※本話では、演出上やむを得ず、トラウマ描写などのセンシティブな表現が含まれている箇所がございます。
『こういうのが苦手』という方は、二話飛ばしてサブタイトル〔大切なダチだから〕の冒頭に該当部分をあらすじとしてまとめていますので、そちらから続きをご覧ください。
この物語は、法律や法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
〔アミュリタの回想〕
「こちらの方が静かでお話ししやすいでしょう?」
彼の声には変わらず笑みがあった。
けれど、彼の香水の匂いが急に重く感じられ、私の心はどこか落ち着かず、胸の奥が重くなるのを感じていた。
刹那——。
彼の手が私の肩に触れた。
優しいふりをしたその手は、まるで獲物を捕らえるかのように、逃がさないように、だんだんと強く、私の距離を奪っていく。
その冷たい感触に、ぞっとした。
「……何をしているの?」
やっと絞り出した私の声は、震えていた。
彼から距離を取ろうと、私は一歩後ろに下がった。
なのに、彼は微笑んだまま答えた。
「可愛らしい姫様に、ご挨拶の続きを、と思って」
彼の顔が私の目の前に近づいてきた。
甘い言葉とは裏腹に、その瞳の奥に冷たい光を見た気がした。
唇が、迷いなくこちらに伸びてくる。
私は反射的に顔を背け、手で遮った。
「……やめて。離して!」
私の声は震えていたけれど、はっきりと拒絶した。
すると、その瞬間、彼の笑みがわずかに消えた。ひやりとした空気が流れる。
「そんなに怯えることはないでしょう?
ねえ、まだ終わってないんだ」
そう言うと、彼は私の手首をぐっと引き寄せた。
華奢な私の腕は、彼の太い指に簡単に絡め取られた。
私は必死で抵抗した。
小さな両手で彼の腕を叩き、足をばたつかせたけれど、子どもの力では、もがけばもがくほど、彼の力が強くなるばかりだった。
全く太刀打ちできなかった。
気がつけば、私は人気のない一室へ引き込まれていた。
豪奢な寝台、重たく閉じられた扉。
部屋の中に響くのは、私の荒い息と、彼の足音だけ。
全身の血の気が引いていくのが分かった。
「姫様。怖がらなくていい。これは礼儀の一部なんだよ」
優しさの仮面をかぶった声が、恐怖の底に染み込んでいった。
私は動けなかった。
手足が凍りついたみたいに、ただ震えながら、目を閉じて、この悪夢が終わるのを待っていた。
そして、彼が私をベッドに押し倒し、冷たい手が私の服に触れた、その瞬間……。
「アミュリタ様!!」
レティシアの腕に抱えられ、私はほとんど意識のないまま、廊下を歩いていた。
それからしばらくして、微かに開いた一室の扉から、話し声が聞こえてきた。
なぜか、体が勝手にそちらに引き寄せられた。レティシアが止める間もなく、私は、その隙間から部屋の中を覗き込んでしまったのだ。
そこにいたのは、あの王子だった。
そして、彼を囲む数人の男たち。
彼らは楽しげに笑い、王子に何かを問いかけているようだった。
「で、どうだったんだよ、あのちっこい姫様は?」
一人の男がニヤニヤしながら言った。
王子は、口元を歪めて、あの優しい笑みを完全に消し去っていた。
それは、私が広間で見た、憧れの表情とは似ても似つかない、醜い顔だった。
「はぁ?馬鹿かお前?俺があんな乳臭えガキ、好きになる訳ないだろ?」
王子は吐き捨てるように言った。
「ただ、暇つぶしに誘ってみたら、チョロかったんだ。」
彼の言葉が、私の耳に、そして心に、鉛のように重く沈んでいく。
「どこまでいけるか遊んでみたんだが、流石にベッドに押し倒して裸にしようとしたら待女のババアに止めに入られたわ。つまらねえな。」
彼はそう言って、下卑た笑みを浮かべた。
周りの男たちも、どっと笑い声を上げた。
その瞬間、私の世界は音を立てて崩れ落ちた。
彼の言葉の一つ一つが、私を貫く氷の刃のようだった。
憧れ、期待、そして小さな希望――それらすべてが、跡形もなく打ち砕かれた。