舞台はハルの暮らす世界。
時はハルが記憶を失う前日。ハルが聡子と病院を抜け出した時まで戻る。
その後、聡子はハルを連れて街のあちこちを巡る。
仲間と笑った公園では——。
「あ、ここです! あたしが、アイス落として大騒ぎしたとこ……!」
アキの驚く顔を思い出し、ハルは小さく笑う。
「うわ、懐かしい……。
あの時、めっちゃ焦ったな」
職場の裏通りでは、聡子の声が蘇る。
「ハル! 初日にここで書類落として、追いかけてきたの、私だぞ!」
「うそ!?主任、そんなことまだ覚えてるんですか……?」
ハルが驚くと、聡子はフンと鼻を鳴らす。
「バカ、忘れるわけないだろ。お前のドジは全部覚えてるよ」
「うそ、主任最悪〜!」
「なあ、ハル。今は"主任"って言うな」
「はい、じゃあ"カッチリーヌ"先輩で」
「な……、なんで私に付けられたその恥ずかしい
聡子は突然、顔を真っ赤にしながらハルに詰め寄る。
「聡子主任は昔から真面目で融通が効かなくて、昔の友達からそう呼ばれてたって……、店長からそう聞きました」
「それ、誰にも……言うなよ、絶対言うなよ!!」
「はい、絶対言いません。
カッチリーヌ先輩♪クスクス」
「わ、笑うな!!」
慌てふためく聡子の反応が可笑しくて、ハルは涙を拭きながらクスりと笑う。
海の見える高台では、夕陽が水平線に沈む。ハルは呟く。
「こんな綺麗な景色……忘れたくないよ……」
聡子はバイクを停め、ヘルメットを外す。
「なら、しっかり目に焼き付けな。忘れても……私が覚えてるから」
その言葉に、ハルの胸が締め付けられる。
「先輩……。なんであたしのためにこんなことまでしてくれるんですか?」
ハルがぽつりと尋ねると、聡子は少しだけ目を細める。
「バカだからさ。
お前が全部忘れても、誰かが覚えてればいいだろ?
それで……十分だ」
厳しさとは違う、深い優しさが滲む声。
ハルは、初めて聡子の本当の心に触れた気がした。
夜が訪れ、二人は街外れの丘にたどり着く。
満天の星空の下、聡子はバイクを停める。
「ほら、ハル。こんな星空、見たことないだろ?」
「うわ……ほんと、すごい……」
ハルは目を輝かせるが、記憶はもうぼやけ始めている。
「先輩……あたし、明日には全部忘れちゃうんですよね……?」
その小さな声に、聡子はハルをそっと抱き寄せる。
「バカ……忘れてもいい。今日のことは、私が全部覚えてるから」
聡子の声は震え、星の光を映した涙が彼女の目にも浮かぶ。
ハルは最後に微笑む。
「先輩、ありがとう。
あたし今日……めっちゃ楽しかったです」
ハルの意識が闇に溶けていく。
聡子は心の中で誓う。
「ハル、どんな小さな瞬間も、どんな遠い記憶も……。
全部、覚えててやるからな」