時はハルにクレームの電話があった頃まで遡る。
聡子は、店の奥にある小さな休憩室で、温かい紅茶を飲みながら窓の外を見つめていた。
「ハル、また遅刻か…」
彼女はため息をつく。
ハルが入社してきたのは、まだ聡子がこの店に配属されて間もない頃だった。
明るく元気なハルは、すぐに店の人気者になる。
しかし、その裏には、仕事に対する甘さや、責任感のなさが隠されていた。
聡子は、そんなハルに手を焼きながらも、どこかで彼女の成長を期待してもいた。
(ハルはきっと、いつか変わるはず……)
聡子は、何度もそう自分に言い聞かせてきた。
そして一時間後。
ようやくハルが慌てた様子で店に飛び込んできた。
「ご、ごめんなさい、主任!
寝坊しちゃって……」
いつもの明るい笑顔だが、聡子の心には響かない。
数時間後。
お客からのクレームの知らせが入った。
オーダーカーテンのサイズが間違っていたという。聡子は自分のミスではないかと焦ったが、ハルの説明を聞き、彼女のミスだとの確信に至る。
聡子は自分が直接謝罪と対応に行きたいと申し出たが……。
「ハルちゃんにも経験をさせてあげましょう」
と店長が制止した。
「ハル、ついてきてくれる?
あなたがメメさんに直接謝りに行って、問題を解決するのも大切な経験だから」
店長はハルに言う。
聡子は心配しながらも、ハルの対応を見守ることにした。
しかし、仕事中もどこか上の空で、同じ職場の副店長の夫から
「いつもと様子が違うね」
と声をかけられ、複雑な気持ちになった。
夕刻、店長から電話があり、お客とハルが笑顔で写っている写真を見せられた。
「よ、よかった……」
その安堵感からか、聡子の頬を涙が伝った。
数日後。
ハルとの間に大きな亀裂が走る。
顧客への提案で意見が対立したのだ。
激しい言い争いの末、ハルは店を飛び出して行った。
「ハル、待って!」
聡子は叫んだが、ハルの姿はすでに見えなくなっていた。
その刹那——。
キキーツ!!!!
突然の激しいブレーキの音。
聡子は嫌な予感がした――。
直後、駆けつけた聡子の胸は凍りつく。
彼女の心には、ハルのことを思う気持ちと、自分自身への後悔が渦巻いていた。