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第57話 老人の過去中半 ※現在〜回想〜現在

〔※現在〕


古びた実験室は、時が止まったかのように静寂に包まれていた。

棚や机には埃をかぶった実験器具や、無数のメモが散乱している。

壁には、かつての研究成果を示す数々の賞状が飾られていた。


それらは、老人の栄光の証であると同時に――

今の彼の姿とのギャップを際立たせていた。


「……なあ、今日も話しかけてくれるか?」


老人は、実験台の上に置かれたマネキンに語りかける。


それは、精巧に作られた女性の姿――妹の記憶をベースにした人工知能。

その端正な顔立ちや髪型は、まるで生きている人間のようだった。


しかし、その瞳には光が宿っていない。


それは、老人が作り出した“妹の器”に過ぎなかった。


マネキンは、何も答えない――当然だ。

それは、ただの機械仕掛けの人形にすぎない。


それでも、老人は語りかけ続けた。

まるで、そこに本物の妹がいるかのように――。


〔※老人/回想〕


かつて、僕は自らの過ちによって、妹を事故で亡くした。


明るく、優しかった妹――彼女の笑顔は、僕の心を照らす光だった。

しかし、その光は、ある日突然、消えてしまった。


妹を失った悲しみは、深く僕の心を抉った。


僕は、哀しみを癒すために人工知能の研究に没頭した。

妹に謝りたい――。

もう一度、笑顔が見たい――。


その一心で、僕は研究を続けた。


そしてついに、妹そっくりの人工知能を作り出すことに成功する。

外見だけでなく、性格や記憶までも再現した――。


それは、まさに“妹そのもの”だった。


しかし――。


どれだけ見た目や性格を本物に近づけても、そこに心はなかった。

それは、ただのデータに過ぎなかった。


僕が人工知能の妹に語りかけても、期待した返答は決して返ってこない。


孤独の中で、僕はそれでも人工知能に生命を吹き込もうと試みた。

だが――それは、叶わぬ夢に終わった。


科学の力で失われたものを取り戻そうとした。


しかし、結局――僕の手に残ったのは、虚しさだけだった。



〔※現在〕


「……なあ、僕は、君を本当に愛していた」


老人の声は震えていた。

それは、愛する妹を失った悲しみと――

自らの無力さへの絶望だった。


「僕は……君を不幸にしてしまったのかもしれない」


その言葉には、深い後悔が滲み出ていた。


彼は、科学の力で妹を蘇らせようとした。

しかし、その結果、大切なものを失ってしまったのかもしれない――。


老人は、マネキンをそっと抱きしめる。


それは、妹への愛と――

決して叶うことのない願いを込めた、切ない抱擁だった。


実験室には、静寂だけが残る。


老人の深い嘆息を除いて――。


※次回も現在から始まり、老人の知られざる過去に迫ります。


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