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第174話 ブラッディソーダの海

 イチゴソーダの波打ち際で、あたしと夜咲花よるさくはなは静かに睨み合っていた。

 お願いする時はそっぽを向いていた夜咲花は、あたしが速攻でお断りしたとたんに目を合わせてきたのだ。

 そうはいくか!――――という、強い意志を感じる眼差し。


 だけど。こっちだって、そうはいくか、だよ!

 百合色キノコは断固お断り! だよ!


 齧りかけのフランクフルトとチョコバナナを片手に、バチバチににらみ合う、あたしと夜咲花。

 その脇に、にゅっと何かが生えてきた。


 キノコだ。

 問題の百合色キノコだ。

 ちなみに、百合色なのはキノコの脳内のほう。

 体の方はね、うーん。キノコ一色?

 こう、カラフルでポップな感じのキノコ柄のキノコの着ぐるみが、クリスマスツリーを飾る豆電球みたいな発光するミニキノコの飾りでグルグル巻きになっているっていうか。

 もう、存在感しかないっていうか。

 ………………。

 や、やめろ!

 キラキラしたお目目でこっちを見るな!

 おまえが期待するようなことは、何一つ起こらないから!


「キノ……心春ここはる。あっちに行っていて。これから、星空ほしぞらと大事な話をするから。邪魔しないで」

「はっ! 申し訳ありません! 何かとても素敵なことが起こりそうな予感がして、ついフラフラと吸い寄せられてしまいました! でも、そうですよね! だからこそ、お二人の時間のお邪魔をしてはいけませんよね! 分かりました! 離れたところから見守ることにします! 話の内容は、脳内で補完いたします!」


 夜咲花が、さくっとさっくりキノコを追い払った。

 キノコはわけのわからんことを言うと、シュゴ―っとあたしたちが歩いてきたイチゴソーダの海の一番端っこまで、ロケットミサイルのように飛んで行った。

 ロケットミサイルというか、ロケットキノコミサイル?


「キノコが一本生えていたら、その中には一つの世界が存在している。百合色の世界が……」


 見送った夜咲花がぽそっと言った。

 それなー……。

 てゆーか、夜咲花。心春の扱いがうまくなったよね?

 共同生活の成果?

 これなら、これからも二人で仲良くやっていけるんじゃないかなー?

 なんて、星空は思うわけですが。


「最初は、それでも、頼もしいところもあるって思ってた。妖魔殲滅的な意味だけで」

「ん? うん?」


 反撃のチャンスは与えないとばかりに、夜咲花が唐突に話を再開した。

 脳内で二人の共同生活を応援していたあたしは、すぐには反応できなかった。


「でも、駄目。心春は、あたしたちとは、違う世界を生きているんだよ」

「まあ、ある意味、そうだよね?」

「このままだと、あたしは」

「うん?」

「星空のことが、嫌いになってしまう」

「ほわぁっ!?」


 な、なんで!?

 どういうこと!?

 なんで、いきなりそこまで話が飛ぶの!?

 なんで、そうなっちゃうの!?

 途中経過!

 途中経過は!?

 衝撃のあまり取り落としそうになったフランクフルトを貪り喰らうことで、あたしは心を落ち着けた。

 そんなあたしをじっと見つめて、自分も一口チョコバナナを齧ってから、夜咲花は話を続けた。

 続けた……というか、さっき端折った途中経過の部分を話し始めた。


「あたしが、今頃月華はどうしているかなって、物思いにふけっていると、何処からともなくあのキノコがひょっと現れて、言うんだよ。『分かります! 星空さんのことを考えているんですね!』って! それで、一方的に、きっと星空さんもとか、甘々少女マンガも裸足で逃げ出す二人の未来予想図とかを勝手に話し始めて!」

「………………」

「このままじゃ、あたしは洗脳されてしまう!」

「………………」

「あたしは、ただ! 月華のことを遠くから想っていたいだけなのに! 星空ハーレムのヒロインの一人……ううん、違う。メインヒロインとしての自覚を植え付けられてしまう! 月華のことを想う代わりに、星空のことを……一昔前の恋愛漫画の主人公みたいに、星空のことを想うだけのなにかになってしまう! そんなの、嫌だ! だから、星空を嫌いになるしかない! もしくは、キノコを追放するしかない! 分かった!?」

「……………………」


 あたしは無言で砂浜に膝をつくと、そのまま蹲った。

 お、おのれ~~~~!! キノコォーーーーーーー!!!!

 何してくれとんのじゃー!!!!!!!

 夜咲花は、よっぽどため込んでいたんだろう。

 普段、そんなに話す方じゃないのに、こんなに一気にまくしたてるほど、ため込んでいたんだろう。

 吐き出し終わって、荒い呼吸を繰り返す音が、頭の上から聞こえてくる。

 う、うう。

 こんなこと言われたら、断れないじゃん!

 だって、断ったら、あたしのことを嫌いになっちゃうってことでしょ!?

 うわーん!

 そんなの、もう!

 あたしには、選択肢なんてないも同然じゃん!


 う、うう。

 キノコのたわごとなんて、聞き流しておけばいいのに~!

 きっと、ある意味。

 夜咲花はキノコと通じるものがあるんだろうな。

 たぶん、あたしじゃなくて、月華が主人公のハーレム物語のメインヒロインだったら、大喜びして続きを強請ったに違いないのだ。

 星空を月華に置き換えて聞いてればいいのに~。

 まあ、そういう器用なことは出来ないんだろうな。

 月華への愛が足りないんじゃないの、と言い返したい気持ちもあるけれど、ここは我慢するよ。

 キノコの百合色パッションが手に負えないレベルだってことは、あたしがよく分かっているし。

 ああ~。

 出会った時に、どうして拾ってきちゃったんだろう?

 あのまま、野生のキノコのままにしておけばよかった。


「それにね」

「…………うん?」


 言いたいことを言い終えて気が済んだのか、いつものトーンの……ううん。いつもよりも、少し沈んだトーンの声が落ちてきて、あたしは思わず顔を上げる。

 両手で持ったチョコバナナを見つめながら、少し口ごもりつつ、夜咲花は言葉を繋いだ。


「…………心春が。心春が、みんなと一緒に行けば、…………が、…………くれるかもしれない」

「え? なんて言ったの?」

「だから!」


 最後は消え入りそうな声になっていて、何を言っているのか全然分からなかったので聞き返したら、夜咲花は逆切れして、チョコバナナを振り上げて地団太を踏んだ。


「こ、心春が、みんなと一緒に行けば! 紅桃べにももが! 闇鍋市場から帰ってきた時に、またどここかへ行っちゃったりしないで、前みたいに、アジトに残ってくれるかもしれないし!」

「…………………ほ、ほほう?」

「そ、そんな目で見るな! あ! 言っとくけど、そういう意味じゃないからね!? ただ、心春よりは、紅桃の方が頼りになるし! それだけだから!」

「なるほどねー」

「ホントだから! 紅桃のことは、大体頼りになるお兄ちゃんくらいにしか思ってないから!」

「わー、分かった、分かった」


 これは、百合色じゃないラブロマンスならぬ、この二人だからラブコメ的な?

 なーんてニヤニヤしてたら、全否定された。

 うーん、まあ。微妙に嫌そうな顔しているし、今のところは本当にお兄ちゃん的な意味で頼りにしているだけみたいだけど。

 応援したいけど、ちょっと寂しい気もするから、それはそれで助かる。

 そして、気持ちもわかる。

 うん。

 心春よりは、紅桃の方が頼りになるかなー。

 大体、とか言われていたけど。

 ま、紅桃は妹がいるって言っていたしね。

 お兄ちゃん気質なところがあるもんね。

 心春は、お守りしますとか言っておきながら、いざ妖魔との戦闘が始まると、夜咲花を忘れて妖魔との戦闘の方に夢中になっちゃいそうなところがあるけれどさ。

 その点、紅桃は、ちゃんと夜咲花のことを守ってくれそう。

 見た目は闇底一の可憐系美少女だけど、本当は男の子というだけあって、一人で行動している時はやんちゃをかます時もあるけれど、守るべき相手がいるときは、無茶をしないでちゃんとお兄ちゃんしてくれるっていうかさ。

 まあ、あたし的にも、夜咲花を任せる相手としては、心春よりは紅桃の方が安心できるかな。


 しょうがないなー。

 まあ、夜咲花に嫌われちゃうのもいやだしね。

 あたしは、真っ青に晴れ上がった空……というか天井を見上げて苦笑いしてから、えいやっと立ち上がった。


「分かったよ。キノコは回収していくよ。…………その内、どこか埋められそうな場所が見つかるかもしれないし」

「星空! ありがとう!」


 とはいっても、手放しで引き受けるわけじゃないからね!

 という意味を込めて、精一杯のしかめっ面で夜咲花のお願いにオッケーすると、夜咲花はパッと顔を輝かせた。

 そして、チョコバナナを片手に持ったまま、あたしに抱き着いてくる。


 にゃー!

 ちょっとー!

 いや、嫌じゃないけど。

 本音を言えば、満更でもないけど、キノコが見て…………。


 チラッと、キノコがいるはずのイチゴソーダの海辺の端っこに視線を走らせて、あたしは凍りついた。

 キノコから吹きあがった真っ赤な噴水が、イチゴソーダの海を汚染していたからだ。

 さっきまでそこは、確かにイチゴソーダの海だったのに。

 今だって、汚染されたのはほんの一部だし、成分的にもイチゴソーダの海って言って問題ないと思うけど、だけど、もう。


 あたしには、もう。

 この海は、ブラッディ・ソーダの海しか見えないから。


 二度と絶対に、この海には入らない。

 あたしは、硬く心に誓った。



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