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第54話 削磨と翔太の過去前半 現在〜削磨の過去

〔※現在〕


「翔太、少し話があるんだが……」

夕飯の支度で忙しそうに動き回る翔太に、削磨は声をかける。

しかし、その声は震えていた。まるで今にも崩れ落ちそうな砂の城のように。


「どうしたの、削磨さん? 深刻な顔して」

翔太は振り返り、いつもの優しい笑みを浮かべた。

その笑顔が、削磨の胸を締め付ける。


翔太は、削磨にとって今や家族同然の存在であり、

情けない話だが、情が移ってしまっていた。

だが、削磨には誰にも言えない秘密があった。


「実は……」

絞り出すような声で言いかけたが、削磨は言葉を詰まらせる。

喉に魚の骨が引っかかったように、言葉が出てこない。


翔太と妹の祥子の本当の両親を殺したのは、他ならぬ自分だったのだ。

あの時の光景が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。


翔太は、削磨の言葉をじっと待っていた。

その視線は、まるで真実を求める子供のようだ。

しかし、削磨は言葉に詰まる。

口を開きかけては、また閉じる。

葛藤が、削磨の心を蝕んでいく。


「ごめん……やっぱり何でもない」

結局、何も言えなかった。情けない。

だが、今この場で話すわけにはいかない。そう思った。


「そう? でも、何かあったらいつでも言ってね」

翔太は再び笑顔を見せる。

その笑顔が、削磨の心をさらに痛めつけた。

まるで傷口に塩を塗り込まれたように。


その日の夜、削磨は自室で一人、過去を思い出していた。

暗い部屋の中で、過去の記憶だけが鮮明に蘇る。


〔※削磨/過去〕


***

翔太と祥子の両親は、子どものいなかった老夫婦だった。

二人は、施設にいた翔太と祥子を引き取り、四人で温かな生活を送っていた。

裕福ではなかったが、そこには確かに、ささやかな幸せがあった。


しかし、ある日――。

夫が買い物帰りに、路地裏で組織の闇取引現場を目撃してしまう。

その瞬間から、夫の日常は狂い始めた。

静かな湖畔に、一筋の波紋が広がるように、日常が徐々に壊れていく。


ある日、夫はスリッパの中に「誰にも言うな。言えば命はない」と書かれた紙を見つけた。

恐怖に駆られた夫は、妻にそのことを打ち明ける。

怯えながらも、二人は誰かに相談しようと決意した。


夫婦は悩んだ末、まずは近所の人に相談することにした。

しかし、その矢先――。

夫の携帯に非通知の着信が入り、「みているぞ」という機械音声が流れる。

まるで、背後から冷たい刃を突きつけられたようだった。


数日後。

夫の携帯に匿名の人物から、「記憶力改善のための講演会」という日時だけが書かれた不審なショートメッセージが届く。

夫は恐怖を感じ、それを無視した。

だが、闇は確実に迫っていた。


その日の午後、夫は再び近所の人に相談しようとする。

しかし、その直前――。

妻の携帯に「今、海に来ていて、素敵なカフェがあるから来て」とのLINEメッセージが届いた。

「バッテリーが切れそうだから、電話じゃなくLINEにして」という言葉に、夫は疑念を抱きつつも、海へ向かう。

妻からのメッセージを頼りに。


その頃――。

ボスからの依頼を受けたのは、削磨自身だった。

翔太と祥子が小学校へ行っている間の出来事だった。


削磨は、後に出会うことになる翔太とその妹のことを思うと、胸が張り裂けそうだった。

だが、組織の命令には逆らえない。

それが、殺し屋の掟だった。


「翔太くん……祥子ちゃん……ごめん……」

削磨は涙をこぼしながら呟く。


いつか、この罪を償わなければならない。

償う方法などあるのだろうか――。

削磨は、そう心に誓った。


※次回は話が現在に戻ります。


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