〔※現在〕
静まり返った部屋で、削磨は翔太と向かい合っていた。
夕食の温かい香りが、二人の間に漂う。
しかし、その穏やかな雰囲気とは裏腹に、削磨の心臓は激しく脈打っていた。
翔太の優しい笑顔が、まるで刃物のように胸に突き刺さる。
削磨は、自分が犯した罪の重さに押し潰されそうになっていた。
「翔太……少し話があるんだ」
絞り出すような声で、削磨は言った。
翔太は不思議そうな顔をして、削磨を見つめる。
「この前から様子が変ですよ。
どうしたの、削磨さん? 何かあったの?」
その言葉が、削磨の心を締め付ける。
翔太の目を直視することができない。
「実は……」
削磨の声は震えていた。
「君と祥子さんの両親を……」
「殺したのは……」
「
削磨は息を詰まらせ、絞り出すように言った。
震える声で、必死に続ける。
「昔、僕は殺し屋だった。
組織の命令とはいえ、僕が君たちの両親を殺したんだ……」
翔太は、言葉を失った。
彼の顔から、笑顔が消え失せる。
信じられない、といった表情で、削磨をじっと見つめた。
「そんな……そんなことって……」
翔太の声は震え、目には涙が溢れていた。
「ごめん……本当にごめん……」
削磨は、翔太に土下座した。
心から、犯した罪を謝罪する。
「どうして……どうしてこんなことを……」
削磨は、自分の過去を振り返った。
〔※削磨/回想〕
***
僕が善良な一般市民の殺害を躊躇していたとき、組織はこう持ちかけてきた。
「ターゲットの夫婦を殺さなくてもいい方法がある」
監禁して記憶を消去したあと、無事に解放する――。
そのために、夫婦が来る予定の喫茶店で、彼らのグラスに睡眠薬を入れてほしい。
そう言われた。
僕は、組織から預かった睡眠薬を事前に調べた。
しかし、特に毒物反応は出なかった。
だから、信じてしまった。
夫婦を殺さずに済むなら、それに越したことはないと思った。
だが、それは組織の罠だった。
僕は、後に組織からこう言われた。
「まさか、お前が毒物を検知するために使った機材が細工されているなんて疑わなかったんだろう?
この仕事は、騙す騙されるが当たり前だ。
それを見抜けないお前が悪い。
もちろん、こうでもしないとお前は殺害を実行しなかっただろうし。
仮に見抜いていたとしても、お前にターゲットを殺害しないという選択肢は、元々存在しなかったがな」
結果的に、僕は夫婦を殺してしまった。
組織に騙された。
あいつらは、僕を利用したんだ。
僕は、怒りに震えた。
組織への憎しみが、僕の心を焦がした。
許さない……絶対に許さない……!!
僕は、復讐を誓った。
だが、それ以前に、翔太に謝らなければならない。
自分の罪を、償わなければならない。
〔※現在〕
「翔太……本当にごめん。
僕を許してくれとは言わない。
ただ、僕の話を聞いてほしい」
削磨は、翔太に懇願した。
翔太は、しばらく沈黙したあと、口を開いた。
「……話して」
その言葉は、冷たかった。
だが、削磨は話し始めた。
自分の過去。
組織のこと。
そして、翔太の両親を殺した日のこと――。
すべてを翔太に打ち明けた。
翔太は、削磨の話を静かに聞いていた。
彼の表情は、怒りと悲しみで歪んでいた。
しかし、削磨の話を聞き終えた後、翔太は静かに言った。
「……わかった。
君が、本当に後悔していることは、伝わったよ」
その言葉に、削磨は驚いた。
彼が、そのように言ってくれるとは思っていなかった。
「でも……僕は、君のことを許せない。
許すには、時間がかかると思う」
翔太は、正直な気持ちを伝えた。
削磨は、それを受け入れた。
当然だと思った。
自分の犯した罪は、決して許されるものではない。
「わかってる。
君が許してくれなくても、僕は君のそばにいる。
そして、償い続ける」
削磨は、翔太に誓った――。
※削磨と翔太の過去の話はここで終わります。
次回からは、老人の知られざる過去に迫ります。