あたしと
静かに争っていた。
お互いに、譲れないものがあった。
あたしは、フランクフルトを。
夜咲花は、チョコバナナを。
お互い、握りしめながらバチバチににらみ合う。
あ。別に、フランクフルト派とチョコバナナ派の戦いっていうわけじゃないからね? それから、フランクフルトとチョコバナナでチャンバラを繰り広げようっていうわけでもないよ? 食べ物を無駄にしたら、いけないからね! たとえ、魔法で作られた食べ物だとしても。
まあ、そもそも。どっちも齧りかけだから、これで戦っても締まらないしね!
ただ、一つ。
これだけは言える。
譲れない。
これは、譲れない戦いだった。
ある意味、譲り合っているのに、譲れない戦いだった。
一体、何を……?
って、そう思うよね?
それを説明するには、まず。
ちょっとだけ、時間を戻そうか。
花祭ちゃんの合図で、三日月船は、ゆっくり静かに元いた砂浜へと戻っていく。
船が砂浜に降りると、みんな神秘的なショーの余韻に浸りながら、ぞろぞろと砂浜に降りていった。
ペンギン船頭さんへの名残を惜しみつつ、あたしもギリギリまで粘ってから、みんなの後に続いた。
これから、どうするのかな。
これでもう、お開き?
なんて思いながら、まだ砂浜に留まったままの三日月船に一匹だけ残ったペンギン船頭さんを見つめていると、聞いた覚えのあるモード☆チェンジの呪文が聞こえてきた。
煌めきながら夜空を流れていく小花の川が消えて、代わりに現れたひまわり太陽が眩しく砂浜を照らし出す。
常闇のはずの闇底に、トロピカルな真夏の太陽が現れて、ギランギランに海と砂浜を照り付ける。
神秘の砂浜は、あっちゅーまにトロピカルリゾートに早変わり!
途中参加組から、「おー」という感嘆の声が漏れ聞こえてくる。
うん、うん。分かる、分かる。
変身するだけじゃなくて、会場までモード☆チェンジしちゃうなんて、びっくりだよね。
なーんて。別にあたしがやったわけでもないのに、ちょっぴり自慢げに胸を張ってしまう。
「…………今さら気が付いたけど、なんか水着率高くない? 渚のお月見マーメイドの独壇場だと思ったのに! いや、よく考えたら、ビーチで水着なんて、当たり前すぎて面白くない……? つまり、常夏のスキーウェア系魔法少女こそが正解……?」
平らなお胸への自虐ネタが入る前に、
うん、まあ確かに。
昼バージョンの花祭ちゃんのコスは水着だし。
海で遊ぶために、あたしとベリーも水着にマジカル☆チェンジ中だし。
それは、確かにそうなんですけど。
会場七変化(今んとこ、二つしかないけど)よりも、月見サンはそこが大事なんですね。
でも、常夏のスキーウェアはさすがにどうかと思いますよ?
…………あ、よかった。いったん、保留になったみたいだ。
うん。まあ、魔法少女だから、熱中症とかにはならないとは思うけどさ。そうは言ってもさ。こう、見ているだけで、暑苦しいからね。
あ! なんか、プロポーションじゃ負けてないのに、何か負けてる気がするとか叫んでるし!
くっ! ちょっと、自分があたしたちよりもお姉さんで、程よく熟した二つの果実を持っているからって、いい気になりおって!
もう、月見サンは、そのまま、ずっと永遠に悩み続けていてください。
熟考タイムに入った月見サンを放置して、あたしたちは常夏のビーチをそれぞれ楽しむことにした。
まあ、楽しみむって言っても、月下さんとベリーと
いや、真面目なのは魔法少女組だけで、魔女さんはかき氷を食べつつ、聞かれたことに淡々と答えているだけって感じだけど。
魔女さん以外は、さっき一度真昼のビーチを堪能しちゃった組だったし、あたしもそっちに混ざるべきかとも思ったんだけど、混ざったところでただの置物しかなれないことが予想できたので、潔くあきらめて、途中参加組と南国リゾートを楽しむことにした。
うん。確か、適材適所とかいう、便利で素敵な言葉があったはずだよね?
というわけで。
さあ、遊ぶぞ~と、気持ちを切り替えたのはいいのですが。
ルナは、一人で屋台無双しているし(屋台の数が、さっきよりも増えとる)。
フラワーは、そんな月華をじったりと鑑賞中だし(ここも、絶対に邪魔をしてはいけない。呪われる)。
余っていると言っては失礼ですが、まあ、余っているのは、月華と屋台の両方が気になって、チラチラウロウロしている夜咲花一人だけでした。
「夜咲花。フラワーの邪魔をしたら呪われそうだし、とりあえず一緒に屋台を見て回ろうか?」
「ふぇ? 星空?…………う、うん。そうする」
夜咲花は、フラワーとは割と仲がいいみたいだから、うっかり零れたフラワーへの本音を咎められるかと思ったけれど、リゾートの雰囲気にのまれて、ふわふわしているらしい夜咲花は、ゆるふわショートの頭を可愛く上下させて、トテトテとあたしの方へと近づいて来た。
ずっと引きこもっていた夜咲花だからなー。
真昼で真夏でトロピカルなビーチは、ちょっと、刺激が強すぎたのかもしれない。
「何か、食べたいものある?」
「…………チョコバナナ……」
「いいねー。じゃあ、あたしはフランクフルトにしようかなー。コロッケの屋台があれば、コロッケ一択なんだけど」
「うん……」
う、うおう。大分、ふわついておりますな。
これは、あたしがしっかりとエスコートしなければ!
そっと、夜咲花の手を握りしめると、何処からか嬌声が聞こえてきた。
いや、何処からも何も。脳内百合色キノコ一択なんですけど。いや、でも、今。二人分の声が聞こえたような?
そういや、キノコってば、花祭ちゃんと二人で何やら話し込んでいたよね?
ひょっとして、まさか……?
花祭ちゃんはすでに、フラワーの花粉とキノコの胞子に、半分ずつ脳内をやられちゃっているのでは?
あたしは、二人の方を確認することなく、さりげなく夜咲花から手を離した。
何やら、残念そうな声が聞こえてきたけれど、聞かなかったことにする。
で、肝心の夜咲花といえば、二人のことも、手を繋いだり離されたりしたこともまるで気にしていないみたいで、グイッと背中を押して、あたしを屋台の方へ突き出した。
「星空、もらってきて」
「…………り、了解。任せて」
あー。屋台の店主、ペンギン妖魔さんだもんね。
無害な妖魔だって聞いてても、傍に行くのは怖いんだね。
あんなに、可愛いのにな。
まあ、仕方ないよね。
あたしとしては、ペンギン妖魔さんと触れ合えるのは役得なので、喜んで屋台を回り、チョコバナナとフランクフルトを一本ずつもらって、夜咲花の元へと帰る。
どこで食べようか迷ったけれど、夜咲花が泳ぎたくはないけれどソーダ水の海が気になっているみたいなので、波打ち際を歩きながら食べることにする。
ソーダ水の海は、最初の時と同じ三色に分かれていた。
夜咲花の希望により、一番端のイチゴソーダの海から、三色全部を制覇することになった。
シュワシュワパチパチと足元をくすぐる炭酸の波に足元をくすぐられながら、二人並んでゆっくりと歩いていく。
何処かで。そう、何処かで誰かの悲鳴が聞こえて、視界の端に赤い噴水がシュパアっと吹き出すのが見えた気がしたけれど、さらっと無視して海辺のお散歩に集中する。
甘いイチゴソーダの香りに包まれながら、フランクフルトに齧りつく。
うん。美味しい。
「む。美味しい。これ、あの子の魔法で作ったんだよね?」
「うん。そのはず。もしかしたら、カケラの力も影響しているのかな?」
「なるほど。それなら、仕方がない」
これまで、味のする食べ物を魔法で作れるのは夜咲花だけだったからなー。
ライバル心を感じちゃってるのかな?
眉間にしわを寄せていたから、思い付きのフォローをしたら、しわは取れていないけれど、一応納得して頷いてくれた。
「もしかして、この海も?」
「うん? ああ、あたしは飲んでないけど、ベリーは飲んでた。メロンソーダの海水。満足そうな顔していたから、ちゃんとおいしかったんじゃないかな?」
「うぬぅ。なかなか、やるな」
「あはは。そうだね」
悔しそうな顔で唸る夜咲花が、なんだか可愛い。
その後は、しばらく無言で砂浜を歩いた。
たまに、それぞれ手にしたフランクフルトとチョコバナナを齧りながら。
そして。
イチゴソーダの海が、普通の青色ソーダに差し掛かったあたりで、夜咲花が海を見ながらこう言ったのだ。
「星空。あたしね、星空にお願いしたいことがあるんだ」
「え? な、何? 言ってみて」
夜咲花が、あたしにお願い!?
もしかして、こういう改まってのお願いって、初めてでは!?
い、いいいいいい、一体、なんだろ?
ま、任せて!
夜咲花のお願いなら、何でも叶えるよ!
あたしに出来ることならだけど!
そんな、逸る気持ちを抑えて(いや、抑えきれてないかもしれんけど)、あたしは先を促した。
お願いする時には、あたしの方を見てくれるかと思ったけれど、夜咲花は海を見つめたままだった。
海を見つめたまま、“お願い”を口にした。
躊躇いなく、スパッとした口調で。
「また旅に出る時にはさ。あのキノコ、回収していってくれない?」
「え? 嫌だけど?」
考えるより先に、答えていた。
うん。あたしに出来ることならさ、何でも叶えてあげたかったけれど。
その気持ちに、嘘偽りはないんだけど。
人には、出来ることと出来ないことがあるんだよ。
というわけで。
あたしの夜咲花の間で。
押し付け、譲り合う。
静かなる戦いがスタートしたのだ。