灼熱地獄が、文字通り、蓮姫を飲み込もうとしていた。
「クソッ……!」
何の前触れもなく噴き出す赤熱のマグナが、大地を焦がし、空気を歪ませる。
蓮姫は、その奔流を紙一重で躱し、焼け付く地面をのたうち回るしかなかった。
一歩でも判断を誤れば、たちまち灰すら残らないだろう。
「ふざけやがって……!」
絶望的な状況下、蓮姫の首から下がる古びたペンダントが、突如、淡く光を帯び始めた。
導かれるように、蓮姫はそのペンダントを両手で包み込む。
微かな温もり。それは、乾ききった蓮姫の心に、一滴の水を落とすような感覚だった。
その瞬間、鮮烈な色彩を伴って、過去の記憶が脳裏に蘇る。
〔回想〕
白亜のゴスロリに身を包み、小麦色の髪を風になびかせる少女。
初めて会ったはずなのに、その高飛車な態度と、底知れない自信に満ちた眼差しは、蓮姫の記憶に深く刻まれていた。
「あらあら、そんなに慌ててどうしたの?」
見下ろすような声音。
初めて顔を合わせた時、少女はそう言った。
まるで、目の前の危機など取るに足らないと言わんばかりに。
「あなたみたいな、ちょっと変わった力を持つ人が、これから大変な目に遭うかもしれないのよね?」
他人事のような、どこか楽しげな口調。蓮姫は、その飄々とした態度に苛立ちを覚えた。
「あんた、一体何なんだよ?」
問い詰める蓮姫に、少女は妖艶な笑みを浮かべた。
「私は私よ。それだけで十分じゃないかしら?」
そして、小さな、しかし不思議な輝きを放つペンダントを蓮姫に差し出した。
「これは、あなたに預けておくわ。近いうち、この世界の自然や動物達とは違う、もっと酷い災厄が訪れるかもしれない。
その時のためにね」
〔現実〕
再び、容赦なきマグナの奔流が蓮姫を襲う。赤黒い奔流が、まるで意思を持つかのように、うねりながら迫り来る。
「くっ……!」
蓮姫は、爆ぜる地面を蹴り上げ、辛うじてその猛攻を回避する。熱風が肌を焦がし、肺を焼くようだ。回避の度に体勢を崩し、次なる攻撃を予測する余裕もない。まさに、絶体絶命。
(このままじゃ、焼け死ぬ……!)
しかし……、再び、意識は過去へと引き戻される。
〔回想〕
訝しむ蓮姫に、少女は言葉を続けた。
「このペンダントの中に、あなたの身を守る特別な石を入れておいたのよ」
少女は得意げにペンダントを持ち上げた。
「ただの石じゃないわ——それはダークマター共鳴装置で作られた特殊な武具!」
「……ダーック、なに?」
「光子とダークマター単体では相互作用しないけれど、この装置が共鳴場を形成することで、光の粒子を固定し、自在に操れるようになっているの!」
少女は自信満々に語ったが、蓮姫の顔は完全に「?」で埋め尽くされていた。
「えーっと……その話、中国語で書かれた電化製品のマニュアル読んでるときくらいに意味不明なんだけど!」
「まあ、時代にはまだ存在しない概念ばかりだから無理もないけど……って、
ちょっと待って、何で電化製品のマニュアルは理解できるの!?
むしろそっちのほうが謎なんだけど!!」
「細けぇことは気にするな。考えすぎるとそのうちハゲるぞ」
「誰がハゲるかぁ!」
なあ。ところで、その武器はどんなふうに使うんだ?」
「例えばこんなふうに、武器フォームの時は刀や槍、弓、ムチ、銃……何にでも変わるわ。
そして、防御フォームの時は盾や鎧ね。
一定の防熱防寒耐性は不老不死の薬の効果で普通にあるようだけど……」
そこで、初めて少女の表情に、ほんのわずかな真剣さが宿った。
「ただし、その災厄が並大抵の力じゃ防げない場合。例えばあなたの放射線耐性を持ってしても被曝を防げないような超高濃度の放射線など、あなた一人じゃ耐えられないでしょう。
そういう時は、武具を防御フォーム、鎧モードにして防ぐのよ」
少女は自信ありげに微笑んだ。
「使用回数に制限はないけれど、使うにはあなたのスタミナを大量に消費するから、油断しないで。……まあ、あなたなら使いこなせるんじゃないかしら?」
別れ際、少女は意味深な言葉を残した。
「いつか、このペンダントの力が必要になる時が来るわ。その時まで、大切に持っていることね」
〔現実〕
(まさか、あの時の『災厄』って、こいつのことなのか……?)
マグマの熱さが、思考を現実へと引き戻す。
目前に迫る、巨大なマグナの塊。回避は不可能。
「……やるしかねえか!」
蓮姫は、覚悟を決めた。首元のペンダントに、強く意識を集中させる。
瞬間、ペンダントが内側から爆発するような眩い光を放ち、光の粒子が奔流のように蓮姫の全身を包み込んだ。
光が収まった時、そこにいたのは、見慣れた蓮姫の姿ではなかった。全身を覆う淡い光を発する透明な鎧。
マホー瓶の様に外温を遮断して、ほんのりと暖かな質感が、肌に吸い付くようにフィットしている。間違いなく、防御フォーム、鎧モードだ。
その直後、大地が再び激しく揺れた。蓮姫の足元の岩盤が、唸りを上げながら隆起し始める。まるで、意志を持つ巨大な手が、地中から現れるかのように。
そして、遂に姿を現した。
赤黒いマグマを全身に纏い、禍々しいオーラを放つ異形の巨人。歪んだ顔には、紅蓮の炎が宿っている。
その異様な姿を捉えた瞬間、蓮姫は全身の細胞が警鐘を鳴らすのを感じた。
(こいつが……あの高飛車なクソアマが言っていた『災厄』、ってやつか!)
変化の鎧に身を包んだ蓮姫は、燃え盛るマグマの巨人を睨み据えた。静かに、しかし確かに、その瞳には、決して揺るがない決意の炎が宿っていた。
「……上等だ」
蓮姫は、低く唸った。決戦の幕が、今、まさに上がろうとしていた。