「馬鹿!あんたたち、早くあの子の下にそれ広げなさい!!」
ホタルは叫んだが、二人は落下スピードの速さにおどおどして、なかなか着地場所がわからずにいる。
「うっ!!」
華は辛うじで崖の僅かな引っかかりに両手の爪を立てて落下を止めた。
しかし、真っ赤な顔で歯を食いしばる彼女のその様子からは、もう一刻の猶予も感じられない。
「ごめん。二人ともどいて。」
その声はイナツナだった。
下で華を受けようとするカザシネとタエマにそう言うと、
彼は持っていた弓矢の矢先に脂をたくさん染み込ませた麻布を巻きつけ火をつける。
「おい、何してるんだよ?」
カザシネがイナツナに向かって言った。
「ごめん、今は説明してる時間は無い。それより、急いで、この壺の中にそこの小川の水を汲んできてくれないか!?」
「お、おう。
おい、タエマ。いくぞ!」
「あ、わかった。」
カザシネとタエマの二人は、近くの小川まで水を汲みに急ぎ走った。
その間、イナツナは頭上に広く枝が張り巡らされ伸びていた紅葉樹の木の茎に弓矢で狙いを定め、そして射抜く。
すると、太い茎の根本が激しくメラメラと炎が上がる。
そして……。
ギギー、ギギギー!!
茎は低く音をたてて折れ。
「わ、わあああ!」
ズシーン!!!!
バサァァァァ!!
緑の絨毯が地面一体へと広く覆い被さる。
「う、うそ!?」
その驚愕な光景に、当事者の華はもちろん、他の三人も驚きを隠せなかった。
そして、カザシネとタエマがバケツリレーで燃え広がろうとする炎を消火している間に、イナツナはクナイを刺しながら崖を這い上がり、そして華を空中で抱きしめる。
そんな二人の目の前には、風を切り裂くような音と、崖下の絶壁がすぐそばまで迫ってきていた。
まるで一瞬、時間が止まったかのように感じる。
しかし、イナツナは冷静さを保ち、胴に麻縄で巻きつけた片方のクナイを岩に突き刺し、体を固定した。
そして、華を両手で抱きしめると、そのままゆっくりと崖下へとたぐるように降り、緑の地面へと体を埋めた。
ザザザザザ!!
…………。
「た、助かったのか!?
助かったんだよな、これって?」
カザシネが自分自身に言い聞かせるようにそう呟く。
「や、やったー!!!」
タエマの歓声だった。
「よ、よかった……」
終始極度の緊急に晒されていたホタルは、
満身創痍な表情でその場に膝を落とす。
「ねえ、私たち、助かった……の!?」
華はそう言いながら確証を得るために辺りをキョロキョロと見渡した。
「いてて。」
「イナツナ、腰を打った?
大丈夫!?」
華は全身軽い擦り傷と土と埃まみれではあったが、奇跡的にそれ以外の目立った怪我は無かった。
華が心配そうにイナツナの側にかけよると、彼は華に向けて冗談めかしくも爽やかな笑顔を向ける。
「姫、どこかお怪我はございませんか?」
「イナツナ……」
そして、イナツナはみんなにガッツポーズをした。
「やったぜ!!!」
「ありがとう、イナツナ♪」
華は彼に抱きつき、そして……。
「うわぁぁぁん、うわぁぁぁん!私、私……」
彼の懐の中で泣き出してしまう。
「怖かったんだね、華?
でも大丈夫。もう大丈夫だよ。」
イナツナはそう言って華の頭を優しく撫でた。
夕焼けが二人の影を長く伸ばし、緑のクッションの上には、二人の温かい息が混ざり合っていた。
「イナツナありがとう。ほんとにありがとう。私、安心したら眠く……」
「おや、華、寝ちゃったね。
どうしよう、困ったな。」
イナツナは、眠る華の顔をじっと見つめた。そして、静かにこう呟いた。
「君と一緒のこの素敵な時間、
ずっと続けばいいのにな」
その後、イナツナは、茜色に染まった空の下、華を背負って村へと戻る。
そんな彼の心には、ある決意が芽生えていた。