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第172話 祭りの夜に花は咲く

 花棺からやってきた、新規乱入組の魔法少女たち。

 当然のように、自己紹介タイムが始まった。

 見守りながら、あたしはふと気が付いてしまった。


 そういや、あたしたち。まだ、あの子に名乗ってないな。


 ――――ってことに。

 いや、だってさ!

 なんか、怒涛の変身タイムが始まっちゃたし!

 おまけに、会場ごと変身しちゃうなんて、初めてのことだったし!

 闇底にひまわり太陽が現れちゃうとかさ! それが、今度は夜になって、天の川ならぬ花の川が現れるとかさ!

 うっかり自己紹介を忘れちゃうのなんて、仕方がないよね?

 うん、仕方がない!

 なので、とりあえず。

 新規乱入組に交じって、しれっと今さら自己紹介しておきました。

 解決!


 そんでもって。

 最終的にあの子は、花祭はなまつりちゃんと呼ばれることになった。

 呼び始めたのは、夜咲花よるさくはなだ。

 あんな長いの覚えられるか、もうこれでいいじゃんって感じに呼び始めたそれが、みんなの間にも定着した感じで、花祭ちゃん本人の意思とは関係なく勝手に決定されてました。

 うん。仕方がない。だって、もうさ。ふわっとした輪郭みたいなのしか覚えてないもん。

 本人的正式名称を正しく呼んであげていたのは、月見つきみサン一人だけだったよ。

 月見サンはねー。なんか、あの子にいたく感銘を受けたみたいでねー。

 名前を正しく呼んであげただけでなく、花祭ちゃんの頭の上で上がっている花火をキラキラした目で見つめながら、何か構想を練っているようでした。

 衣装はもう、好きに変えてもらっていいけれど、お名前は変えないでね?

 いや、変えてもいいけど、あたしは「月見サン」呼びを続行するよ?

 だって、覚えられないもん!

 まあ、そんな月見サンも普段は花祭ちゃん呼びをすることにしたようです。

 うん、まあ。たとえ、ちゃんと覚えられたとしても、普通に舌を噛みそうだよね!



「それでは、みなさんを本日のメインイベントにご案内したいと思います」


 みんなの自己紹介が終わって、花祭ちゃんの愛称的なものも決まって一段落したところで、花祭ちゃんの頭上にひときわ大きな花火が打ちあがった。


 え? 何事!?

 と、みんなが注目する中、地味で大人しそうな見た目には似合わず、場慣れした司会者のような滑らかさで、花祭ちゃんはみんなの視線を誘導するようにスッと波打ち際へと右腕を流した。

 いつの間に現れたのか。いや、実はイリュージョンした後からずっとそこにあったのか。

 不思議に光る三日月型の船が、砂浜に半分身を乗り上げるようにして、静かに横たわっていた。

 ペンギンの船頭さんがいるのが可愛い。


 はい。乗ります。


 案内される前に、あたしはフラフラと三日月船に近づき、ちゃっかりと乗り込む。

 細長い三日月船の両側に、星形の光る椅子が並んでいたので、ペンギン船頭さんのすぐ傍の椅子をゲット!

 花の形じゃなくて、よかった。

 ペンギン船頭さんは、こっち側を向いているので、つぶらな瞳と目が合った。

 う、可愛い。

 何を考えているのかはイマイチよく分からんけど、でも可愛い。

 とにかく、可愛い。


「みなさんも、どうぞ」


 じーっとペンギン船頭さんを鑑賞していると、後ろから声が聞こえて来て、ぞろぞろとみんながやって来る気配がした。

 三日月がゆらんと揺れて、みんなが乗り込んできたのが分かった。

 あたしの隣には、ベリーが来たみたい。

 …………もしかして、お目付け役的な感じ?

 まあ、いいや。気にしない。


「それでは、出航します」


 みんなが乗り込んだのだろう。

 花祭ちゃんの声が静かに響いて、三日月の先端に立っているペンギン船頭さんが、くるりと前に向き直って、ヒレをパタパタと動かし始めた。

 すると、何ということでしょう!

 砂浜に座礁していた三日月船が、ゆっくりとお空を昇り始めたのだ!

 まるで、砂浜に落ちた三日月が、元居た場所に戻ろうとしているみたいに!

 すごい。すごいよ、ペンギンさん!


「実際に船を動かしているのは、花祭の魔法だと思うわよ?」


 何も言っていないのに、ベリーの的確なツッコミが飛んできた。

 う、うるさいな!

 分かってるよ、あたしだって!

 分かっているけど、酔いしれさせて!

 ペンギンさんの素晴らしき可愛さに!


「花の天の川に近づいていくのが微妙な感じね……」


 今度は、ベリーのげんなりした声が聞こえてきた。

 うん、まあ。気持ちは分かるけど。

 ペンギンさんを見つめていれば、全部解決だと思うよ?

 ほら。ベリーも一緒に、ゆっくりとおヒレを上下に動かしているペンギン船頭さんを見つめようよ。

 そうしたらさ。

 涎を垂らさないように気を付けるのに精いっぱいで、花の川なんて気にしている余裕、ないよ?

 …………ん? おや? なんだ?

 見つめる先で、ペンギン船頭さんがおヒレの動きをぴたりと止めた。

 えーと、つまり。お月様が、お空の所定の位置に戻ったってことかな?

 うん、うん。そっか。

 よく頑張ったね。えらい、えらい。そして、可愛い。


「みなさん、下をご覧ください」


 花祭ちゃんの声が静かに響いた。

 えー?

 あたしは、このままペンギンさんを見ていたいなー。

 ……という、あたしの心の声が聞こえたのか、はたまた、ただの偶然か。

 ペンギンさんが、くいっと右のヒレを下へと向けて、自分も船の下を軽く見下ろすようなポーズをとる。

 も、もーう。しょうがないなー。

 君がそう言うなら、そうするよー。

 あたしは、だらしなく頬を緩ませながら、ペンギンさんの視線の先を追う。

 君と同じものを見つめていたいんだ。


星空ほしぞら、顔」


 ベリーから、鋭く突き放すような声が飛んできた。

 う、はい。

 人様にはとてもお見せできないような顔をしていた自覚はあります。

 あたしは軽く咳ばらいをして、可能な限り顔を引き締めた。

 万が一にも、緩み切った顔をペンギンさんに見られて幻滅されたら目も当てられないからね。

 ペンギンさんのためなら、あたし、頑張る!


「それでは、ゆるりとご鑑賞ください」


 一人決意を固めていると、花祭ちゃんのご案内が聞こえてきた。

 う、うーん?

 いや、ご鑑賞くださいって言われても、三日月船の真下はちょうど夜の海なんだけど? 真っ暗闇で何にも見えないよ?


 ん? んん~?

 ん!?

 え!?


 なんか、うんと深い底の方で、何かがキラッと光った。

 そんで、そのまま、上に、水面に向かって上がって来る!?

 え? え?

 もしかして、水中花火ってこと!?

 半分、身を乗り出すようにして見つめる先で、海底から昇ってきた光は、水面すれすれ……いや、水面よりもうちょい下……辺りで動きを止めた。

 あ、違う。これ、花火じゃない。

 海底から伸びてきた光の筋の先で、青白く光るでっかい蕾……みたいなのが、ユラユラ揺れている。

 お空の上から見下ろしているから、正確な大きさはよく分からないけど。

 かなりの大きさだと思う。

 ひまわり太陽よりもずっとずっと大きい蕾が。

 波に合わせて、ユラユラと。

 揺れている。


 ユラユラしながら、青白く光る蕾は、ゆっくりゆっくりと綻んでいった。


 声もなく、ただ見つめているしかない。

 もしかしたら、涎が垂れ落ちたかもしれないけれど、そんなことはどうでもいい。


 波と戯れながら、ゆっくりと花開いていく蕾。

 幾重にも連なる、青白く光る花弁。

 あれ……は、牡丹……とか?

 たぶん、そんな感じの花。

 柔らかそうな光る花弁が揺れる度に、ポコポコと気泡が生まれて、水面まで昇っていく。

 そうして、水面に顔を出すと同時に、パチリと儚く弾けて消えた。


 闇色ソーダ水の海中で咲いた、仄青白い光を放つ魔法の花。

 暗い水の中で、仄かに光を放ちながら波間で揺らめく不思議な花。

 ポコポコシュワシュワ生まれる泡。

 水面でパチパチ弾ける度に、光の粒子が闇へと散っていく。

 魔法で作った人工の花のはずなのに、なぜか生命の神秘を感じる。

 あたしは、無言で涎を拭った。

 たとえ、誰にも気が付かれていなかったとしても、この神秘溢れるソーダの海を汚してはならないと、強く感じたからだ。


 もう、これだけで十分。

 後は余韻に浸りながら、みんなで静かにお茶でもするか、いっそおやすみなさいしちゃうかのどっちかだけって思うくらいに、フィナーレ感が漂っているのに。

 花祭ちゃんの用意した水中開花ショーは、これで終わりではなかった。

 終わりどころか、むしろ始まりだった。


 青白い花の開花が合図だったかのように、水中から、いくつもの光の筋が昇ってきたのだ。

 青白い光だけじゃない。

 真っ白いの。

 ピンクっぽいの。

 黄色いの。

 たいして広くない海のあちらこちらから、光の筋が昇って来て、蕾を付け、花開いていく。

 これじゃ、すぐに海の中で満開の花がひしめき合って満員御礼、もうちょっと詰めてもらえませんか状態になるのではと心配になったけれど。

 ノープロブレムだった。

 ノープロブレムくらいは、あたしだって知っているのだ。

 …………使い方、合っているよね?


 まあ、とにかく。

 心配する必要は、なかった。


 だって。

 満開になった花は、しばらく波と戯れた後、泡となって消えてしまったのだ。

 まるで、恋に破れて海の藻屑となった人魚姫のように。


 咲いては消え。

 消えては咲いて。

 ソーダの海で儚く命を散らす、魔法の花たち。


 やっぱり、これは。

 海中花火大会だったのかも。

 火は一切、使われていないけど。

 この儚い美しさは、花火と同じだ。

 ううん。

 花火よりも、ずっと儚さを感じる。


 三日月の船に乗って、闇空から眺める光のショー。

 満開となってあたしたちの目を楽しませるのは、ほんの一瞬で。

おとぎ話の人魚姫のように、泡となってソーダの海に消えていく、淡く儚い幻の花たち。

 キレイだけれど、ちょっとせつない。

 柄にもなく、胸が締め付けられるような気持ちになって来る。


 波の音に紛れて、微かに聞こえてくる、気泡が弾ける音。

 泡となって消えた、幻想の花たちの命の音。

 誰も、何も言わず。

 ただ、静かにその音に耳を傾けている。


 花祭ちゃんの頭の上で、未だに上がり続けているらしい打ち上げ花火の音だけが、すべてを台無しにしていた。



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