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第65話 子として当然の欲求 ※現在〜美嗣/回想

〔※現在〕


「ねえ、お姉ちゃん、教えて? 私が両親に……そんなの、何かの間違いだよね?」


美嗣は、今にも泣き出しそうな顔で紬に縋る。


藁にもすがる思いだった。


視界が揺れ、立っているのがやっとだった。


「……本当なの」


紬は、ゆっくりと首を横に振る。


その表情には、苦渋の色が滲んでいた。


美嗣の心臓が、締め付けられるような痛みに襲われる。


嘘であってほしかった。


姉の冗談であってほしかった。


だけど、紬の顔が、すべてが真実であることを語っている――


言葉を失った。


信じたくない。


信じられない。


そんなの、ありえない。


頭の中で、様々な感情が渦巻く。


「どうして……? なんで……?」


膝が崩れ、床に手をつく。


両親の顔が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。


優しい笑顔。


温かな手のひら。


愛に満ちた眼差し――


それが、すべて偽りだったのか。


そんなの、嫌だ――


美嗣は、首を横に振る。


「お姉ちゃん、何か知ってるんでしょ? 教えてよ!」


必死に訴えかける。


しかし、紬は何も言わなかった。


ただ、美嗣をそっと抱きしめる。


優しい温もりが、そっと包み込む。


それでも――


美嗣の悲しみは、底なしの闇へと沈んでいく。


どれだけ泣いても、涙は枯れない。


どれだけ叫んでも、悲しみは消えない。


気づけば、美嗣は絶望の淵に立たされていた。



〔※美嗣/回想〕


両親が――私を殺した?


そんな事実、信じられるはずがない。


信じたくなんてなかった。


だって――


脳裏に浮かぶのは、優しく微笑む父の顔。


温かい手のひらで髪を撫でてくれる母の姿。


そして、いつも愛情に満ちた眼差し――


それらが、すべて嘘だった?


そんなの、考えたくない。


「そんなの、嘘だ……!」


心の奥底で叫びながら、必死に押し殺す。


「きっと、何かの間違いなんだ……」


そう思わないと――壊れてしまう。


バラバラになって、もう戻れなくなる。


そんな気がして――怖かった。


アルバムを開く。


そこには、生まれたばかりの私を抱く両親の姿がある。


二人とも、幸せそうに私を見つめていた。


それは紛れもない事実だった。


あんなにも愛されていたのに、どうして?


もし、両親が私を殺したのだとしたら――


きっと、何か理由があるはず。


私にはまだ分からない、深い事情が。


そう思いたかった。


両親を――信じたかった。


信じさせてほしかった。


心の底から願い続けた。


もしかすると、私は真実から目を背けているのかもしれない。


都合のいいように解釈しているだけなのかもしれない。


それでも――


私は、両親を信じたかった。


だって、それが私にとって唯一の心の支えだったから。


もし、両親が悪意を持って私を殺そうとしたのだとしたら――


私はどうすればいいのだろう。


想像もつかない。


きっと、生きていけない。


そんなの、嫌だ――


私は、両親を信じたい。


ただ、それだけ。


それだけなのに――どうしてこんなにも苦しいのだろう。


両親の愛を、ただ信じたかった。


それだけなのに――


***


※次回は現在の紬視点から始まります。



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