夕焼けが村を染める中、ホタルは一人、川辺に腰かけていた。
涙が頬を伝い、濡れた土に染み込んでいく。
しばらくそうしていると、イナツナと華の楽しそうな声が、遠くから聞こえてきた。
その度に、ホタルの心は締め付けられるように痛む。
「どうして、どうして私はこんなに心が狭いんだろう。
イナツナはこんな私のことなんて、もう見てくれないだろうな」
一方、華は、イナツナを介抱しながらも、ホタルのことを考えていた。
最近いつも一人でいるホタルの姿を見て、今の自分がどれだけ恵まれているのかを改めて感じていたのだった。
ホタルが華の家に謝罪に行った日の夕方。
華はホタルを誘い、村の外れの山桜の桜並木へと足を運ぶ。
山桜の木のつぼみを見ながら、華はゆっくり言葉を切り出した。
「ホタル、あの時は本当にごめんね。
“タイミングだよ”とか心ない事言っちゃって。
私はイナツナと一緒に過ごす幸せに舞い上がってしまって、
今まで周りが見えてなかったって思う。
貴方の気持ちを考えずに、軽はずみな事を言って、
あなたを傷つけて本当にごめんね。
本当にごめんなさい」
「ちがうわ。私が悪かったの。」
ホタルは華にそう打ち明け、
話を続ける。
「華、あなたは私の大切な友達。それは昔からずっと変わらないよ。」
彼女はそう話しながら五人でいつも一緒に遊んでいた楽しい日々を思い出していた。
「でもね、みんなが成長するにつれて、華、あなたが村の中で注目される存在になったのを感じ始めたの。
そしてイナツナの視線があなたに向けられることが多くなって、私、自分が見過ごされていると感じるようになってしまった。」
ホタルはその時の気持ちを振り返り、少し悲しそうに続けた。
「嫉妬心が芽生えてしまったのかな。
でも、本当に決してあなたを嫌いになったわけじゃないよ。
ただ、私もあなたと同じようにイナツナに振り向いてもらいたい、イナツナに守ってもらいたいって、そう思ってしまったの。」
ホタルの目には、華が危険から救われた瞬間の光景が鮮明に浮かんでいた。
「イナツナがあなたを危険から救う姿を見た時、彼の勇気と優しさが眩しくて仕方なかったな」
ホタルは涙をこらえながら、最後にこう告白した。
「華、ごめんね。
私はただ、あなたみたいに彼に大切に思われたかっただけなんだ」
華は静かにホタルの手を握りしめ、優しく微笑んだ。
「ホタル、あなたは私の大切な友達。私もあなたをイナツナと同じくらい大切に思ってるよ。
それから……。
私、決めた!」
「え、決めたって何を?」
「これから私、どうしようもない不安や悩みとかが生まれたとき、自分の中だけで抱え込むのはもうやめようと思う。
私たちは決して一人じゃない。私にはホタルっていう素敵な友達もいる。
だからね、私は自分の気持ちにいつも正直でいたいと思う。そしてもちろん……」
そう言って華はホタルに向けて笑みを浮かべた。
「え、もしかして……私?」
「そう。もちろんホタルもだよ。
お互い本当に大切に思ってることは、ちゃんと言葉に出さなきゃだね」
「華……」
時は巡り、季節は冬から春へと変わっていった。
村は山桜の花で満開となり、若葉が芽吹き、生命力に満ち溢れる。
イナツナはもうすっかり元気になり、再び村人たちのために農作業を手伝う日々が始まった。
華やホタル達も、そんなイナツナを陰ながら支え、村の人々の役に立つために日々を過ごしていく。
華とイナツナ、そして村の人々との温かい絆の中で、
ホタルの心の傷も少しずつ癒やされていった。