〔※現在〕
「翔太、少し話があるんだが……」
夕飯の支度で忙しそうに動き回る翔太に、削磨は声をかける。
しかし、その声は震えていた。まるで今にも崩れ落ちそうな砂の城のように。
「どうしたの、削磨さん? 深刻な顔して」
翔太は振り返り、いつもの優しい笑みを浮かべた。
その笑顔が、削磨の胸を締め付ける。
翔太は、削磨にとって今や家族同然の存在であり、
情けない話だが、情が移ってしまっていた。
だが、削磨には誰にも言えない秘密があった。
「実は……」
絞り出すような声で言いかけたが、削磨は言葉を詰まらせる。
喉に魚の骨が引っかかったように、言葉が出てこない。
翔太と妹の祥子の本当の両親を殺したのは、他ならぬ自分だったのだ。
あの時の光景が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
翔太は、削磨の言葉をじっと待っていた。
その視線は、まるで真実を求める子供のようだ。
しかし、削磨は言葉に詰まる。
口を開きかけては、また閉じる。
葛藤が、削磨の心を蝕んでいく。
「ごめん……やっぱり何でもない」
結局、何も言えなかった。情けない。
だが、今この場で話すわけにはいかない。そう思った。
「そう? でも、何かあったらいつでも言ってね」
翔太は再び笑顔を見せる。
その笑顔が、削磨の心をさらに痛めつけた。
まるで傷口に塩を塗り込まれたように。
その日の夜、削磨は自室で一人、過去を思い出していた。
暗い部屋の中で、過去の記憶だけが鮮明に蘇る。
〔※削磨/過去〕
***
翔太と祥子の両親は、子どものいなかった老夫婦だった。
二人は、施設にいた翔太と祥子を引き取り、四人で温かな生活を送っていた。
裕福ではなかったが、そこには確かに、ささやかな幸せがあった。
しかし、ある日――。
夫が買い物帰りに、路地裏で組織の闇取引現場を目撃してしまう。
その瞬間から、夫の日常は狂い始めた。
静かな湖畔に、一筋の波紋が広がるように、日常が徐々に壊れていく。
ある日、夫はスリッパの中に「誰にも言うな。言えば命はない」と書かれた紙を見つけた。
恐怖に駆られた夫は、妻にそのことを打ち明ける。
怯えながらも、二人は誰かに相談しようと決意した。
夫婦は悩んだ末、まずは近所の人に相談することにした。
しかし、その矢先――。
夫の携帯に非通知の着信が入り、「みているぞ」という機械音声が流れる。
まるで、背後から冷たい刃を突きつけられたようだった。
数日後。
夫の携帯に匿名の人物から、「記憶力改善のための講演会」という日時だけが書かれた不審なショートメッセージが届く。
夫は恐怖を感じ、それを無視した。
だが、闇は確実に迫っていた。
その日の午後、夫は再び近所の人に相談しようとする。
しかし、その直前――。
妻の携帯に「今、海に来ていて、素敵なカフェがあるから来て」とのLINEメッセージが届いた。
「バッテリーが切れそうだから、電話じゃなくLINEにして」という言葉に、夫は疑念を抱きつつも、海へ向かう。
妻からのメッセージを頼りに。
その頃――。
ボスからの依頼を受けたのは、削磨自身だった。
翔太と祥子が小学校へ行っている間の出来事だった。
削磨は、後に出会うことになる翔太とその妹のことを思うと、胸が張り裂けそうだった。
だが、組織の命令には逆らえない。
それが、殺し屋の掟だった。
「翔太くん……祥子ちゃん……ごめん……」
削磨は涙をこぼしながら呟く。
いつか、この罪を償わなければならない。
償う方法などあるのだろうか――。
削磨は、そう心に誓った。
※次回は話が現在に戻ります。