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第2話 ナシミ《猫又美》

この村に今の村人達が入植する前、

かつて栄えていた村があった。

その村の血筋の氏族の長であった父と、母は、華がまだ赤子の頃、激しい戦に巻き込まれ、家を焼かれた。

敵の襲撃に気づいた母は、我が娘の華を連れて逃げようとしたが、足の悪い父は敵兵に捕まり、目の前で命を落とす。

母は燃え盛る家の中で、必死に娘を守ろうとした。

すると、その時、偶然にも一匹の体の大きなヤマネコが現れる。

すると母は、腰に巻いていた巾着を外し、中に隠していた手紙をヤマネコの首にかけた。それは、まだ幼い娘を都に住む知人に託すための手紙だった。


華穂カホ(華)、聞いて。

実は、あなたは私たちの実の娘じゃないの。あなたは、出雲という大きな一族の娘。

でも、生まれつき色の違いが分からなったあなたは、占いで不吉だと言われ、

あなたの本当の父親である出雲の王様の命によって島流しに遭い、

そしてこの村に流れ着いたの。」


母は、既に力なくも必死の想いで言葉を続けた。

「でも、大丈夫。あなたはきっと幸せになる。だから、このヤマネコさんに乗って、都へ行ってね。」


母はヤマネコの頭を優しく撫で、こう名付けた。

ナシミ猫又美”。

そして、母は華をナシミの背中に乗せた。


「お願いね、ナシミ」

母は娘とのたくさんの思い出の雫を目頭にためながら、最期にそう伝えると、どこか安心したようにそのまま静かに息を引き取った。


華は、その握られた手から母の温かい体温を感じながら、ナシミの背中にしがみつく。


まだ幼かった華には、母の言葉の意味などよく分からない。

ただ、母が亡くなったこと、そして、これから一人で生きていかなければならないという事実に

漠然としながらも、その心は小さく震えていた。


文明がまだ発展していなかったその時代、命は儚く、脆いものだった。

人は、自然の中で生まれ、自然の中で生をまっとうする。

それは本来、当たり前のことだったのかもしれない。




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