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第56話 老人の過去前半 ※現在

〔※現在〕


薄暗い実験室は、静寂に包まれていた。

時計の針がカチカチと音を立て、冷たい空気の中に緊張感を際立たせる。


無数のフラスコや張り巡らされた配線――。

その光景は、まるでSF映画に登場する異世界のようだった。


埃をかぶった賞状や、黄ばんだ実験ノートが棚に並ぶ。

それらはかつての栄光を物語っていたが、今はただの忘れ去られた遺物に過ぎない。


静寂を破ったのは、躍太の声だった。


「あのマネキン、真夜中にひとりでに動き出すらしいぞ」


興奮と一抹の不安を含んだ目が、仲間たちをじっと見つめる。

好奇心と恐怖が入り混じる複雑な表情――。


「冗談だろ。まさか……」

削磨はため息をつく。半信半疑といった様子だった。


しかし、彼の瞳の奥には、隠しきれない好奇心が光っていた。


夜が更け、実験室が静まり返る中、彼らは老人が眠っているのを確認し、

息を潜めてマネキンの前へ近づいた。


マネキンは、人間の女性の形を模し、首から上だけが台座に固定されている。

白い肌は、生きているかのようになめらかで、長い髪は光を反射して美しく輝いていた。

しかし――。


その顔には、どこか冷たく、温かみのない印象が漂っていた。


「よし……さっきみんなで話した作戦、試してみよう」


忘却の少女が仲間たちに静かに告げる。

彼女の表情は、緊張と期待で引き締まっていた。


仲間たちは互いに顔を見合わせ、頷き合う。


「みんな、明日早いし、もう帰ろう」


削磨の言葉に従い、彼らはぞろぞろと実験室を後にした――。


しかし、本当に帰ったわけではない。


息を殺し、物音を立てず――。

扉の向こうから、マネキンの様子をじっと伺っていた。


---


「何も起こらないな……」

(小声)「しーっ! 静かに!」

(小声)「ご、ごめん……」

「わ、わぁ……」

(小声)「しーっ! だから静かにしろって!」

(小声)「あわあわあわ……」

(小声)「大丈夫か、翔太?」

(小声)「見て……あのマネキン……」


「え!?」


仲間たちがマネキンを見たその瞬間――。


マネキンは、まるで生きているかのように、ゆっくりと首を動かした。


「うわっ! あいつ、本当に動いてる……!」


躍太は目を大きく見開き、驚きを隠せなかった。


マネキンの瞳が、暗闇の中で光を放つ。

それはまるで魂が宿っているかのように――。


そして、マネキンはゆっくりと彼らの方を向いた。

その瞳は、意志を持っているかのように見える。

しかし、表情は変わらず、こちらに気付いていないようだった。


「あれは何!? 一体何が……」


翔太が混乱した様子で呟く。


仲間たちは、マネキンの動きから目を離せない。

次に何が起こるのか、固唾を飲んで見守る――。


すると――。


マネキンは、横に置かれた二本の両手を空中に浮かび上がらせた。

まるで、遠くから飛んできたボールを掴むかのように――

ゆっくりと上へと伸ばす。


刹那――。


実験室の電気が突然消えた。


闇に包まれた室内で、仲間たちは身を寄せ合う。

恐怖と不安に駆られ、震えながら……。


「なあ、これ一体……何が起こったんだ……?」


削磨が震える声で呟いた。


その瞬間――。


マネキンの目が再び光を放つ。


しかし、先ほどとは違う――不気味な赤い光だった。


「うわあああ!!」


翔太の悲鳴が、闇の中に響き渡る。


仲間たちは、マネキンから逃げようとする。

しかし、マネキンは首から下の台座ごと、まるで彼らを追うかのように――

ゆっくりと距離を詰めてくる。


「助けて……!!!」


躍太の必死の叫び。


しかし――誰も彼を助けることはできなかった。


マネキンは彼らに近づき、そして――。




「うわあああ!!!」


躍太は飛び起きた。


心臓はドキドキと激しく鼓動し、冷や汗が背中を伝う。


目の前には――まだ鮮明に残る悪夢の光景。


「はっ……はっ……」


息を切らしながら周囲を見渡す。


しかし、そこは――いつもの静かな部屋だった。


窓から差し込む月明かりが、部屋を優しく照らしている。


「……夢だったのか……」


安堵のため息をつきながらも、鼓動はなかなか収まらない。


あの夢――あまりにもリアルだった。


マネキンの顔、赤い光、首に触れた爪の感触……。


すべてが、まるで現実のことのように思えた。


「一体……どうしてあんな夢を……?」


躍太は、自分の胸に手を当てる。


機械の心臓ポンプが、まだドキドキと音を立てていた――。  


※次回からは、老人の知られざる過去が語られます。

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