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第67話 【追憶】引き剥がされる手・引き剥がせない絆

近づいてくる足音に、カムラはすっと身を起こした。手を軽く握ったまま、アミュリタの前に立つ。


「……誰か来る。隠れた方がいい」


「でも……」


「アミュリタ、ここはわたしに任せて」


その言葉にアミュリタは小さく頷き、石垣の陰に身を潜めた。


神殿の脇から現れたのは、アミュリタの父と見覚えのある数人の兵士達だった。

手には松明を持ち、鋭い眼差しで周囲を探っている。


「……娘は確かにこの辺に逃げたはずだ。

土人の小娘と共に」


その言葉に、アミュリタの心臓が跳ねる。

カムラの存在を知られてしまった……その事実が、全身を凍らせた。


「もう行け、アミュリタ」


声をひそめて、カムラが振り返る。

けれど、その顔はひどく穏やかだった。


「あたしが騒ぎを引きつける。アミュリタだけは、絶対に――」


「だめ……!」


衝動のまま、アミュリタは石垣から飛び出していた。

震える手でカムラの腕をつかみ、強く引き寄せる。


「私、カムラちゃん一人を犠牲にして逃げるなんて、できない……!」


カムラの瞳が見開かれる。けれどすぐに細められ、ふっと笑った。


「……まいったな。アミュリタにそんな顔されると、逃げらんないじゃんか」


そのとき、松明の灯りがこちらに向いた。怒号が飛び交う。


「アミュリタ様がいたぞ!」

「そこの土人、その穢らわしい手を離せ!」


バラモンたちが駆け寄ってくる。

足音が土を蹴り、夜を切り裂く。


カムラはアミュリタの手を取ったまま、静かに言った。


「アミュリタ。逃げるのは、お前だけでいい」


「……いいえ。私は、カムラちゃん、あなたと逃げる」


言い切ったその声は、小さくても確かだった。アミュリタの眼差しが、迷いも恐れも越えて、ただカムラを見ていた。


カムラが何か言いかけたとき、その手は無理やり引きはがされていた。


「おや?貴様は今朝の土人の小娘だな?

体に鞭の怖さを刻み込んでも懲りずに娘をたぶらかすとは、いい度胸だな」


「くっ、放せよっ!」


怒鳴るカムラの声。


混乱のなか、アミュリタは父の腕に捕らえられ、叫びを押し殺しながら振り返る。


カムラが遠ざかる。兵士に引きずられるように連行されていくその姿に、アミュリタはただ叫んだ。


「カムラちゃん……!」


その声は風に消えた。

彼女の想いが届いたのかどうか、それを知る術はなかった。


けれどその夜、誰にも聞こえないところで――


カムラはぽつりと呟いた。


「あたしだって、アミュリタが必要なんだよ……」


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