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第32話 明日"せかい"が終わるんだって③

舞台はハルの暮らす世界。

時はハルが記憶を失う前日。ハルが聡子と病院を抜け出した時まで戻る。


その後、聡子はハルを連れて街のあちこちを巡る。


仲間と笑った公園では——。


「あ、ここです! あたしが、アイス落として大騒ぎしたとこ……!」


アキの驚く顔を思い出し、ハルは小さく笑う。


「うわ、懐かしい……。

あの時、めっちゃ焦ったな」


職場の裏通りでは、聡子の声が蘇る。


「ハル! 初日にここで書類落として、追いかけてきたの、私だぞ!」



「うそ!?主任、そんなことまだ覚えてるんですか……?」


ハルが驚くと、聡子はフンと鼻を鳴らす。


「バカ、忘れるわけないだろ。お前のドジは全部覚えてるよ」


「うそ、主任最悪〜!」


「なあ、ハル。今は"主任"って言うな」


「はい、じゃあ"カッチリーヌ"先輩で」


「な……、なんで私に付けられたその恥ずかしい異名黒歴史を!?」

聡子は突然、顔を真っ赤にしながらハルに詰め寄る。



「聡子主任は昔から真面目で融通が効かなくて、昔の友達からそう呼ばれてたって……、店長からそう聞きました」


「それ、誰にも……言うなよ、絶対言うなよ!!」


「はい、絶対言いません。

カッチリーヌ先輩♪クスクス」


「わ、笑うな!!」

慌てふためく聡子の反応が可笑しくて、ハルは涙を拭きながらクスりと笑う。


海の見える高台では、夕陽が水平線に沈む。ハルは呟く。


「こんな綺麗な景色……忘れたくないよ……」



聡子はバイクを停め、ヘルメットを外す。


「なら、しっかり目に焼き付けな。忘れても……私が覚えてるから」



その言葉に、ハルの胸が締め付けられる。

「先輩……。なんであたしのためにこんなことまでしてくれるんですか?」


ハルがぽつりと尋ねると、聡子は少しだけ目を細める。



「バカだからさ。

お前が全部忘れても、誰かが覚えてればいいだろ?

それで……十分だ」


厳しさとは違う、深い優しさが滲む声。

ハルは、初めて聡子の本当の心に触れた気がした。



夜が訪れ、二人は街外れの丘にたどり着く。

満天の星空の下、聡子はバイクを停める。


「ほら、ハル。こんな星空、見たことないだろ?」



「うわ……ほんと、すごい……」


ハルは目を輝かせるが、記憶はもうぼやけ始めている。



「先輩……あたし、明日には全部忘れちゃうんですよね……?」


その小さな声に、聡子はハルをそっと抱き寄せる。


「バカ……忘れてもいい。今日のことは、私が全部覚えてるから」


聡子の声は震え、星の光を映した涙が彼女の目にも浮かぶ。

ハルは最後に微笑む。


「先輩、ありがとう。

あたし今日……めっちゃ楽しかったです」

ハルの意識が闇に溶けていく。


聡子は心の中で誓う。


「ハル、どんな小さな瞬間も、どんな遠い記憶も……。

全部、覚えててやるからな」



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