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④中世代〜ボクと恐竜の町

プロローグ ざわめく静寂

――山が、鳴いていた。


それは誇張でも、幻想でもない。

本当に、"音"がしていた。

重く、湿った風の向こうから、深い山のどこか、目に見えないその奥底から――

呻くような低い振動と共に、遠い太鼓のような音が、微かに、けれど確かに聞こえてくるのだった。


音は決まって、朝に現れた。

薄い霧が森の合間を流れるように漂い、鳥の鳴き声すら遠慮がちになる頃――古石町という山に抱かれた小さな集落に、不気味な"鳴き声"が染み込んでくるのだ。


「……また、聞こえた。あの声……」


陽翔(はると)は民家の軒先に身を寄せ、肩をすくめるようにして空を見上げる。

今日の空は、灰色にけぶっていた。

雲の切れ間から覗く光はぼんやりと弱く、世界全体がどこか眠たげで沈んでいるように感じられた。


彼の掌はズボンの裾を握りしめ、指先が白くなるほど強く力が入っている。

その仕草は、自分の存在をつなぎ止めるための小さな錨のようだった。


――知らない町。

慣れない風景。

重たく湿った空気。

けれど何よりも、胸の奥にじっとりと張り付くような「違和感」が、この場所にはあった。


両親の離婚から数年。

父側に引き取られた陽翔は、転勤族の父と共に、あちこちの町を転々としてきた。

そんな陽翔にとって、「新しい町」はもう慣れたはずだった。

知らない学校、知らない友だち、知らない地図。

慣れることが日常で、誰も信じすぎてはいけないと、少しだけ学んでいた。


……でも、この町は、それともまた違った。


この町には、人の目に映る以上の"何か"がある。

そんな意味深な気配を、陽翔はまだ幼いながらに感じていた。


町の大人たちは皆、陽翔に優しかった。

笑って挨拶してくれた。

けれどその笑顔は、どこか変わっていて、表情が"まるで遠い異国の人と出会っている"ようにも思えた。

「おはようございます」という言葉すら、違う速度、違うイントネーションで繰り返される外国語のようで――そこに"日本人独特の雰囲気"はなかった。


そして何より忘れられないのは、あの朝の光景。


通学路の角を曲がったとき、すれ違った近所のおじさん――名前はまだ覚えていない――が、手を振ってくれたその瞬間。


その人の手の甲に、ふと光った模様。


銀色の、うろこのような――まるで、魚か何かの皮膚が浮かび上がるかのような、不自然な輝き。


一瞬のことだった。


気のせいだと思いたかった。


でも、あれは絶対に、見た。


「うろこ……みたいだった、あの模様……」


呟いた声は、誰にも届かない小さなつぶやきだった。

けれど自分自身の中に、鋭く刺さるように響いた。


(ここ……何か、おかしい)


胸の奥が、ぎゅっと収縮する。

まるで体のどこかが、静かに警報を鳴らしているような――それは、陽翔の中に根付いた"生き残るための感覚"だった。


"違和感"ではない。これは、"危険"だ。


鳥の鳴き声が途切れる。

風が止まり、町の景色が、まるで凍りついたように感じられる。


陽翔は息を呑んだ。


山が、また鳴いた。


それは、まるで"呼ばれている"ような音だった。

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