〔※現在〕
古びた実験室は、時が止まったかのように静寂に包まれていた。
棚や机には埃をかぶった実験器具や、無数のメモが散乱している。
壁には、かつての研究成果を示す数々の賞状が飾られていた。
それらは、老人の栄光の証であると同時に――
今の彼の姿とのギャップを際立たせていた。
「……なあ、今日も話しかけてくれるか?」
老人は、実験台の上に置かれたマネキンに語りかける。
それは、精巧に作られた女性の姿――妹の記憶をベースにした人工知能。
その端正な顔立ちや髪型は、まるで生きている人間のようだった。
しかし、その瞳には光が宿っていない。
それは、老人が作り出した“妹の器”に過ぎなかった。
マネキンは、何も答えない――当然だ。
それは、ただの機械仕掛けの人形にすぎない。
それでも、老人は語りかけ続けた。
まるで、そこに本物の妹がいるかのように――。
〔※老人/回想〕
かつて、僕は自らの過ちによって、妹を事故で亡くした。
明るく、優しかった妹――彼女の笑顔は、僕の心を照らす光だった。
しかし、その光は、ある日突然、消えてしまった。
妹を失った悲しみは、深く僕の心を抉った。
僕は、哀しみを癒すために人工知能の研究に没頭した。
妹に謝りたい――。
もう一度、笑顔が見たい――。
その一心で、僕は研究を続けた。
そしてついに、妹そっくりの人工知能を作り出すことに成功する。
外見だけでなく、性格や記憶までも再現した――。
それは、まさに“妹そのもの”だった。
しかし――。
どれだけ見た目や性格を本物に近づけても、そこに心はなかった。
それは、ただのデータに過ぎなかった。
僕が人工知能の妹に語りかけても、期待した返答は決して返ってこない。
孤独の中で、僕はそれでも人工知能に生命を吹き込もうと試みた。
だが――それは、叶わぬ夢に終わった。
科学の力で失われたものを取り戻そうとした。
しかし、結局――僕の手に残ったのは、虚しさだけだった。
〔※現在〕
「……なあ、僕は、君を本当に愛していた」
老人の声は震えていた。
それは、愛する妹を失った悲しみと――
自らの無力さへの絶望だった。
「僕は……君を不幸にしてしまったのかもしれない」
その言葉には、深い後悔が滲み出ていた。
彼は、科学の力で妹を蘇らせようとした。
しかし、その結果、大切なものを失ってしまったのかもしれない――。
老人は、マネキンをそっと抱きしめる。
それは、妹への愛と――
決して叶うことのない願いを込めた、切ない抱擁だった。
実験室には、静寂だけが残る。
老人の深い嘆息を除いて――。
※次回も現在から始まり、老人の知られざる過去に迫ります。