小さな神殿の裏手――苔むした石垣に囲まれた古井戸のそばに、ひっそりと静けさが満ちていた。
賑やかな祭囃子が遠くから微かに聞こえてはいたが、そこはまるで別の世界のように、時間の流れがゆるやかで、風さえも慎ましやかだった。
アミュリタは、古井戸のすぐそばに敷かれた丸石の上にそっと腰を下ろしていた。
脚を揃え、両手を膝の上に置いたまま、目線の先にある一本の樹を見つめている。
初夏の風に揺れる緑の葉が、太陽の光を受けてきらきらと煌めき、地面に揺れる影を落としていた。
まるで心の奥を映し出すように、その影はゆらゆらと定まらず、どこか不安げだった。
カムラは彼女のすぐそばにいた。
ただし、地面に腰を下ろすことはなく、石垣に片手をついたまましゃがみこみ、じっとアミュリタの横顔を見つめていた。
カムラの眼差しには彼女への心配と、何かを測るような静かな思索が滲んでいる。
アミュリタの小さな背を守るようなその姿勢には、寄り添うためのためらいと、踏み込みすぎない配慮が感じられた。
カムラの視線は時折あたりを横切り、木々のざわめきや石垣の隙間、通りからの声に反応するように動いた。
アミュリタと自分の存在が、祭りの喧騒の外にそっと浮かんでいることを確認するように。
「さっきは……ごめん。急に、びっくりしたろ?」
カムラの声は、まるで木漏れ日のように柔らかく、けれどどこか後悔を含んでいた。
自分の一言がアミュリタの心の扉を急に押し開いてしまったのではないかと、慎重に様子を伺っている。
アミュリタはわずかに目を見開き、やがてかすかに微笑んだ。
そして静かに首を振る。
「ううん……むしろ、ありがとう。
カムラちゃんがいてくれて、本当に……」
その言葉は、アミュリタの胸の奥から零れたようだった。
彼女の表情には、安堵と、どこか遠い記憶を追うような翳りが差している。
ふっと目を伏せると、アミュリタは両腕を胸の前で組むようにして、そっと自分の心臓の上に手を置いた。
心の中で波打っていた何かが、ゆっくりと形を取り始める――そんな気配をまといながら、彼女は深く息を吸い、小さく吐き出す。
そして、静けさを破らぬように、けれど確かな声で語り始めた。
「実は私……男の人が、怖いの……。
あの日からずっと……」
その言葉が発されたとき、カムラの目がわずかに揺れた。
痛みを分かち合う準備はできている、とでもいうような真剣な表情でカムラはうなずき、それ以上の言葉を差し挟まず、ただ彼女の語りを待ち続けた。