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第64話 美嗣の真相1 ※紬/回想

〔※紬/回想〕


美嗣の世話は、いつも母がしていた。


その小さな体を抱きしめるたび、温もりが胸の奥へ静かに染みていく。


けれど――あの日、私は偶然にも親戚夫婦の家から母のもとへ帰っていた。


そして、滅多に帰宅しない父までもが、ふらりと家へ戻ってきた。


酒の匂いが漂い、荒れた笑い声が部屋の空気を重くする。


父は、酒を飲むと人が変わる。


穏やかだった優しさは影を潜め、荒々しい言葉と暴力だけがそこに残る。


私は、じっと息を潜めた。


怒りの矛先が、自分に向かわないようにと――


しかし、その日は違った。


父の視線は、美嗣へ向かっていた。


まだ言葉も話せない、小さな美嗣に。


(やめて……! お父さん、お願い……!)


鼓動が高鳴る。


私は、美嗣を抱きしめ、震える腕で必死に守ろうとした。


けれど、父の怒声が空気を裂いた。


「うるさい! 泣き止ませろ!」


荒々しく振り上げられる腕。


私は、美嗣を庇い、ぎゅっと目を閉じる。


鈍い音が響き、頬に熱いものが飛び散る。


息が詰まる。


恐る恐る目を開くと、信じがたい光景が広がっていた。


床に倒れた美嗣――額から赤い雫がこぼれる。


「美嗣……! 美嗣……!」


必死に名前を呼びながら抱き上げる。


しかし――彼女は何の反応も示さない。


父はただ呆然と立ち尽くしている。


そして、次の瞬間――玄関の扉が開いた。


母が帰ってきた。


だが、その顔に驚きの色はない。


まるで何も感じていないかのような冷たい目――




「お母さん!? 何してるの……何してるのよ!」


声が震え、家じゅうに響き渡る。


美嗣の姿を見た瞬間、息を呑んだ。


「美嗣……! 美嗣……!」


駆け寄り、震える手で抱きしめる。


「お願い……目を開けて……!」


必死に呼びかけるが、美嗣は微動だにしない。


私は、父を睨みつける。


「お父さん……! お父さんが美嗣を……!」


そして、母にも視線を向ける。


「お母さん……どうして……どうしてなの……!」


憎しみと怒りが燃え上がる。


けれど――私の言葉は宙を舞い、虚しく消えた。


父も母も、何も言わない。


父はただ、酒瓶を手に取り、無言で喉へ流し込む。


母は黒いポリ袋を淡々と広げている。




何が起こったのか、理解できなかった。


ただ、美嗣の冷えた体を抱きしめることしかできない。


少しずつ、そのぬくもりが消えていく。


(美嗣……! 美嗣……!)


どれだけ叫んでも――もう届かない。




両親を、決して許さない。


必ず――償わせる。


そう、心に誓った。


けれど、この道のりは険しく長い。


両親は、狂気に染まっていた。


もはや、人としての心を失っているのかもしれない。


そんな二人に、どう立ち向かえばいいのか――


答えは見えないまま、深い絶望が押し寄せる。


それでも、諦めるわけにはいかない。


美嗣のためにも、両親を止めなければならない。


私は、復讐のために、すべてを賭ける。


***


※次話では現在から始まります。


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