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第十二章 清水とクラスメイトたち 2

 僕は廊下を進み、教室のドアの前に立つ。

 いつも足を運んでいる場所なのに、どうにも気持ちが落ち着かない。

 緊張しているのか足が震えている。


 思い返せば、あんまりこうして真っ正面からクラスの問題に向き合ったことは無かったな。


「席について」


 僕は教室のドアを開き、いつもと同じ調子で教壇に立つ。

 生徒たちは大人しく席に座るが、いつもより早い時間だったので首をかしげている生徒もいた。


「今日は大事な話をしようと思う。いまこの場にいない菅原君と早坂さんについてだ」


 僕が二人の名前を出した途端、クラスはざわめき始める。

 想像よりも反応が大きく、僕は動揺した。

 するとクラス委員を努めていて、早坂さんと仲の良い遠野絵美が立ち上がった。


「先生、その……二人は大丈夫なんですか?」


 最初に上がったのが心配する声で安心する。

 それだけでも救われた気持ちだ。

 彼女が僕に尋ねたと同時に、クラスは静まり返った。


「二人は大丈夫だといえばそうだし、大丈夫じゃないとも言える。少なくとも命の心配はない」


「良かった~」


 僕が答えた途端、遠野さんは安堵したのか机に突っ伏す。

 クラスのみんなも安堵から笑顔が戻っている。

 これで何も憂うことがないと言いたげに……。


「命に別状がないだけだ。それ以外の面においては大いに問題がある。このままでは彼らはきっと学校には来ない。それは君たちが一番分かっていることだろう?」


 僕の言葉に再びクラスは静まり返る。

 皆の目線が僕に注がれる。

 いつもの授業の時の視線ではない。

 どこか気まずそうな、そんな視線。


「僕はずっと静観していた。クラスのみんなのことを、彼らのことを。君たちと彼らの間でのやり取りも、ある程度は聞いているし知っている。知っていて放置した。これは僕の責任だ。だからいま全て話そうと思う。このままでは君たちが悪者になってしまうからね」


 僕は宣言した。

 全てを話す時が来た。

 お互いがお互いをどう思っているのか、その内容の全てを。

 ここからはぶっつけ本番。

 話の道筋も特に考えてはいない。

 話せるところまで話そう。


「まずは君たちが彼ら、特に菅原君に対して抱いている気持ちを聞かせてくれないか? 僕はこの話合いにおいて、この空間、この時間においては君たちが何を言っても怒る気はないし、今後に影響しないことを約束しよう。この空間においての一番の罪は、嘘をつくことのみだ」


 僕は誓う。

 全てを不問にすると誓う。

 なぜならその責任は僕が負うべきものだから。


「いまの捻じれたクラスの状態を僕は正常に戻したいと思う。清く正しい学園生活なんて、そんな夢みたいな話をするつもりは無いけれど、もう少し正常な関係に戻したい。いまの状態をいまここで解決したい。だから協力して欲しい」


 僕はそう言って頭を下げる。

 クラスのみんなの驚いた様子が見て取れる。

 息を飲む生徒もいた。

 僕がここまで熱く何かを話すのは初めてだから、みんな驚いているのだ。


「せ、先生。良いですか?」


 最初に手を挙げたのは案の定遠野さんだ。

 彼女が先日早坂さんと廊下で言い争いをしているのを知っている。


「どうぞ」


「あの、私、この前天音に酷いことを言いました。菅原君とは距離をとった方が良いって。しかもその時、彼を貶めるようなことを言ってしまってそれで……」


 途中で遠野さんは泣き出してしまった。

 早坂さんが倒れた時、もっとも気が動転していたのが彼女だった。


「彼女と喧嘩したまま、そのまま天音が倒れちゃって……謝れなくて」


「もし話せるのなら教えてくれないかな? 菅原君と距離をとった方が良いという遠野さんの意見は、どういう考えで至ったのかを。それこそが全てのような気がするんだ」


 僕はできる限りやさしく話しかける。

 遠野さんは泣きながら微かに頷いてくれた。


 クラスのみんなはそんな彼女の様子を黙ってみている。

 気まずいのは全員同じだろう。

 遠野さん一人の意見なはずがない。

 菅原君と早坂さんが距離をとった方が良いなんて、彼女一人の判断で言えるはずもない。

 直接的に言うように指示されたりはしていないにしろ、クラスにそういう雰囲気が蔓延していたのは間違いないのだ。

 遠野さんは遠野さんなりに、早坂さんを心配しての行動に違いない。


「……はい」


 しばしの沈黙のあと、嗚咽が収まった遠野さんは静かに一度返事をした。


「クラス内での菅原君は、正直言って評判は良くありませんでした。たまに学校に来ても私たちに話しかける事もないし、クラスに溶け込もうとしない。いつも壁を作っている感じがして、近づきがたい雰囲気でした。仕事が忙しいんだろうなと思いつつも、どこか見下されている感じがして、正直あまり好きにはなれなかったです。クラス全体的にそんな感じだったと思います」


 遠野さんは堂々と口にした。


 話を聞いて分かった。

 ああ、それだと思った。

 大きな勘違い。

 真希人君と関わった人間が全員抱く勘違い。

 ”見下されている”という盛大な勘違い。


「それでも彼が学校に来る頻度は少なかったので、あまり気にしていませんでした。だけどニュースなどで出た通り、彼の耳の病気のことが発覚してから、当然ですが彼が前よりもクラスにいる時間が増えてきたあたりで、いろいろと狂ってしまったと思います」


 遠野さんは詳細に説明してくれた。

 彼女も別に悪気があるわけではない。

 彼女も解決したいと思っていると、そう感じた。

 本気でなければ、クラスの汚点をさらけ出すようなマネは出来ないだろうから。


「ありがとう遠野さん。座っていいよ。ごめんね、言いづらいことを話させてしまって」


「いえ……」


 遠野さんは遠慮がちに俯き、そのまま着席する。

 今度はこちらのターン。

 話は分かったし経緯も、ほとんど予想通りだった。


「今度は僕の番かな? 今からする話をよく聞いていて欲しい。勉強なんかよりも大事な話だ」


 僕はそう言ってクラスのみんなを見渡した。

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