ある日、華はホタルに、山の高台に景色がいいところがあるからと誘われる。
山道を登る途中、華は心の中でイナツナのことを思い浮かべていた。
彼と一緒に過ごす時間が好きだったから、今日会えないのは少し寂しい。
でも、ホタルと一緒に景色を見るのは楽しみでもあった。
木漏れ日が二人を照らす高台で、華はホタルと対峙していた。
澄み切った青空とは裏腹に、ホタルの心は鉛のように重く、ドロドロとした黒い感情が渦巻いていた。
「ホタル、落ち込まないで。
イナツナのこと、好きだったのは知ってるよ。
でも、恋はタイミングもあるから。
ホタルも、きっと素敵な人を見つけられるよ。」
華の言葉は、ホタルの胸に突き刺さった。
まるで、今まで必死に積み上げてきたものが、一瞬にして崩れ去ったかのように感じた。
「タイミング……? 何それ……!
私がずっと、ずっとあいつのこと好きだったの、知ってるくせに!
踊りを練習した日々も、手作りのプレゼントを作った事も、毎日毎日あいつのこと考えてた時間も、
全部あなたは無駄だったって言うの!?
そんな簡単に『素敵な人を見つけられる』なんて、言わないでよ!
あいつとの付き合いの浅いあなたに、私の何がわかるって言うの?
私にとって、あいつはたった一人の特別だったのに……!」
ホタルの脳裏には、イナツナと過ごした様々な記憶が走馬灯のように駆け巡る。
初めて出会った日のこと、一緒に遊んだ帰り道、秘密を共有した夜。
どれもホタルの宝物であり、彼への想いは、時間をかけてゆっくりと育まれてきたものだった。
それなのに、華はまるで、ホタルの気持ちを軽んじるかのように、
"タイミング"の一言で片付けようとしてしまった。
それはホタルにとって、到底許せることではなかった。
怒りが沸点に達した。
ホタルは、目の前にいる華が、まるで自分の大切なものを奪い去った存在のように思えてならなかった。
突き上げる衝動を抑えきれず、つい……、
ホタルは華を突き飛ばした。
華はよろめき、足元がふらつく。
ホタルは、そんな華の姿を見ても、もはや何も感じなかった。
ただ、深い怒りと悲しみで、心がぐちゃぐちゃになっていた。
「もう、顔も見たくない……!」
ホタルはそう言い残し、泣きながら高台を駆け下りていった。
残された華は、呆然と立ち尽くしていた。
「ドド!」
「え?」
突然、足元から聞こえた鈍い音に華は嫌な予感がした。