この村に今の村人達が入植する前、
かつて栄えていた村があった。
その村の血筋の氏族の長であった父と、母は、華がまだ赤子の頃、激しい戦に巻き込まれ、家を焼かれた。
敵の襲撃に気づいた母は、我が娘の華を連れて逃げようとしたが、足の悪い父は敵兵に捕まり、目の前で命を落とす。
母は燃え盛る家の中で、必死に娘を守ろうとした。
すると、その時、偶然にも一匹の体の大きなヤマネコが現れる。
すると母は、腰に巻いていた巾着を外し、中に隠していた手紙をヤマネコの首にかけた。それは、まだ幼い娘を都に住む知人に託すための手紙だった。
「
実は、あなたは私たちの実の娘じゃないの。あなたは、出雲という大きな一族の娘。
でも、生まれつき色の違いが分からなったあなたは、占いで不吉だと言われ、
あなたの本当の父親である出雲の王様の命によって島流しに遭い、
そしてこの村に流れ着いたの。」
母は、既に力なくも必死の想いで言葉を続けた。
「でも、大丈夫。あなたはきっと幸せになる。だから、このヤマネコさんに乗って、都へ行ってね。」
母はヤマネコの頭を優しく撫で、こう名付けた。
”
そして、母は華をナシミの背中に乗せた。
「お願いね、ナシミ」
母は娘とのたくさんの思い出の雫を目頭にためながら、最期にそう伝えると、どこか安心したようにそのまま静かに息を引き取った。
華は、その握られた手から母の温かい体温を感じながら、ナシミの背中にしがみつく。
まだ幼かった華には、母の言葉の意味などよく分からない。
ただ、母が亡くなったこと、そして、これから一人で生きていかなければならないという事実に
漠然としながらも、その心は小さく震えていた。
文明がまだ発展していなかったその時代、命は儚く、脆いものだった。
人は、自然の中で生まれ、自然の中で生をまっとうする。
それは本来、当たり前のことだったのかもしれない。