父達とカムラの村を去ってから月日は流れ、
アミュリタが17の歳になった頃。
乾いた風が河のほとりをなで、灯籠の炎を細く揺らしていた。
寺院からは読経の音が流れ、香が静かに夜気へとしみ込んでいく。
アミュリタは、腰まで伸びた黒髪をまとめながら、沐浴場の縁にしゃがみ込んだ。
陽に焼けた石畳の温かさが、足の裏にじわりと残っている。
「また、遠くを見てる」
隣で声をかけたのは、サーリカー。
最近仲良くなった、商人の娘――バラモンの血筋ではないが、好奇心と勇気に満ちた笑顔を持っていた。
「……そう見える?」
「うん。目がね、祈ってるときの僧侶みたいになるの。どこか、今にいない感じがするのよ」
アミュリタは微笑んだ。
けれどその笑みはどこか、影をはらんでいた。
私は、過去の中にいるのかもしれない――カムラの中に。
彼女にもカムラのことを語ったことはなかった。
アウトカーストだったカムラの存在は、バラモンであるアミュリタにとって、社会的には”語るべきではない記憶”だったから。
けれど、アミュリタの心の深い場所に、カムラは今も生きていた。
「ねえ、アミュリタ。どうしていつも、"身分"や"規律"の話になると沈んじゃうの?」
「……気づいてた?」
「当たり前。私、けっこう見てるんだから」
サーリカーは得意げに笑うが、その瞳はどこか憂いを含んでいる。
――この子、私をとてもよく見ている。
「この国って、そういう風に決められた形の中で人を裁いちゃうけど……、人の痛みとか、本当はそんな単純じゃないでしょう?」
アミュリタの胸には、ふいに風が通り抜けたような感覚が広がっていた。
その日の夕暮れ、寺院の裏にある小道を歩いていたときだった。
アミュリタは一人の青年に出会う。
質素な衣をまとい、腕には小さな傷が走っている。
明らかにバラモン階級ではない者の姿。
だが、その瞳だけは、どの祈祷師よりも深く透明だった。
「……そこの方、水を分けていただけないだろうか」
言葉は礼を尽くしながらも、どこかためらいを含んでいた。
周囲に人がいないのを確かめるようにして、アミュリタは頷く。
「ええ、どうぞ」
水瓶を差し出す指先が、わずかに震えていたのは、なぜだったのか。
彼の掌が水を受けたその刹那――
見知らぬはずの彼の横顔が、不思議とカムラと重なった。