、なんだか楽しそうなんだよね。あたしの出る幕はなさそうだ……。


 只今、絶賛、花成分増量中!


 というわけで。あたしは、いろいろな何かを諦めて、砂浜にしゃがみ込み、ペンギンさんたちがかき氷を食べたり、波と戯れたりしてるのを眺めて楽しむことにした。

 これはこれで、癒される。

 フラワーに侵食されている最中とはいえ、可愛いものはやっぱり癒しだ。

 本音を言えば、あたしもソーダ水の海で遊びたかったけれど、長年の願いが叶ったらしいベリーの邪魔をするのも悪いしね。

 一緒に遊ぼうって、ベリーが誘ってくれれば、いつでも駆け付ける準備は出来ているんだけど、そんな気配はないのがさみしい。

 せっかく、いつ呼ばれてもいいように、あたしも水着に変身したのにな。

 青空をイメージした、セパレートの水着。青空に、マシュマロ雲が浮いている模様。マシュマロ雲が青空をゆっくりと流れていくのが拘り。魔法少女の水着だからね。これぐらいは当然です。おまけに、白い鳥さんも飛ばしてみた。シンプルだけど、拘りのある水着です。

 ちなみに、パッドは入れてません。

 魔法で膨らませたりもしていません。

 ………………本当は、ちょっとだけ迷ったけどね。

 うん。でもね。よく考えたら、ベリーとは一緒にお風呂にだって入ったことがあるわけだし、絶対に哀れみの目で見られるって、分かってるからね。

 普通に、思いとどまったよ。

 大きくしたところで、哀れまれるだけなら、虚しさしか残らないもん!

 いいの。いいんだよ。

 小さいことは、可愛いってことだし。可愛いってことは、誰が何と言おうと正義だし。魔法少女といえば、やっぱり正義のヒロインだし。

 そう! あたしは、魔法少女として正しい!

 お胸の大きい魔法少女たちは、考えを改めるべきだよ!

 それは、悪! 絶対的に悪だって自覚を持つべきだよ!

 あたしは、正義の魔法少女として断固主張する!


「何、ブツブツ言ってるの?」

「ぷわっ!?」


 絶対的な悪が現れた!

 しかも、人の頭の上から両手に掬った海水メロンソーダをぶっかけてきやがりましたよ?

 凶悪!

 あたしはしゃがんだまま、いつの間にかソーダ水の海から上がって、あたしの目の前に現れたベリーを恨みがましく見上げる。

 主にお胸の辺りを。

 ………………極悪! 下から見ると、超極悪!

 赤と緑のギンガムチェックのビキニを縁取る、生クリームをぎゅっと絞り出したみたいな飾り。苺の飾りのチョーカーに、ブレスレット。あ、よく見たら爪に苺の模様が描いてある! 手にも足にも!

 こんなに可愛くまとめておきながら、中身は極悪!

 ダイナマイトなボンバーを二つも携えてやがりますよ!

 いっそ、三つに増えればいい!


星空ほしぞらも、泳いでくればいいのに。あ、泳げないなら、浮き輪を貸すわよ?」

「お、泳げるわい!」


 ベリーは、じっとりしているあたしに気が付くことなく、あたしの隣に腰を下ろした。

 そういうベリーは、海遊びにすっかり満足したらしく、完全に休憩モードだ。屋台に興味がなさそうなのは、ソーダ水をたっぷり飲んだ後だからだと思う。

 いや、泳げるけど。泳げるけどさ。得意なわけじゃないから、せっかくのリゾートなのに、一人でガン泳ぎする気にはなれないよ!

 二人で、浮き輪でぷかぷかしながら、女子トークに花を咲かせるとか。

 お水の掛け合いっこをするとか。

 そういうのが、やりたいの!

 ガチの水泳勢とかならともかく、そうじゃないのにリゾート海水浴場で、一人で遊んで来いとか、ひどすぎるよ!


「あ、コロッケ型のボートでも作って、一緒にペンギンも乗せてあげたら、楽しいんじゃない?」

「ふぁっ!? それ、名案かも! でも、ペンギンさんたち、一緒に乗ってくれるかな?」

「断られたら、誘拐すれば?」

「嫌だよ! 嫌われちゃうじゃん!」

「冗談よ。でも、一回は海に入ってみた方がいいわよ。メロンソーダっていうことを差し引いたとしても、炭酸の海、悪くなかったわ」

「あー。シュワシュワして、気持ちよさそうだよね」

「波をかぶってもしょっぱくなくて、甘いっていうのがいいのよね。やられたっていうよりは、ご褒美って感じで。味もちゃんとメロンソーダだったし。なのに、べたべたしないのよね。シャワーいらずっていうか、いかにも魔法の海水浴場って感じ」

「ほえー」

「…………ちょっと待って」


 ベリーがすごいおススメしてくるので、ちょっと一回首まで浸かってこようかなと思ったら、深刻そうな雪白の声が聞こえてきた。

 ベリーの頭の上から。

 あたしの肩に止まっていたはずの雪白ゆきしろは、ベリーの急接近に気が付いてちゃっかり一人だけソーダ水のシャワー攻撃から逃れ、砂浜に座り込んだベリーの頭の上に住処を変えていたようです。

 てゆーか、どうしたんだろう?

 今の話のどこに、そんなシリアスな声になるような要素があったの?

 もしかして、あたしが気づいていないだけ? と隣を見れば、ベリーもきょとんとした顔をしている。

 よかった。あたしだけじゃない。

 で。

 一体、何事?


「あの海、メロンソーダの味がしたって、本当?」

「ええ。間違いなく、メロンソーダだったわ。それは、断言する」


 なぜか、誇らしげに胸を張って(ぐぬぬ)ベリーが断言した。

 いや、あの海、ベリーが造ったわけじゃないのに、なんでそんなに?


夜咲花よるさくはなの、錬金魔法でもないのに?」

「あ」

「……………………あ!」


 のん気なことを考えている場合じゃなかった。

 頭の上から降ってきたシリアスな声に、ベリーが目を見開く。

 遅れて、あたしも同じ顔をしているはずだ。


「まあ、あの子も夜咲花のような特殊な能力を持っていたからっていうだけかもしれないわ。でも、よくよく考えてみると、覚醒したばかりでこれだけのことが出来るって、ちょっと尋常じゃないわよね? うっかり、フラワーに惑わされて、見逃してしまっていたけれど」

「確かに、私もメロンソーダに惑わされて、気が付かなかった。よく考えたら、妖魔の体ごと変身してるってことよね、これ」

「…………あの子が、魔法少女としてものすごい才能を持っているって、それだけのことかもしれないけれど、それよりは……」

「ええ…………」


 三人みんなで、フラワー増量中の小悪魔マーメイドを見つめる。

 変身前は、カケラを握りしめた仮死状態の体と、生霊少女とに分かれていた、あの子のことを。

 …………今や、すっかりフラワーに汚染されつつある、あの子のことを。


 そう。そうだった。そうなのだ。

 魔法を使えば、割と何でも作れるんだけど、食べ物だけはそうじゃなかった。見た目は、本物そっくりの美味しそうなのが作れたとしても、食べてみると、何にも味がしないのだ。

 例外は、夜咲花の錬金魔法で作った食べ物だけ。

 何回試しても、そうだった。

 なのに、あの子のつくったメロンソーダの海は、ちゃんとメロンソーダの味がした。

 もちろん、あの子が夜咲花と同じような才能を持っていて、それがいきなり開花しちゃったって可能性もある。

 だけど。

 もう一つの、可能性がある。

 はい。ちゃんと、あたしも気が付きました。


「変身後のあの子は、何も持っていなかった。身に着けている様子もない。そうなると、あの子の体が持っていたカケラは、何処に行ったのかしらね?」


 花の楽園に、雪白の声が、重々しく響いた。


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