〔※回想/削磨〕
***
瓦礫の山が広がる廃墟を、僕はひとり彷徨っていた。
地震で家族を失い、残されたのは孤独と絶望だけ。
それでも、瓦礫の中から小さな命を見つけた。
二人の男の子。彼らの瞳に宿る悲しみと希望が、僕の心を強く揺さぶる。
「どうして、こんなところに……」
小さく呟きながら、僕は二人を抱きしめた。
この子たちを、絶対に守り抜く。それが、今の僕の全てだ。
〔※現在〕
「削磨兄貴、買ってきたぜ!」
明るい声が響き、躍太が駆け寄ってきた。
手に提げているのは、兄の削磨に頼まれたお使いの品だろう。
隣には、少し内気な優もいる。
削磨は再び話を続けた。
〔※回想/削磨〕
***
それから、僕は必死に働いた。アルバイトを掛け持ちし、三人で小さなアパートで暮らした。
躍太は元気いっぱいで好奇心旺盛な少年。優は内向的だが、僕のことを兄のように慕ってくれた。
幸せな日々が続いた。
しかし、そんな日常に変化が訪れる。
バイト先で知り合った年上の女性と、深く愛し合うようになったのだ。
そして、ある日僕は彼女から思いがけない告白を受けた。
「削磨くん、私、赤ちゃんを授かったの」
驚きと喜びが、僕の胸に満ち溢れた。
経済状況は決して楽ではなかったが、それでも彼女と、そして生まれてくる子供と、弟たちと、
みんなで未来を築こうと僕は決意しする。
だが、現実は甘くはなかった。
ある日、彼女の婚約者を名乗る男が僕の前に現れる。
僕が玄関先で対応していると、躍太と優が心配そうに顔を覗かせた。
「削磨兄ちゃん、この人誰?お客さん?」
優が興味津々に聞いてくる。
弟たちに聞かせるわけにはいかない。
俺は二人を部屋に戻した。
僕が男に詳しく話を聞くと、
男の目的は、慰謝料だと言う。
彼は僕に、多額のお金を要求してきた。
俺は、これまで汗水流して貯めてきた全財産を失い、
さらには借金まで背負うことになった。
僕はたった一晩で、絶望の淵に突き落とされ、
誰もいない部屋で一人絶望感に涙を流す。
そんな僕を支えてくれたのは、躍太と優だった。
二人は僕の苦しみを理解し、いつも励ましてくれる。
〔※現在〕
「ここからは俺に話させて」
躍太が静かに言った。
「じゃあ、お願いするよ」
削磨は頷いた。
「おう、任せて」
躍太は覚悟を決めたように続きを話し始めた。
〔躍太/回想〕
***
「ある日、俺は兄貴と恋人の会話を偶然聞いてしまった。
そして、その女の人の話、なんかおかしいって思ったんだ。
ずっと笑ってるのに、目が笑ってない。
それで、兄貴のこと、お金目当てで近づいたんじゃないかって……。
俺は、恋人がトイレに行った隙に、兄貴にそのことを伝えた。
兄貴は動揺しているようだったが、俺の言葉に耳を傾けようとはしてくれない。
数日後、俺は優を連れて、兄貴の恋人の跡を尾けることにした。
そして……、俺達が窓の外から中の様子を伺っていると。
「これって、まさか……」
すると、部屋の中から聞こえてきたのは、兄貴の恋人とこの前家に来た男の笑い声だった。
妊娠なんて真っ赤な嘘。あの女は最初から、兄貴を騙すつもりだったのだ。
すると、優が怒りに震えながら、二人の前に飛び出した。
「兄ちゃんを騙すなんて、絶対に許せない!」
「ちょっと、優、止めろって!!」
俺の制止も虚しく、
男は顔を歪め、
そして、ピストルを構えた。
「うるさいぞ、ガキ!」
「優、逃げろー!!!」
「え?」
「遅い!!」
バキューン!!
乾いた銃声が、建物全体に響き渡る。
そして、それは同時に、優の死を意味していた。
***
〔※現在〕
「ねえ、躍太兄さん?話長いし、一旦休憩挟んだらどう?」
優が気遣い、躍太の話に入ってきた。
「ああ、そうだな」
「ねえ、躍太。ところで一つ聞いていい?」
少女が言った。
「あ、ああ」
「おじさんから優だけはこの地区に集められた訳じゃ無いって聞いたんだけど、
その辺の詳しい事情知ってる?」
「ああ、もちろん。優だけは元々C地区に集められていたんだ。
そこを、自分と削磨兄貴とでそのC地区に潜入して部品を回収しに行ってきたんだ。
そしておじさんに再生してもらった。
つまりそういうこと。わかった?」
「部品の部品?再生?」
少女は驚きを隠せない。
そこに削磨が戻ってきた。
「俺たちはさ、みんなロボットなんだ」
削磨は静かに言った。
「……」
少女はさらに驚く。しかし、驚きの余り、次の言葉が出なかった。
「じゃあ、さっきの話を続けるな」
躍太は話を続けた。
〔躍太/回想〕
***
「お前ら所詮ロボットだろうが。世間じゃお前達に権利とかほざいてる奴らもいるが俺はみとめちゃいねえ」
弟を殺した男の言葉が、俺の胸に深く突き刺さった。
優の体温が、まだ手のひらに残っている。
怒りが、全身を駆け巡った。
俺は男に飛び掛かると、銃を奪い取った。
そして、激しい格闘の末、俺の打った銃弾が男の胸に命中した。
男は信じられないという表情で、ゆっくりと倒れていく。
俺が視線を移すと、女がナイフを手に、俺に襲いかかってきた。
次の瞬間、俺は壁際へと強い力で押し倒された。
鋭い痛みが俺の背中を走るはずだった。
しかし。
「躍……太……」
「あ、兄……貴……?」
気がつくと、目の前に兄貴が倒れていた。
倒れた兄弟二人の姿に、俺の瞳に絶望の色が映し出された。
女は、勝利したかのように笑った。
「君はもう、どうあがいても逃れられない。
でも、それは私も同じ。
じゃあ、頭のいいお姉さんはこういう時どうするか知ってる?」
そう言うと、彼女は死んだ男と自分の手に付けていたニトリル手袋をゆっくりと外し、
ライターで燃やした。そして、灰になった手袋を俺に向かって投げ捨てた。
「躍太くん、こうするのよ!」
すると女は、俺の手を掴み、ナイフをこの手に握り込ませた。
そしてそのまま、自分の喉に突き刺した。
「犯人役よろしくね」
そう言い残し、女は力なく床に倒れた。
俺の手には、まだ温もりの残るナイフが握られている。
俺の頭の中は真っ白だった。
なぜ、こんなことになったのか。
どうして、こんな結末を迎えたのか。
※次話は削磨と翔太の過去に関する話です。