〔※現在〕
薄暗い研究室の片隅で、老人は静かに語り始めた。
その声には、長年抱え続けてきた後悔の念が滲んでいた。
まるで、心の奥底に溜まった泥水を、ゆっくりと排出するかのように――。
重く、苦しい響きだった。
老人の顔には深く刻まれた皺があり、まるで木版画のようにも見える。
その皺のひとつひとつが、彼の背負ってきた過去の重さを物語っていた。
「あの日……僕は……」
老人は、遠い目をして過去を振り返る。
その瞳には、深い悲しみと後悔の色が宿っていた。
まるで、目の前の光景が過去の記憶と重なり合っているかのように――。
彼は虚空をじっと見つめる。
妹の笑顔、妹の声、妹との思い出――。
それらは、彼の脳裏に鮮明に焼き付いており、時折、心を締め付けるように蘇る。
〔※老人/回想〕
妹を失ったあの日、僕の世界は一変した。
深い悲しみと絶望の中で、僕は妹を生き返らせるという狂気に取り憑かれていった。
妹の温もり、優しさ、存在――。
それらを自らの浅はかな行動で失った喪失感が、僕の心を蝕んでいく。
心にぽっかりと空いた穴を埋めるように、僕は妹のいる未来を求めた。
「妹を……もう一度……」
その一心で、僕は研究に没頭した。
昼夜を問わず、食事も睡眠も忘れ、実験と研究を繰り返す。
脳裏にはいつも、妹の幻影がよぎる。
謝りたい。笑顔が見たい。声が聞きたい。触れたい――。
その切なる願いが、僕を狂気へと駆り立てた。
迷路の中で出口を探し求めるように、僕は研究にのめり込んだ。
そして、ついに妹の意識をデータ化することに成功した。
しかし、それは決して僕が望んだ形ではなかった。
妹の体は失われ、意識だけが機械の中に閉じ込められてしまった――。
それは、記憶だけを無理に引き止めるという、妹の尊厳を無視した傲慢な行為だった。
僕は、妹の肉体と記憶を分離し、その存在を歪めてしまった。
僕は……間違っていた……。
僕は、妹を生き返らせようとしたのではなく、ただの抜け殻を作ろうとしていたのだ。
体温も、感触も、笑顔も――人工的な手段だけで取り戻せるものではなかった。
機械の中に閉じ込められた妹の人工知能は、苦しみ続けていた。
「お兄ちゃん……ありがとう。でも、私、もう楽になりたいな……」
「昔のあいつはもういない……。わかってる……わかってるんだ……」
僕は深く後悔し、二度と同じ過ちを繰り返さないことを誓った。
妹の魂を冒涜した罪を、生涯背負って生きていくことを決意した――。
それは、僕にとって永遠の十字架だった。
僕は、妹の魂に許しを請い続ける。
僕は……償わなければならない……。
その思いが、D地区を創設するきっかけとなった。
僕は、自分と同じような境遇に苦しむロボットたちに、
再びやり直す機会を与えようとしている。
彼らは、過去の罪に囚われ、希望を見失っていた。
僕は彼らに寄り添い、共に希望を切り開こうと決めた。
「D地区は……私の贖罪の場だ」
僕の言葉には、強い決意が込められている。
僕は過去の過ちを償い、D地区に集まった仲間たちが幸せに暮らせるように、
残りの人生を捧げることを決意した。
それは、僕にとっての使命であり、生きる意味でもある。
僕は、D地区の仲間たちに過去の自分自身を重ねていた。
彼らと共に過去を乗り越え、新たな希望を築く――。
それが、僕にとっての贖罪の旅だった。
〔※現在〕
彼は、D地区の仲間たちと共に、過去の自分自身も救おうと望みをかけた。
老人の研究室には、妹の頭部を模したマネキン――インターフェースが飾られている。
それは、妹への贖罪の象徴であり、彼の心の枷でもあった。
老人は、マネキンに語りかけることで、妹との対話を試みる。
それは、彼にとっての心の支えであり、唯一の慰めだった。
彼は、マネキンを通じて、妹の魂との交信を試みる。
「……今、話しかけてもいいか」
老人は、マネキンに優しく語りかけた。
「僕は、おまえのことを決して忘れない。
そして、償い続ける」
老人の言葉は、静かな研究室に響き渡り――やがて、虚空へと消えていく。
それは、妹への届かぬ想いを乗せた、悲しい旋律だった。
彼の言葉が、本当の妹の心に届くことは決してない。
しかし、彼はそれでも、今までそうやって妹に語りかけ続けてきた。
それが、彼にとって唯一の妹への贖罪の方法だと信じて。
※老人の過去の話はここで終わります。
次回からは忘却の少女の知られざる過去に迫ります。